011 初対面は雨に濡れて
「クルシキさぁん、……約束、覚えてる?」
「……!!」
「私たちの中で、最も能力値が低いアナタへの最後のチャンス。もし負ければ……ねぇ?」
「ま、待って! まだ!」
「まだぁ? あんなに派手に吹っ飛んだくせに言い訳するのぉ〜? 残念だけど、」
クルシキの言葉には耳をかさず、何かをしようとした喪服の女に、一羽の鳥が向かっていく。高い機動力で瞬く間に正面に現れたため、女は一瞬だけ目を見開いたが、冷静な表情が崩れることはなかった。
「ヴェアッ!」
雨音による静寂を爆発の轟音が撃ち破る。飛んでいったのはシュバルツのボマーだ。
「大事な情報源だ。殺されちゃ困る」
間髪入れずに次々とボマーをつくり、そのまま突撃させる。それをしながら、彼はゆっくりと電話ボックスから足を踏み出した。
「とめどねぇ爆発の応酬、爆ぜ続く参列。存分に味わいな」
そのまま何も付与していない鳥を4羽呼び出し、仰向けで倒れているクルシキの両肩、両脚に止まらせる。4羽が一斉に翼を動かし始めると、彼女は宙に浮き上がった。
「な、なんのつもりですか!?」
戸惑ってはいるが、先程のダメージで思うようにならないのか、振りほどこうとはしない。
「逃げるに決まってんだろうが。俺が万全じゃねぇし、万全にしてる暇もなさそうだ。そのうえ、奴の力の正体もわからねぇからな。……知ってたら教えてほしいもんだが」
「残念ながら、私も彼女の魔法については何も知りません」
「じゃあ、やっぱり逃げ一択だな。行くぞ」
クルシキの移動に4羽、喪服の女への攻撃に6羽を使いながらシュバルツはその場を離れようとする。
「はぁ〜あ。できれば控えたかったけど、これじゃそうもいかなそうねぇ。余計な抵抗なんてしなきゃよかったって、後悔させてあげるわぁ」
何か仕掛けてくる。爆発が巻き起こるその場所から、目を離さずに逃げ出しつつ、シュバルツは警戒を強めた。というよりも、強めざるを得なかった。姿を現したときから変わらぬ余裕のある態度、簡単に退けられるなどとは考えていなかったが、まさかこちらに話しかけてこれるほどとは。
一体何を。疑問は目の前ですぐさまかき消された。
それは、本当に言葉通りの意味で。
雨も、ボマーも。爆発の炎や煙も。一瞬にして全てが消え失せた。それらによって、視界を遮られていた喪服の女と目が合う。
「!? 何が起こッ……いや、これは……!!」
「あぁ〜あ。攻撃やめちゃった」
「!!!!!! しまッ……」
まずい。シュバルツがそう思った時には、すでに右腕と左脚が彼の元を離れ、宙を舞っていた。断面から溢れ出す血は綺麗な弧を描き、本体がバランスを失い後ろへと倒れ込む。
地面に背中がぶつかると、クルシキと目が合う。そこに転がっていたのは頭のみで、首から下は少し離れたところに落ちていた。もうピクリともしない。殺されたのだ。
「…………」
あまりの出来事に言葉が出てこない。
一体なにが起こったのか?
なにをされたのか?
逆転する手立てはあるのか?
そもそも生きて帰れるのか?
敵の能力は? 目的は?
様々な思考がシュバルツの頭の中で絡み合い、ごちゃごちゃになり、わけがわからなくなる。
クルシキの頭を呆然と眺めている彼に、コツコツと足音をたてながら喪服の女が近づき、その顔を覗き込んだ。
「ビックリしちゃったかしらぁ〜。どう? 余計なことしちゃったの、ちゃんと後悔できてる?」
動揺を隠せていない表情を確認した彼女は、満足したように微笑むと話を続けようとした。シュバルツは、睨みながらもそれに耳を傾ける。楽しさや嬉しさが感じ取れそうな女の声が、雨音に混じりながら不愉快さを増幅させていく。
「そういえば、まだ名前を教えてなかったわねぇ。私は、日月。頭日月って言うの。大丈夫、今日はアナタを殺したりしないから」
日月の手のひらがシュバルツの右頬に触れる。彼の体温を感じたかと思えば、今度は人差し指で優しくつっつき始め、それに対してなにも言わずひたすら睨み続ける視線と目を合わせ、絡ませる。
「……この場で片付けるべき。私、本当はそう考えてるのよぉ? でも博士にダメって止められてるし、仕方がないからお暇するわね」
名残惜しそうに手を離すと、そのまま近くに転がってしまっていた頭の髪を掴んで持ち上げる。逆の手で胴体の服を握りしめ、引きずりながら歩き出す。声が遠くなっていく。
「さぁ、クルシキさん。帰るわよ〜」
残されたシュバルツは、ただただ空を見つめていた。
いつのまにか、また雨が降っている。
◉
とある研究施設の一室。そこに入ると、日月は奥に向かって声をかけた。
「ただいま戻りましたぁ。……博士、相変わらず暗いお部屋ですねぇ。視力が落ちますよ〜? 研究員くんも心配してるんですから」
そう話しかけながら正面へと真っ直ぐ進み、二世神がいるであろうデスクに歩み寄る。すると、そちらから声が返ってきた。
「おかえり、日月くん。このほうが気持ちが落ち着くんだけど……まぁ、善処できるように頑張るよ。で、どうだったかな……とは聞くまでもないみたいだね」
「はい。ご覧の通り、クルシキさんを連れて帰ってきましたよ〜」
右手に持っている頭部を、椅子に座っている二世神の視線と同じぐらいの高さまで上げると、軽くそれを揺らした。分かりやすいように顔を前に向けながら。
その瞳は生命力を失っており、虚空を見つめていた。生気がなくなった分、口の端から顎へと下がる一筋の赤色がより鮮明に存在感を放っている。
二世神は、暗闇の中で満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう。ちゃんと死んでるね!」
「はい! それはもう、気持ちよくスパッといきましたからぁ。で、このちゃんと死んでるアタマはどうしますか〜?」
「そこにそのまま置いてもらって構わないよ」
二世神が自分のデスクを指差すと、日月は遠慮なく手放した。ギリギリとはいえ、ゼロ距離ではなかったため、それなりの重さのものが置かれた音が鳴る。
「こっちはどうしますかぁ?」
残った部分の扱いについても尋ねる。
「ああ、そっちは……うん。そっちも、この部屋に置いていっていいよ。一応使うかもしれないから」
「分かりました〜。では、私はこれで失礼しますね〜」
「ありがとう。本当に助かったよ。クルシキくんのこともそうだし、君の魔界の住人との戦闘データに関しても。おかげでやりたいことに一歩近づいたよ」
「それなら良かったです。でも、この部屋の暗さだけは本当になんとかして下さいねぇ〜?」
一言だけ残していくと、日月は部屋をあとにした。
それを見届けた二世神が、デスクの上のクルシキに目を向ける。
「ごめんね、クルシキくん。君にはこれから僕の役に立ってもらうよ」
トントンと、リズミカルに指でデスクを鳴らす。
「君の能力は、本当に最適だった」
いつにも増して機嫌がいいのか、そこに鼻歌が混ざってくる。しばらく一人きりの演奏を楽しんだあと、満足そうに目を瞑り、背もたれに自分を預けた。
「最高のパーティーにしよう。……君と僕とで」




