002 魔王と女子高生と同級生
「…………なるほど。話は大体わかったかな」
「ふむ、理解が早くて助かる」
煉は、神社でブランと出会った後、彼女を自分の家へと招き入れた。両親は海外で仕事をしているので、家族になんて説明しようか? などと悩む必要がないのは、煉にとってはありがたいことだった。
そして、リビングのソファーに座るやいなや、ブランはかくかくしかじかと話をし始めた。
自分が魔界で一番強くなってしまったため、暇になってしまったこと。
人間界に存在する怪奇現象というものに興味を持ち、それらと戦おうとこちらにやって来たこと。
協力者として、自分の魔法で『怪奇現象にゆかりのある人間』を引き寄せたところ、煉が引っ張られてきたこと。
内容はそんな感じであった。
「まぁ、こういう非日常的なことって、ある意味慣れてるから。……そういえば、その魔法っていうのはなんなの? 詳しい説明が欲しいんだけど」
「む? そうか、人間界に魔法は存在しないのであったな。魔法というのはじゃな、魔界に住む者たちが生まれつき持っておる固有能力のことじゃ」
「固有能力?」
「そうじゃ。余の魔法は、《出発の合図》といって、指を鳴らしながら口にしたり、頭の中に思い浮かべたものを余のところまで引っ張ってくる能力じゃ」
「そっか。じゃあ、それで私も引っ張られたんだね」
「うむ。驚かせてしまってすまなかったな」
「大丈夫。気にしないで。さっきも言ったけど、私こういうの日常茶飯事だから」
「それはやはり……」
「うん。怪奇現象関連。幼いときから凄かったから。まぁ、呼ばれるだけのことはあるかも。実は今日、友達にそれ系の話で相談されたんだよね」
その言葉を聞いた途端、ブランの瞳が爛々となった。
「なんと! もうすでに話がきておるのか!? 流石じゃな! 煉よ!」
このタイミングで、出会ってから初めて名前呼びをされた煉は、少し驚いてしまった。
「う、うん! ありがとう……なのかな……? ぶ、ブラン」
これに乗じようと思い、煉もすかさずブランを名前呼びし返す。
「それで! それは……それはどのような話なのじゃ!?」
ぐいぐいと迫ってくるブランに困惑しつつも、煉は続きを語り始めた。
◉
「ね、ねぇ、煉ちゃん? 今、ちょっといいかな?」
学校での昼休み、煉にそう声をかけてきたのは、同級生で友達でもある音無雪乃という女の子だった。
「あ、雪乃。全然大丈夫だよ! じゃあ、屋上に行こうか?」
「う、うん」
煉と雪乃は屋上にむかい、入り口付近のベンチへと腰掛けた。
「それで、その話って?」
「えっと、そのね? ……私最近、嫌なことに巻き込まれちゃって……」
「……それってもしかして、怪奇現象の類の話?」
「う、うん。そうなの。今私凄く怖くって……でも、こんな話誰も信じてくれるわけないし……」
膝の上で拳をつくっている雪乃の手は、静かに震えていた。
「そっか……。それで私に声をかけたんだね」
その言葉に、雪乃は頷く。
「煉ちゃん、怪奇現象なんか日常茶飯事だって笑ってたし、私の話もちゃんと聞いてくれるんじゃないかって思って」
「もちろん! 鵜呑みにするよ、私」
だから心配しないで、詳しく聞かせてちょうだい? 私が雪乃の力になるからさ!
そう続けた煉に、雪乃は目を潤ませながらありがとうと告げると、詳細を口にし始めた。
「煉ちゃんさ……ミントのこと覚えてるかな……」
「ミント? 覚えてるよ。雪乃が飼ってるワンちゃんだよね? 遊びに行ったとき、超吠えられたから……」
「その……ミ、ミントがね……ミントがっ……」
煉は、雪乃が涙を流しているのに気がついた。
「ミントが……ね……きっ、昨日……首を切られ……て……しん、じゃってたの……」
死んじゃっていた。
そう聞いた瞬間、煉は言葉を失ってしまった。
◉
それは、ある日の出来事であった。
学校から帰宅してきた雪乃は、リビングでココアを飲みながらくつろいでいた。
母親との二人暮らしであるのだが、雪乃の母は仕事の都合で、夜遅くにしか帰ってこないため、そのときは雪乃一人で過ごしていた。
しかし、飼い犬のミントが寄り添ってくれていたので、寂しさは感じなかった。
そろそろ勉強をしようかと、鞄に手をつけたときのことだった。
プルルルルル…………
電話が鳴った。
一体、誰だろうか。雪乃はそう思った。
母親への電話ならば、大体は夜にかかってくる。みんな雪乃の母の都合を知っているからだ。
かといって、雪乃への電話というのも可能性としては低いものである。携帯電話を持っているのだ。わざわざ家の電話にかけてくるなんてことはないだろう。
近くにいって見てみると、そこには非通知と表示されていた。
無視すべきかと雪乃は考えたが、コールが止む気配はなく、そもそもこの音が苦手であった雪乃は、耐えられずに受話器を取った。
「はい、もしもし。音無です」
『あなたのくび、ちょうだい』
少しの沈黙のあと、受話器の向こう側から聞こえてきたのは、不気味な声だった。
「……え? あ、あの、もしもし?」
思わず聞き返してしまった雪乃であったが、それに対する返事はなく、プツリと切れ、通話は終わってしまったのだった。
イタズラ電話だったのだろうかと雪乃は、その日はそう思った。
しかし、電話は次の日もかかってきた。
『あなたのくび、いまからとりにいくね』
その言葉に雪乃は衝撃を受け、同時に背筋が凍りつくのを感じた。
ぞわぞわと鳥肌が立ち、身の毛がよだつ。
これはイタズラでも冗談でもない。
この電話の主は、本当に私の首を取りにくる。そう確信せざるを得ないなにかが、その声には含まれていた。
震えが止まらない。
底知れない恐怖に打ちのめされた雪乃は、耐えきれずに次の瞬間には家を飛び出していた。
数時間後。
喫茶店などで時間を潰していた雪乃であったが、そろそろ母親が帰ってくる時間であることに気づき、まだ恐怖心が残っている己を奮い立たせながらも、一度家に戻ってみることにした。
「あれ……?」
玄関の明かりがついていた。
おかしい。雪乃はそう思った。
自分は咄嗟に家を出たのである。
明かりのスイッチなどに手はつけていない。
家の横に車は停まっていなかった。
母ではない。
恐る恐る玄関に近づく。
そして、雪乃は強張った。
「な……に、これ…………」
ドアノブには血がべっとりとついていた。ぽたり、ぽたりと下へ垂れている。
視線をゆっくりと、下へずらす。
そこを見てはいけない気がした。
しかし、首の動きは言うことを聞いてくれなかった。
広がる血溜まり。
少し開いたドアの隙間。
そこから顔を覗かせていたのは、
「あ、あ…………あ……」
飼い犬の首だった。
「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」




