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Ⅳ.咲いたダリアを眺めて

――国王暗殺未遂から二年。騎士団員の腕が届けられて以降、何か不可解な事件が起きたりすることはなかった。町は平和そのもので隣国との同盟の締結に至るなどロストラータ王国は最盛期を迎えようとしていた。


 そしてメイヴィス家では娘のダリアと騎士団長のニコライが一年ほど遅れて結婚パーティを開く運びとなり、メイヴィス邸には多くの貴族たちが招かれている。だが彼女にとってはさほど嬉しくない話だ。自分に興味のない者たちばかりなのだから。


「……本当に退屈ね。私とニコライのためパーティなのに」


 ぶどう酒をひとくち飲む。誰も彼もがダリアには興味をほとんど示さない。社交辞令的に声を掛けはするものの、大体はメイヴィス家の当主ルピナスか、もしくはニコライに媚を売りにいく者ばかりだ。自分たちの地位を安泰にするために。関係のない彼女が退屈に思うのも無理はない。退屈で、ひとりじめできると思っていたニコライが自分の傍にいないのを腹立たしく思った。


「失礼、レディ。ずいぶんと暗い表情をなされているようだが」


 声を掛けられて彼女は振り向く。どこかで見たことのあるような気がする男装の令嬢に首を傾げる。最初に抱いた感想は『とてもきれいな人』だった。


「あなた、どこの家のひと? 私に何か用かしら?」


「これは自己紹介が遅れました。ラジアータ・スカーレットです」


「ああ、あのスカーレット伯爵の……?」


 長い黒髪。薄紫の瞳に優しさを感じさせるどこかで見た憶えのありそうな端正な顔立ち。厳格なスカーレット伯爵家の者とは思えない雰囲気だったが、ダリアは当主以外を目にしたことはなく、彼女を見て「母親似だろうか?」と感じながらも胸にしまいこんだ。


「ね、あなたどうして男装をしてるの?」


「趣味ですよ。反対はされましたが」


「そうなのね。とてもよく似合っているわよ」


「光栄です。なかなか理解者を得られませんので」


「だったら私が最初の理解者ね。あなた、このあと時間あるかしら」


 ラジアータと名乗った女性は胸に手を当て小さくお辞儀をして「もちろんでございます」と答えた。あまりにおおげさな対応にダリアは困った顔をして、気楽にしていいのよ、とだけ伝えてから周囲をぐるりと見て彼女の手を握り。


「こっちへ来て。せっかくだからお喋りしましょ? あなたのことが気に入ったわ」


 邸宅のなかは広く、部屋の数も多い。ダリアに与えられている部屋だけでも何部屋あることか本人でさえ分からないが、大切なモノを保管している場所だけはしっかり覚えていた。中はテーブルと椅子、それから少ない装飾品だけで質素とも派手とも言える。


「ここはいったいどういう部屋なのです?」

「言ったでしょ。おしゃべりするためだけの部屋よ」


 部屋には絵画やおしゃれな帽子が飾られていて、そのなかにひと振りの剣があった。彼女の趣味とは遠い、質素で武骨な剣。しかし男性が持つにはやや小さく、女性が持つにしてもダリアにはとても振り回せそうにない。なぜそんなものを飾っているのかと尋ねられて、彼女は椅子に腰かけると、その剣を見ながら。


「二年くらい前に私のせいで絞首刑になった子がいたのよ。その子が使ってた剣を置いてるの。……私にはとても使えたものじゃないから飾りとしてね」


「なぜ、いつまでもその子の剣を置こうと?」


 ダリアはあまり話したくなさそうだったが、ぽつりと。


「……後悔、かしら。嫉妬したのよ。あの子に」


 二年前。彼女がした証言はひとりの女性を殺す切っ掛け、要因のひとつだったと本人は思っている。騎士団の副団長リコリス・ヴィクトリアが、当時婚約者であった騎士団長ニコライによく可愛がられている――といっても彼女の剣術を褒めそやしていただけに過ぎない――のを見てどうしても気に喰わなかったのだ。


「私、子供っぽかったの。でも二年も経てば考え方って案外変わるものでね。ニコライは私のことをよく見てくれてるし、誰よりも大事にしてくれてる。いつもいちばんだったのに、私がわがままを言っていただけ。大人になったってやつなのかも」


 少し得意げにしながらもダリアは寂しそうにした。


「リコリスって子は優しかったわ。私みたいなわがまま娘にも付き合ってくれたし、だからお茶会にだって何度も誘ったの。……他の誰にも話したことないけど、本当に悪いことをしたと思ってるのよ。……いまさら謝る機会なんて永遠に来ないでしょうけど」


「かもしれませんね。ですが、そういう気持ちは大事だと思いますよ」


 ラジアータの言葉にダリアはふいに何を想ったのか「そうね」と小さな声で返して。


「もしあなたがよければ夜も来てくれる?……今日はきっと独りだから」


「ええ、構いませんよ。では私も、今日はまだ用がありますので……」


「ごめんなさい、わがままを言ったわ。スカーレット家の令嬢に失礼を」


「お気になさらず。美しいお顔なのですから、どうぞ微笑んでいて下さい」


 優しくダリアの頬に触れてから彼女は部屋を立ち去ることにした。扉を開けて、いちどだけ振り返って小さく手を振り別れを告げると、彼女は広い邸宅の来た通路を迷うことなく歩いて出ると、庭にいる貴族たちに興味のひとつ示さずまっすぐ敷地の外を目指す。


 彼女が来るのを待っていたらしい誰かが「おかえり」と声を掛けた。


「観光はもう良かったのかい、グレープ? それとも楽しくなかった?」


「いいえ。こっちのほうが面白そうじゃない? でしょ、リコリス」


「かもしれない。なかなか愉快だったよ。ここは人目に付くから別の場所で話そう」


 邸宅から離れ、ふたりは町を歩きながら人通りの少ない路地へと入る。きれいな石畳の続く表の通りとは違い、ごみが散らかっていて薄汚れている。おもわず鼻をつまみたくなるような異臭もあったが、ふたりはまるで気にする素振りを見せない。


「それにしても、ふふ。まるで彼女は私だと気付かなかったよ。さすがグレープ、君が魔女だと言い出したときは頭でもおかしくなったのかと思ったけど、小瓶ほどの薬ひとつで髪だけでなく瞳の色までも変わるとはね。入り込むには実に効果的だった」


「照れるわねえ。まあ、手から火を出すなんて大それたことは無理だけど」


 グレープは〝秘薬〟と呼ばれる特別なものをつくることができた。それは髪や瞳にとどまらず、肌の色まで変えてみせると彼女は自慢げで、実際に美しい金髪だったリコリスを黒髪の〝ラジアータ〟という別人に作り替えてみせたのだ。二年の月日が流れていたとはいえ、だれひとりとして気付くことなく彼女をスカーレット家の人間と疑わなかったのは、彼女自身の柔和な姿勢もあったのも確かだったが。


「それで、どんな話をしたの。会ったんでしょう、メイヴィス家のお嬢さんに」


「ああ。二年前のことを後悔している、と。ずっと胸に抱えていたんだろう」


「へえ、可愛いところもあるじゃない。じゃ、やめとく?」


「ははっ、まさか。あのきれいな顔が苦痛にゆがむのが楽しみだ」


 外を歩く少ない人々を冷たい眼差しで見つめ、彼女は言った。


「今夜にはメイヴィス家もおしまいだ。ダリアもさぞや退屈しなくて済むだろうさ」

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