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世にも残虐な物語~レディ・リコリスは復讐に生きた~  作者: 智慧砂猫


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ⅩⅦ.アリウムは独りで夜に泣く

 幸福と不幸が入り混じった感情。風が過ぎ、草が揺れて擦れ合う音だけが聞こえた。妙に心は虚しくて、けれども達成感があったのも事実だ。リコリス・ヴィクトリアはこれと決めたことをひとつやり遂げて、すっかり燃焼していた。鼻を衝く血の臭いも気にならないくらい。しばらくはぼんやりと座り込み、積んだ死体を眺めていた。


(きっと、こんなのは誰も望んでいないだろう。でも私は……)


 正しいかどうかは二の次だった。ただ、やろうと思った。かつての自身が善人であったかと言われれば、そうではなかったから。剣を交え、討ったこともある。人が死んだはずなのに平然として成果のひとつを得たと喜んだ自分の姿を振り返り、苦笑いがでた。


「……案外、これが私の本性なのかもね」


 全身に疲れがどっと溢れる。薬に頼ったこれまでの無理が祟ったのか、立ち上がるのも困難なほどの脱力感に襲われる。ばたりと地面に倒れて、意識が朦朧としていく。


(誰かに恨まれる人生。きっと心穏やかではいられないだろうな。私もそんなふうに誰かに恨まれて、いつか殺されるのかもしれない。けど、もう悔いはないや。このまま死ねるのなら、そのほうがいい。もし誰かに殺されるなら……)


 彼女にはもう何も残っていない。会いたいと願う人々もいない。期待も、希望も。手にしていたものを捨てて、ここまでやってきた。なにかひとつ抜け落ちていることがあったとしても、記憶に残っている心底に憎かった者たちはもうどこにもいないのだ。


 やっと休める。長いようで短い時間。思えばたった二年。されども二年。この日が来るのを待ち遠しくも思い、来なければ良いと思ったこともあった。何度も想像していたものが現実になって、なんとも清々しくもあり、虚しくもあった。手の中には何も残っていないが、彼女は納得したように「それでいいや」と呟いた。


 しかし、いちど離れていった彼女の意識は涼しい風によって呼び戻される。かすんだ視界のまま、のっそりとした動きで起き上がった彼女の視界に飛び込んできたのは月明かりの下にある薄暗闇だ。まだ漂っている血の臭いに顔をしかめた。


「……はは、そんな都合よく死ねないか。ツイてないな」


 その場に座り込み、蠅のとびかう耳障りな羽音を聞いて、ため息が出た。


(それもそうだな。元々は緊急時に逃げ出すために用意された薬だ。怪我をしたわけでもないんだから、これくらいで死ぬはずもなかったか)


 立ち上がってみる。まだフラつく。軽い頭痛もした。


(……会いたいなあ、ダリア。君が笑っている姿が見たい。君のわがままを聞きたい。君の淹れてくれる紅茶が飲みたい。なんでこんなにも胸が苦しいんだろう?)


 どれほど残虐に生きたとしても、彼女なら受け入れてくれたに違いない。憐れんでくれたに違いない。孤独を味わい続けるはずがなかったに違いない。想像しても彼女は生き返らない。戻ってこない。自然と涙が溢れてきた。何もかも失ったリコリスの唯一の光。わずかな希望。摘み取られたことへ復讐は果たしても、会いたい気持ちは消えなかった。


「うっ……うぅ……ううぅ……!」


 月明かりの下で孤独に泣き叫ぶ。今にもどこかから、ダリアが突然現れて声を掛けてくれるような奇跡が起きてくれれば。そんなふうに願いを抱いて彼女は泣き続けた。決して叶わない願いと知っているから。


「こんなところにいたのね」


 リコリスが泣き止む。ふと顔を上げると、そこにはグレープが立っていた。なぜ、と尋ねると彼女は「町で馬車泥棒が出たって話を聞いてね。もしかしてと思ったのよ」としたり顔だ。向かった先は分からなかったが近くに村があったので立ち寄った、と。


「車輪の跡を見つけなかったら近寄りもしなかったけど」


「……ふ、そうか。わざわざ探しに来てくれたんだな」


「ええ、もちろん。だってあなたに薬まで調合したのよ、どうなったのか心配するのは当然でしょ? 二年もいっしょにいたのに、私のことが分かってないのね」


 グレープがのろまを見るような目をして鼻を鳴らす。


「かもしれない。私には君が分からないよ、グレープ」


「あら、しおらしいことを。どうしたの、もう疲れちゃった?」


「いいや。まだもうひとつだけ仕事が残ってるんだ。……君を殺さなくちゃ」


 ふらふら立ち上がり、腰に吊るした鞘から剣を抜く。構えた切っ先はグレープへ向けられて、彼女はひどく困惑した様子を見せた。


「な、なにを突然言い出すのよ? 私がなんで殺されないと――」


「アコニタムがすべてを話した。証拠もある。君が私を裏切ったと知ってるんだ」


 はったりだ。嘘と真実を織り交ぜ、迫真の表情をするリコリス。証拠など無い。けれども彼女の力強さがグレープを動揺させていた。瞳は落ち着きなく、不安の解消しきれない曇り顔でグレープは「私が裏切ったなんてばかばかしい!」と返した。


