001 魔王と女子高生
「うむ。暇じゃ」
女魔王、ブラン・N・ファムファタルはいかにも高価そうな椅子に身を委ねながら、そう呟いた。
魔王。そう、ここは魔界。具体的に言うのであれば、魔界の中心に君臨している威厳相応な巨大な魔城。そのとある一室。この世界の王のみが入室を許される場所。
そこにブランはいた。その表情を見る限り、暇で暇で仕方がないのだということが、先程の呟きを聞かずともわかりきってしまう。
なぜ彼女はそこまで退屈に苦しんでいるのか。答えは、彼女自身にあった。
単純に強すぎたのだ。
『強者との戦い』を己が全てとして今までの人生を歩んできた彼女は、生まれの地のみでは飽き足らず、戦いのみを求めて広大な魔界の地を旅した。
強者と出会っては、戦闘。そして勝利。ひたすらその繰り返しだった。
一見、狂気に満ちたその行動も、彼女からしてみれば楽しくて楽しくてたまらなかった。心の底から好きなことに没頭できているのだから、そう思うのは当然だったのだろう。
そうして夢中になっているうちに、いつの間にか魔界には彼女に敵う者など一人も居なくなっていた。
この魔界で最強だということを示す称号、『魔王』の座に彼女は就いてしまったのである。
それからの毎日は、彼女にとって退屈以外の何物でもなかった。頻繁に魔王の座を狙う挑戦者は現れるのだが、みな骨のない者ばかり。それは単調と言わざるを得なかった。
そして現在に至る。ブランは部屋から出ると、丁度良く目の前を通った従者に声をかけた。
「おい、そこの従者」
「はい、ブラン様。どうかなされましたか?」
従者は、ブランに頭を下げたあと、そう尋ねた。
「余は暇じゃ。何か面白いことはないか? 今日は、余に挑む者も来そうにないのでな」
「なるほど。でしたら書庫の方に行かれてはどうでしょうか」
「……書庫? 読書は嫌いなのじゃが」
「食わず嫌いはいけませんよ、ブラン様。本から得られるものは計り知れないゆえ、貴女様がお望みになる情報もそこにあるかもしれません」
「…………」
ブランは少し考えたのち、書庫へと歩を進めた。
書庫に来てみると、そこには積み重なった本の山々がブランを待ちわびていた。
さて、ここから自分が興味をもてる本を探していくわけなのだが、戦い以外のことは基本面倒に思えてしまう性格の彼女は、さっそく面倒くさがっていた。
「ちまちま探すのは性に合わんな。魔法を使うか」
そんな独り言を口にしつつ、彼女は指を鳴らした。
「そうだな……『強者に関連のある本』。余のところまで飛んでこい」
ブランがそう命じると、間も無くして山々の所々からカタカタと音がしたのち、数冊の本が宙を舞って彼女のもとへとやってきた。
目の前にあるのは、5冊の本。
ブランの目を惹いたのは、その中の1冊だった。
真っ黒で分厚いそれには、題名などは見当たらなかった。
理由は特にない。ただ、なんとなく自分が望んでいるものが、それには記されているような気がした。
本を手に取り、試しにパラパラとページをめくってみる。
人間界、幽霊、怨念、超自然などのワードが散見されるその本の内容は、いわば怪奇現象関連のものであった。
一通りめくり終えたあと、彼女の心中はこの一言に尽きた。
是非とも戦ってみたい!
自分が知らないことのオンパレードだったのである。もしかしたらが彼女の頭をよぎった。
もしかしたら、もう味わえないと思っていたあのヒリついた日々が、戦いが、またできるのではないかと。
またあの快感を得られるのではないかと。
そう考え始めたときには、もうワクワクが止まらなかった。
興味を示さないはずなどなかった。
「たしかに食わず嫌いはいけなかったな!」
うんうんと頷きながら、先程の従者に多大なる感謝の念を送っていた。
そして彼女は、ある決意をした。
「余は征くぞ! 人間界へな!」
◉
女子高生、煌神煉はあきれ果てていた。
学校からの帰り道、突然謎の力に体が引っ張られ始めたのである。
また幽霊の仕業か?
煉は、すぐさまその可能性に行き着いた。
というのも、彼女がこの世に持って生まれたその霊感は凄まじいもので、幼少期からえらいほどえらい目に遭ったのはいうまでもなく、その数々の霊的現象や怪奇現象は彼女にトラウマをつくらせる暇さえ与えてはくれなかった。
つまりは、慣れてしまったのである。
初めて目の前に「ばぁっ!」などと出てこられたときには、年相応の悲鳴をあげながら恐れおののいた彼女。
今ではそのタイミングさえ予測できるようになってしまった。この手のことで慌てふためくなど、まずなくなったのだ。
しかし、このように体をグイグイと引っ張られるのは彼女としても初体験であった。が、ありえない現象=霊的現象もしくは怪奇現象、という考え方が頭の中にできてしまっているため、どうせ今回もそうなのだろうと彼女は落ち着いていた。
しばらく、引っ張られるがままにされていると、ある場所へとたどり着いた。
そこは、神社であった。
ここは、煉の家の近所に存在する神社で、彼女自身も今まで何度も訪れてきた。故に、何故この場所に? という疑問が彼女の中に浮かび、それと同時に謎の力の感覚も消えた。
目の前には、頭から角を生やした褐色肌の女性が立っている。
「えっ、鬼?」
口が開いて出てきたのは、そんな言葉だった。
「鬼じゃと?なにやら強そうな名前じゃが、余はその鬼とやらではない。魔王じゃ。名をブラン・N・ファムファタルという。魔界から来た」
開いた口が塞がらないとはこのことなのだろう。煉は完全にカウンターをくらっていた。
魔王? 魔界? なんのことやらでチンプンカンプンであった。
「しかしそうか。おぬしが『怪奇現象にゆかりのある人間』か。パッと見は普通の人間のように思えるが……。名はなんという?」
「…………煌神煉。高校2年生」
「ほう。なかなかに強そうな名前じゃな。気に入ったぞ。では、おぬしの住処へと余を案内するがよい。詳細はそこで話そう」
図々しいな。さすが魔王。
それが煉の今の心境であり、これがこの2人の出会いであった。