家出9
「僕をしばらくここに泊めてくれませんか?」
「……え?」
お姉さんは、すっとんきょな顔で僕を見ている。
そんなとき僕は、ようやく今になって自分の発言のやばさを知り、羞恥の念に苛まれていた。
いやいや、ちょっと待って?
『僕をしばらくここに泊めて』って、普通にアウトでしょ。
顔合わせて二回目の相手に言うことじゃない。
少し『こんなこと言って、僕ってかっこよくね?』とか思ってたけど、普通にヤバい。
いや関節キスとか軽いもんだよ、マジで。
前の世界だったら
『死にやがれこの勘違い陰キャ!』と置き土産と共に一発貰って、遠くからサイレンの音が聞こえている。
「え……本当に?」
お姉さんはすっとんきょな顔のまま訊いてきた。
ただ、両手は僕の頬に再度持ってきて、今度は抓らずムニムニと触ってきた。
「…… はい。いや、もう本当にこんな事言ってすみません」
深く深く頭を下げる。
ムニムニ
「いや、あの離してくれませんか?」
頭を下げても、お姉さんの両手は僕の頬をキャッチして、未だにムニムニ触っていた。
「ごめん割と癖になってた…… っとそれよりも、私の所に泊まりたいの? 」
お姉さんはムニムニしながら、目をキラキラと輝かせ言ってきた。その輝きは期待を胸いっぱいに膨らませる子供のような光だった。
「えっ…… あ〜…… 」
眩しい瞳から目逸らしつつ、どうするべきか悩む。本当は『そうです』とか言いたい。
でも、さすがにこんな魅力タップリのお姉さんと一夜を過ごすと一線を超えてしまいそうだ。それにもしかしたら、ボディーガード三人組が僕の事を探し回ってくれてるかもしれない。
う〜ん……
頭を悩ませていると、お姉さんが目をウルウルさせながら上目遣いで
「やっぱり嫌?」
と言ってきた。
それが一押しだった。
「お世話になります」
無理無理。
高校一年の思春期真っ盛りのガキが誘惑に抗えるわけがない。
しかも色気タップリのSっ気お姉さんって、男子高校生の性癖ランキングでトップ五位にくい込んでくると思う。その具現化みたいな人がいるんだ、仕方ない。
必死に罪悪感から逃れるために心の中で言い訳する。だけど逃れようとする度に、かえって気になってくる。
…… あとでお姉さんに相談しよう。
「本当に? 嬉しいな〜」
お姉さんはそう言うと、ニッコリと笑った。それは無理している様子はなく、自然体で笑っていた。
そして名残惜しそうに頬のムニムニを終わらせると、ポケットからハサミを取り出し、僕を縛っていたロープを切った。
「…… ふぅ」
両手をブラブラさせて開放感に浸っていると、お姉さんはゆっくりと立ち上がり、僕の両手を手に取った。
「うん、ちょっと跡はついてるけどしばらくしたら引いていくと思う」
そしてそのまま僕の左手を握ると、
「付いてきて」
と一言言うと、なにか楽しみなことに向かっていくように早足に歩き出した。
□□□
「ここが普段私の住んでるところなの」
あの工場のような場所にあった地下への階段を降りて、しばらくコンクリート打ちっぱなしの廊下を進むと、ある程度の家具が置いてある部屋に着いた。
「おお……」
テレビにソファ、絨毯もしっかりと敷かれていて観葉植物も部屋の隅に置いてある。
照明もきっちりと部屋全体を照らせるようになっていて、割としっかりとした部屋だった。
正直必要最低限な物以外置いてなさそうだったから、良かった。
「適当に座ってて。お茶持ってくるから」
僕はコクンと相槌を打って、二人がけのソファに座る。そして、さっきまで握られていた左手を見つめた。
まだ握られている感触の残っている左手の手のひらには、筋にそって汗が光り輝いている。
右手で左手の手のひらを触ってみる。
ベタベタしてる。
…… いや仕方ないよね人間だもの。汗ぐらいかくよ。
でもお姉さんの手からはベタつきは感じられなかったな。
……
異性、否同性とすら手を握ったのは中学三年生の時の体育が最後だった僕は、こういう時どうすればいいか分からない。
すると突然うなじの温度が急降下する。
「うひゃい!」
思わず変な声が出てしまった。
「ぷっ……」
後ろを振り向くと、両手に氷が入っているコップを持って、笑うのを堪えているお姉さんがいた。
いや、お姉さん以外いたらビックリするんだけれども。
変な所でしめてすみません……




