大きすぎる関門(前編)
ついにこの日を迎えた…
『そこ』に一度行ったらたらほぼほぼ毎日登校しなければならないあの、人によって感じ方が違う場所。
そう…今日は高校の入学式だ。
しかも香奈はおらず母も学校で合流予定だ。
つまり…一人で学校に向かわなければならない。そこまでには一つだけ関門がある。だが、その一つがあまりにも大きすぎる関門だ…
高校まで電車で通学しなければならない。つまり、朝早くから起きて日々お仕事で疲れている大勢の大人の方々と一緒に電車に乗らなければならない。
それ即ち…『満員電車』
人見知りにとって満員電車とは数ある恐怖の内で上位に君臨する魔王だ。魔王を目の前にして足がすくんでしまい逃げ出す同志も少なくない。
そんな恐怖の対象を思い浮かべ震えながら身支度を整える。転生する前と同じような中性的と呼ばれる顔を洗い、歯を磨き、新品のぶかぶかの制服を着て玄関に向かった。
恐ろしい外界に出る…勇気をだしてドアを押し開けて外に出ると自動で鍵が閉まった。そして三つの厳重なドアを開ける。恐怖の世界についに出た…
なるべく気配を消しながら走る。今のところ『人』とはエンカウントしていない。高校のバッグの中には筆箱くらいしか入っていないのに息があがる。ダメだ!息があがると目立つ要因になる!くっ…苦渋の決断で歩く事にする。
十分ほど歩くと駅が見えてきた。人が多い。しかも女性ばかり。気配を死ぬ気で消す。駅に入り持っていたICカードで改札に入ろうとした時にそれは起きた。
改札とはかなり目立つし音も出る。いくら美月が死ぬ気で気配を消していても…
『えっ!あれ男の子じゃない!?』
発見される。
その時、駅の時が止まった。否、音が無くなった。美月の「ひぇっ…」という怯えの声以外だが。
なんという目付きをしているのだろうか。前を向いていた人も『グリン』こちらを向き見ている。さながら何かのホラー映画のようだ。
すべての女性が飢えた狼の目をしていた。美月は怯えた羊の目をして周りを見回す。そして視線がすべてこちらにロックされていることをその目で確認すると、気配を消すことを捨て一目散に逃走する。
自動改札機に入るスピードが速すぎたのか『ピピッ』となったがストッパーのようなものが開く時間が美月の体感時間だと悠久の時に思えたので飛び越える。
すると次々に
『ピピッ』『ピピッ』『ピピッ』と鳴る。この世界の自動改札機は処理能力がかなり高いようだ。だが今はそれが仇になった。
後ろから恐ろしい数々の足音が聞こえてくる。必死に乗車する電車のホームに向かった。時折『カツカツ』という音が聞こえてくるがヒールでどうやってそんなに走っているのだろうか?
曲がり角はインコースを攻めないと追いつかれる。幸い誰かと衝突することはなかった。なんとか逃げている美月。だが所詮は駅。鬼ごっこするためになんか作られていないので逃げ道は限られていた。
しかし生存本能を刺激され頭の回転が速くなった美月。後ろを追いかけている『かろうじて人間の女性』は美月の乗る電車は知らない。なので、次回の事を考えると使いたくない初見殺しの一手を使う。
よくドラマなどで尾行されている人が使う、『ドアが閉まるギリギリの所で乗る』作戦を使う。(危険です)
逃げながらフェイントを使い、時間を稼いだ。
出発を示す音楽が流れ終わるタイミングで一気に加速して閉まりかけのドアに飛び込む。
駅員さんが『あっ、コラ危ないですよ!駆け込み乗車は…って男性!?』と言いさらにまた人の目が増えたが気にしない。
□□□
「はぁ…はぁ…」
よかった。なんとか逃げ切れた…うん?また人の目を感じる?
『えっ…うそ…男?』
控えめに言われたそれは僕に衝撃を与えた。
「えっ…」
周りを見回して僕がようやく絞り出したその声はまた新たな鬼ごっこの始まりの合図になった。
『キャッ!』 『な、なに!?』 『ヒッ!』
何人かに転生する前の世界だと痴漢案件になる可能性が高い場所を触ってしまい心の中で必死に謝り女性を押し退けながら先頭車両の方に向かう。
僕は数多の手を躱しながら香奈の言葉に賭けて進む。それは『先頭車両は男性専用車両だから絶対にそこに乗ってね、お兄ちゃん!』という言葉だった。
後ろから『誰かその男の子を捕まえて!』だのなんだの聞こえてくるが知ったこっちゃない。泣きながら叫びまくっているが気にしてられない。
今もなお繰り出される数多の手の一つに少しでも捕まったら終わりだ。必死に先頭車両の方に逃げる。
しばらくすると正面に『男性専用車両』のドアを見つけた。ようやく後少しで逃げ切れる…思わずペースを上げる。
逃げ切れると思った故の油断だろうか?
突然の目の前に現れた手に反応できなかった。
腕を掴まれ凄い力で引き寄せられる。
「わぷっ」
顔に幸せな感触を感じた。しかしそれは同時に僕の負けを意味する。恐る恐る顔を胸?の中で上げると美人なお姉さんがいた。だがその顔は欲望に満ちた顔をしていた。一気に現実に戻されると自然と周りの音も入ってきた。
『どこに行った!?』
『男性専用車両に入ったのは確認してないわよ!』
『どこかに隠れているはずよ!』
どうやら僕の事を見失ったようだ。だが僕の命運はしっかり僕を抱いて離さないお姉さんにかかっている。
「ねぇ?」
「は、はいっ?」
お姉さんはニコニコしながら言った。
「連絡先を教えてくれないと…どうなるかわかってるよね?」
とても素晴らしい笑顔で僕を脅迫したお姉さんに僕は
「はい…」
屈するしかなかった。
読んで下さりありがとうございます。
自動改札機のストッパーみたいな所の正式名称ってなんて言うんですかね?なんて調べたらいいのか分かりませんでした…