 リコリスは彼女の言葉に反論をするわけでもなく、視線を落として語りだす。


「君の庭で育てていた竜胆……覚えてるかな。私は、いつも自分の姿をあれに重ねていた。哀れで無様な私を拾ってくれた君は、きっとそう思っている(・・・・・・・)んだろうって。でもよかった。それでも君は私を傍に置いてくれたから。子犬を拾ったくらいの感覚でも構わないって。でも違ったんだね。二年前、なにが目的だったのかなんてどうでもいい。君が私を殺したんだ、グレープ。そして私はまた生まれ変わった。こんなふうにな」


 じりじりと詰め寄っていく。リコリスはさらに続けた。


「君はアコニタムの隙につけいり、私を貶めた。きっとそこで私は死ぬはずだったんだろう。だけど逃げ出して森に辿り着くまでは予定外だったろうね。それから君は考えたはずさ。『コイツがいたら危険だが、いつかアコニタムは自分を消そうとするはずだ。それなら逆に利用して連中を消してやろう』と。追手を早々に殺し、この二年間を掛けてじっくり私を洗脳に近い形で手中にしたんだ」


 味方のふりを徹底して薬まで調合した。彼女が復讐に滾り、自身の犠牲さえも厭わないよう何度も何度も二年間、彼女に寄り添い語り続けた。痛みを理解し、復讐という名の処刑を実行させるために。疑惑ではなく真実として彼女を大罪人に仕立て上げなくてはならなかった。


 アコニタムやニコライなど真相に近しい人間をてばやく始末させてしまえば、自分のことが漏れる心配もなく彼女はやがてお尋ね者として各地を転々とさまよい、いつかは死んでくれる。あるいは与えてやった薬の過剰摂取で肉体が限界を迎えるだろう。そうすれば自分だけは平穏な日常を取り戻せるのだ、と。


 予想は概ね正しかった。大勢の人々が火災で命を落とし、リコリス・ヴィクトリアは宰相アコニタムや騎士団長ニコライを殺害した。ひとつだけ想定外の事態があったとしたら、ダリアが殺されてしまったことで彼女が想像以上に計画的に物事を進めた点だろう。その結果、アコニタムやニコライへと詰め寄り、真相まで至ってしまった。グレープには大きな痛手だ。


 グレープはギッ、と歯を咬んで彼女を睨みつける。


「……だったらなんなの? ええ、そうよ。私が全部仕組んだことだわ。アコニタムがあなたを疎んでいたのにつけ込んで、ちょっと遊んでやったのよ。だって面白そうだったもの、あなたみたいな凡人が煌びやかな絨毯の上を歩いて希望に満ちてるのを見て〝ああ、ぶち壊したらきっと可愛い顔をするんでしょうね〟ってね。ここまでも全部そう。あなたがあの国をぶち壊すのがたまらなく楽しかったわ!」


 リコリスを冷笑する瞳がギラついている。勘付かれる可能性もゼロではなかったからか、彼女は懐から青い液体の薬がたっぷり詰まった小瓶を取り出す。


「私は魔女よ。この国で生まれ、この国で育ち、この国から蔑まれた。見なさい、この白い髪。生まれた瞬間から悪魔扱いよ、よく今まで生きてこられたものだと自分でも思うわ。だからちょっとずつ欲深い連中を餌にして国をダメにしてやるつもりだった。……あなたは本当にいい駒になってくれたわ。でも、もう終わりね。仲良しではいられない」


 小瓶の蓋を開け、薬を飲もうとした瞬間を狙ってリコリスはとびかかった。咄嗟にかわそうとしたグレープだったが、リコリスは元々騎士として腕の立つ人間だ。たとえ薬の効力が切れていたとしても動きは並大抵の人間では対応できない。たとえどんな薬を調合できるとしても、服用する隙がなければ同じことだ。先に飲んでから来なかったことは誤算だった。


「あっ、しまっ――!」


 足を引っかけられてグレープは転倒する。その拍子に手から瓶は転がってしまう。急いで拾いに行こうとしたところで、リコリスは彼女の足首を思いきり踏みつけて折った。あまりの激痛に「ぎゃああああっ!」と悲鳴が響く。


「……少しは期待したんだ。全部嘘であってくれれば、って」


 悲しそうな声。剣が振り下ろされ、瓶に伸ばそうとした手がすとんと斬り落とされる。また鈍色の悲鳴。リコリスは微塵も表情を変えなかった。


「本当に残念だ。正直言って、君のことをそこまで嫌いになれないんだ。どれだけ腹黒かったとしても私のために寝る間も惜しんで薬を作ってくれてただろう? この復讐心が利用されたものだったとしても、私の本性が暴かれただけのことさ。だけど君を生かしておけばまた同じことをする。私じゃない誰かが、また涙を流す。だから――」


 死にたくない、とグレープが言った。まだ終われないとも。それは彼女が国から受けた迫害への復讐が終わりを迎えていないからなのだろう。その気持ちがリコリスにはわからないでもなかった。奪われることの痛みを知っているから。


 それでも彼女は剣を振るう。あまりに残虐で残酷な物語は自分で最後にしよう、と。


「ごめんね、グレープ。全部終わったら、私もそっちへ行くと思うから」

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