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◆ 解 放

作者: 黒瀬 珪

 村はずれのローソンへ酒とつまみをかっぱらいに行った時、すでにおれたちはひどく酔っていた。

 いや。酔ってたのはおれと照井だけで、マリは町のクラブで買った安物の合成麻薬のせいで月の輝く下、遠足の朝の子供みたいにハイになっていた。

 店に入ってたまげたのだがレジでは東南アジア出身らしい髭の男が、火のついた布を押し込んだビール瓶を片手に親父にピストルを突きつけていた。

 どちらの立場がましだったのかは分からない。何しろどっちも滅茶苦茶に怯えていて、おまけにどちらも相手の言葉が全く分かってなかったから。

 ところがその時何を考えたのか、マリがスキップしながら髭男の背後に忍び寄った。

 おまけにあろうことか、おれたちが唖然としてるうちにマリはそいつからひょい、とピストルを奪い取ってしまったのだ。

 野郎は大声をあげてマリに飛びかかろうとしたが、慌ててお粗末な火炎瓶を床に取り落とした。瓶は見事に割れ、見るからに燃えやすそうな髭親父のズボンに火がついた。

 火はたちまち菓子類の棚に燃え広がった。

 店を飛び出し、駐車場の車の所で振り返ると、店長のおやじがわめき散らす男の足に消火器をかけてる所だった。しかし人のいいおやじは、周り中に火が燃え広がっているのには全く気づいてなかった。

 車で橋を渡って人気のない谷へたどり着いた時、マリの薬が切れた。両手で抱いたむき出しの肩に産毛を立たせ、マリは囁いた。

 「ねえ。このピストルなんか変だよ」

 「変じゃねえピストルなんて、普通は手に入らねえよ。どうせロシア製の安物だぜ」

 マリが両手で握った拳銃を、おれは背中からのぞき込んだ。

 「さっきから頭の中に変な声が聞こえるの。撃て、引き金を引け、って」

 「薬まだ残ってるなお前。こっちへよこせ」

 幼馴染みで腐れ縁のマリに嫌気のさしている照井は、舌打ちして銃を奪い取ろうとした。

 マリは銃を照井に向けた。

 「これ、あたしの」

 だだっ子みたいな口調でマリは言った。

 月光に鈍く光る銃身を見た時、おれの中の何かが堰を切ったように溢れ出した。

 その銃身を握りたい。その銃口を口に含み、滑らかな鉄の舌ざわりを味わいたい。そして、そう。その小さな引き金を引き、秘められた巨大な力を解放したい……。

 初めて女を抱いた時より激しい衝動がこみ上げ、気がつくとおれは、持っていたアーミーナイフをマリの横腹に突き立てていた。

 それから、何でこんな事になったのかおれの頭はずっと考え続けている。答えは出ない。

 いつの間にかおれたちは、決闘する羽目になっていた。

 「なあ、おれたち何でこんな事しなきゃいけねえんだ?」

 「この銃の持ち主は、一人でいい」

 照井は落ち着き払って笑った。

「おや?」

 照井は銃を手にすると、銃口から小さく覗いていた何かを丁寧に抜き取った。

 メモ用紙だった。

 よく銀行の窓口においてあるような奴だ。

 「何だって? 英語だよなこれ」

 照井は一応大学に三年ばかり通っていた。しかも英文科とかだ。

 「テンポラリー ……シールド? 何のこった。仮の封? 封印? それにこれ、どっかの国旗だな」

 月明かりに薄い紙が透けていた。

 下の部分に四角いマークが入っている。

 黄色と白に半分ずつ塗り分けられ、白地の長方形には飾りで繋がれた二本の鍵の絵。

 足許でマリが、血溜まりに顔を突っ込んだまま呟いた。

 「ヴァチカンもせこい事するもんさ」

 おれたちは一瞬、顔を見合わせた。そかし驚きはすぐに消えた。

 まるでおれたちの心を誰かが麻痺させ、その働きをひどく狭くしているようだった。

 横たわるマリの体に刺さったナイフにさりげなく触れてみた。刃が筋肉の間に変に挟まり、全く動かない。

「おれをそいつで刺そうってのか」

 そう言うと照井は笑って銃をこめかみに当て、無造作に引き金を引いた。不発だった。

「次はおめえの番だ」

 照井は弾倉を一つずらし、わざわざ銃身を自分に向けて握り直してからピストルをおれに差し出した。

 言われるままにおれも銃を耳の後にあて、引き金を引いた。


 月が雲に隠れ、また現れた。

 いつの間にかおれの心は二つに引き裂かれて行った。

 この銃が欲しかった。この、一瞬に人の命を奪う力のシンボルを、おれはどうしても手に入れたかった。

 一方、別のさけびが頭の中で渦巻く。

 この銃の力を解き放ちたい。殺戮のためにだけ作られた、世にも純粋な無駄の一切ない装置。そこに秘められた無限のパワーを振るえば、おれは世界だって支配してみせる!

 しかし。おれがこの銀色の武器が持つ本当の力を知る時とは、まさにおれの死ぬ時なのだ。

 待てよ。何故、そう言う理屈になる?

 おれの心がほんの束の間、自由を取り戻した。

 「さあ、最後だぞ」

 傾いた満月に照らされて亡霊のように笑いながら、照井はおれに拳銃を差し出した。

 「こいつをぶっ放せ。それで片がつく」

 おれが引き金を引いた時も、照井はまだ笑っていた。

 薄笑いを浮かべたまま、照井はゆっくりと倒れた。

 弾丸は照井の眉間を貫いていた。

 轟音が谺をひいて谷間の奥へ消えて行くのを聞きながら、おれは虚ろな涙を流していた。

 全身から力が抜けて行く。この銃の力は解放されてしまった。おれの手の中にあるのは、もはや何の価値もない抜けがらだ。

 「殺すのはたやすくとも、引き金を引くと言うのはこれでなかなか難しいのだな」

 両膝をついてへたり込んだおれの耳に、照井の呟きが聞こえた。

 ぎょっとして見ると照井は静かな目で、煌々(こうこう)と輝く夜明け前の月を見上げていた。

 眉間に開いた孔から、生き物めいた動きで黒い粘液が流れ出た。

 血ではない。

 「しかし私はこれでようやく解き放たれた。感謝する」

 声は照井の眉間にあいた漆黒の穴から漏れてくる

 奇怪な力が封じ込められていたのは銃ではなく、弾丸の方だったのだ。


- FIN -



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