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ペルドゥー大森林にて ①

 私とお嬢様は荷物をギルドの向かいにある宿屋に預け、軽めの昼食をそこですましますと、早速受注した依頼を果たしにいきました。その内容は木を伐採して、それを取ってくるというもの。


 報酬は木の質や量によるとのことで、木について明るくもなく、また大量に輸送できるほどの人員も設備もないために、お金を稼ぐことはままなりません。ですが、冒険者になっての最初の仕事としては、おあつらえ向きといっていいでしょう。


 森の奥に行く必要もなく、従って魔物と遭遇する可能性も減じられる。わりと安全に冒険者の真似事を楽しめるというものです。


 ですが、私が木の幹を斧で叩きはじめてから数分もしないうちに、荷馬車の縁に座って足をブラブラさせていたお嬢様の口から、こんな言葉が漏れだしました。


「ねえ、クゥトー、思っていたのと違う」


「さようにございますか」


「冒険っていうのは、こう何かすごい魔物と戦って、ピンチになって、でも仲間と協力して、それを乗り越えて、お互いの絆を深めたり、こう何かすごい宝物を見つけて、仲間と喜びを分かち合ったりするものなんじゃないの? これじゃあクゥトーと一緒に冒険者になった意味がないわ」


「確かに一般に流布されている物語にある冒険者は、そのようなものだと存じます」


「実際には違うってこと?」


「必ずしもそうとは言いませんが、冒険者のすることの多くは、こういった地道な作業の積み重ねです」


「でも、私たちの他に木を切っている人なんかいないわよ」


「地道な作業というのは、人の目の届かないところでするものです、お嬢様」


 私としては、中々うまい切りかえしだと思ったのですが、どうやらお嬢様の心には響かなかったようです。お嬢様は「ふ~ん」と、ただつまらなそうに頷くだけでした。


 ですが、それも一瞬のこと。今度は一転して、お嬢様は目を輝かせながら、声をかけてきました。


「ねえ、クゥトー」


「何でございましょう」


「森の奥がどうなっているか、すごい気になる」


「お嬢様、ムッシュ・ラグレスが仰っていたように、ここは軍でも手こずるような危険な場所です。二度目の遠征については、お嬢様もご存知でしょう。我が王国が誇る十二勇士。そのお二方が参戦し、ついぞ帰ってくることはなかったあの悲劇のことです」


「あれは森じゃなくて海での話よ」


「何にしても、魔物相手に油断はできぬということです」


「でも、他の冒険者は森の奥に行ってるんでしょ? 何かずるいわ、そういうの」


「私どものような新参者と違って、他の冒険者の方々は、森での安全な道や場所を心得ているとうことなのでしょう。それに今から森の中に入るとあっては、お嬢様がお受けした依頼を破棄しなくてはなりません。そうなったら、お嬢様の冒険者としての名声に、引いてはサフィール家のお名前にも傷がつくものと存じます」


「も~う、分かっているわよ。ちょっと言ってみただけ」


「さようにございますか」


「ところで、クゥトー、あなたの木こりの真似をいつまで見ていればいいのかしら?」


「申し訳ありません」


「別に怒っているってわけじゃなくて、私が魔法を使えば、もっと簡単なんじゃないかってこと」


「しかし、魔法を使えば、お嬢様が『代金』を支払うことになります。それでは魔物が現れた時、不都合が生じるものと存じます」


「え、ちょっと待って、クゥトー」


「何でございましょうか?」


「今、何て言ったの? ひょっとして『代金』って言った? 『代金』って何?」


「魔法を使った時に失われる力、もしくは魔法を使った時に訪れる疲労感のことです」


 私がそう答えると、お嬢様は大きく口を開けて、お笑いになられました。


「フフフ、ちょっとクゥトー、それっていつの時代の話? ほんっと、おっかしい。今は、そういうのを魔力マナって呼ぶのよ。分かった?」


「さようにございますか」


「さようよ。戦闘中じゃなくて、本当に良かったわ。もし戦いの最中に、そんなことを耳にしたら、笑い転げて戦うどころじゃなかったもの」


「さようにございますか」


「それに私は何も魔法円を多く知っているからとか、魔法円を新しく開発したからとかだけで、魔法学校の首席になったわけじゃないわ。私は、魔力が他の人より多いの。だから、その、フフ、『代金』についても心配はいらないわ」


 いまだ笑い声を含ませながら話をするお嬢様ですが、ひとしきり笑うと、ご満足されたのか、私の横に来られました。そうして私にしなだれるようにして背中を預けながら魔法円の描かれた盾を前に掲げて、魔法を発動されます。


 すると、私が幾度も斧を打ち込んでも倒れなかった木が、横一線に切れ目を入れられて、あっさりと地面に倒れていきました。


「さすがでございます、フルーエお嬢様」私は拍手をしながら、お嬢様の魔法を褒めたたえました。


「でしょう?」


 お嬢様はえっへんと胸を張り、私の次の褒め言葉を待ちました。しかし残念ながら、私はその期待に応えてやることはできませんでした。


 木が倒れ、そのざわめきが森の中で響くと同時に、卵の腐ったような臭いが充満しはじめたのです。この臭いに、私は覚えがありました。


 遥か昔、まだ私が冒険者だった頃に、よく対峙した魔物と同じものです。そして私の不安をあらわすかのようにして、森の奥から一匹の魔物がやって来ました。


 姿を見せたのは、大型犬のような四足の獣。だけど、そこに犬のような愛らしさはありません。


 その体毛は闇よりも暗く、そして憎悪の炎を点したかのように真っ赤に燃え上がる瞳。それは多くの冒険者を食い殺し、地獄へと誘ったことから、地獄の猟犬ヘルハウンドと名づけられた恐るべき魔物でした。

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