家出5
フロントガラスの上からぬっと手が出てきた。
それに続いて次は目玉が出てきて、中を覗き込むように見ている。
目玉は車内を見渡し、僕と目が合った。
も、もしかして車がぶつかった時に死んでしまった人が、化けて出てきたんじゃないか?
目が合った事による恐怖で、勝手に金縛りにあっていると、今度はさらにもう片方の手を出てきた。
そしてその手に持っている何かを、フロントガラスに叩き付ける。
その叩き付ける様からは、なんとしても殺してやる。
そんな全く嬉しくない意気込みを感じた。
ただボーッと何度もバンバンという音が車内に響く所を見ていた。
軍事用ヘリは今は側面から火花を散らす事はなく、ただ僕達の前を飛び照らし続けているだけ。
お姉さんも何も言わず、ただ爆走している車を運転しているだけのようだ。
もしかしたらお姉さんも、今起きている事象に恐怖し、心の中で懺悔しているのかもしれない。
ていうかそうだよ。僕は巻き込まれたんだ。
誰がジェットエンジン搭載の車で、迎えに来ると思うのか。
だからお願いします。
なにか呪いを掛けるなら、是非ともお姉さんに。
「フフフ、美月! 飛ぶから身構えといて! 」
やけに弾んだ声でお姉さんは叫んだ。
……飛ぶ? 飛ぶって何だっけ?
未だにフロントガラスを叩きつけている手を、僕は虚無の瞳で見つめながら、あどけない脳みそで考える。
飛ぶ…… fly…… あの夏の夜空を?
首を上に動かし、銃痕の僅かな間から輝く星を見つめる。
目の前を飛ぶ軍事用ヘリからのライトに負けず、その星は逞しく輝いていた。
あの星に僕は近ずく事ができるのか。
それなら飛ぶ事もありかも……
「いや、飛ぶってなんですか!?」
「言葉の通り! 」
色を戻した瞳で前を見ると、軍事用ヘリは居なくなり、どこか屋内を走っていた。
僕を襲う、エレベーターに乗っている時に起こる、フワフワとした感覚。
一瞬だけ、幾つもの車が並んでいるのが見えた。
どうやら駐車場のようだ。
「行くよ〜!」
お姉さんが発した声からは、どこかワクワクしているように感じられた。
なにが楽しいんだ!?
そして次の瞬間、ボカンと何かにぶつかった音ともに、先程とはレベルが違う程の浮遊感。
恐怖によって自然と閉じられた目を開けると、フロントガラスから見える景色は夏の夜空へと変わっていた。
「と、飛んでる!? 」
広がる絶景に興じる前に、とんでもない現実に卒倒しそうになる。
散々フロントガラスを叩いていた人も、流石に撤退したらしい。
あのバンバンという音が懐かしい。
ああ、あの頃に戻りたいな…… 地に足付けていた時に。
「あの、お姉さん……」
とにかくこれからどうするのかをお姉さんに聞こうと、横を向いた。
当たり前のようにその質問に答えてくれると思って。
だけど現実は違った。
「おやすみ」
お姉さんは突然僕の口にハンカチを当てた。
頬を緩め、僕を見つめる瞳からは慈しみを感じた。
だけど言ってる事とやっている事が、かけ離れている。
その矛盾は僕の人生の中で、感じたことのない恐怖。
「んぐ!?」
驚いた拍子にハンカチの中で呼吸をしてしまう。
なにか言おうと思ったけれど、それすら身体は許してくれなかった。
とたんに視界は揺れ始め、脳が強制的にシャットダウンされる感覚に陥った。
「あうあ…… 」
ようやく僕の口から言葉を発することができても、一切呂律が回らない。
「フフ…… 」
お姉さんは穏やかに笑いながら、座席から崩れ落ちる僕の身体を抱きとめる。
そして頭を撫でられた事が最後の一押しだった。
僕はお姉さんの胸の中で目を閉じた。




