ノールアヴォンにて ②
柔らかなソファーにお嬢様が腰をかけ、ゆっくりとコーヒーを口に含みますと、ギルド長のムッシュ・ラグレスが平身低頭に言葉を切り出しました。
「この度はありがとうごさいます。我がギルドに依頼を発注することでよろしいですかな?」
「いえ、違うわ。依頼を受注したいの。私は冒険者になりたいの」
「……なるほど」
ムッシュ・ラグレスは先程の受付の女性と同じ顔で、同じような反応をなさいました。ですが、さすがはギルド長といったところでしょうか。次の瞬間には、ムッシュ・ラグレスのお顔には理解の光が灯されました。
「ワーハッハッハッハ! これはおかしい! さすがはマドモアゼル! 冗談の方も一流のようですな! 私の腹など笑い過ぎて、よじれてしまいましたよ! ワーハッハッハッハ!」
「私は本気で言ったのです」
ムッシュ・ラグレスの笑い声がピタリとやみました。それからムッシュ・ラグレスは額に玉のように浮き出た汗をハンカチで何度もふき取り、ばつの悪さを誤魔化すようにしてコーヒーを何度も口に運びました。
しかし、このままでは失態を挽回できないと悟ったのでしょう。ムッシュ・ラグレスは一度大きく深呼吸してから、ようやっと口を開きました。
「申し訳ありません、マドモアゼル。どうやら勘違いしていたようです」
「ええ、そういうこともあるでしょう」
「マドモアゼル、またひどい勘違いしないためにも、冒険者について、こちらから説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
「この地より北は、まだ人間が平定していない場所。つまり、魔物の領土ということです。ここでは戦いは日常茶飯事であり、死者も毎日出るような危険な場所なのです。まずはここまでのこと、お分かりいただけたでしょうか?」
「ええ、丁寧な説明ありがとうございます」
「恐れ入ります。さて、人間が何故魔物の領土へ攻め入るかはマドモアゼルはご存知でしょうか?」
「資源を手に入れるため、と聞いたことがあります。何でも魔物の住まう地は、往々にしてそういうものだとか」
「さすがはマドモアゼル、良くご存知で。もちろん、他にも理由はありますが、主だった目的はそれです。要は人間の生活をより良くするために、もっと分かりやすく言うのなら、お金を儲けるために。冒険者の目的もそれです。そしてマドモアゼル、冒険業でお金を稼ぐというのでしたら、冒険者に投資をしてみてはいかがでしょうか?」
「投資ですか?」
「ええ、我がギルドは、そういったことも仲介しております。魔物の地は文字通り金脈。冒険者の魔物討伐及び平定を金を掘り当てる一つの事業とみなして、我々は投資を貴族様や商人などに薦めております。そうですね、例えば、ブラン・マンジェという冒険者一行はどうでしょう。偏屈者ぞろいですが、いずれも実力は一級。有望株といって差し支えありません」
「ムッシュ」
「おや、お気に召しませんでしたか? でしたら、オランジェットという冒険者たちはどうでしょう。幾分か歳を召して体力に不安がある一行ではありますが、その分、若者にはない経験があります。彼らもブラン・マンジェに負けず劣らずの注目株といって良いでしょう」
「ムッシュ!」
「おや、こちらもお気に召しませんか? でしたら、最近に来たばかりの方たちですが……」
「ですから、違います、ムッシュ。私が冒険してみたいのです。私が冒険者になりたいのです」
何ら迷いのないお嬢様の目に射抜かれますと、ムッシュ・ラグレスは深い溜息を漏らしました。そして確認のためか、お嬢様の後ろに立っていた私の方に視線を向けます。
私がそれに静かに頷いて答えますと、ムッシュ・ラグレスはパンと両手を叩いて、お嬢様に笑顔を向けました。
「よろしい。では、マドモアゼルを冒険者として登録なさいましょう。ですが、最後に一言よろしいですかな? 冒険者を甘く見ていますと、必ず後悔なさいますよ。取り分け、このノールアヴォンはですね。何せミュールの山越えは、かつて二度もの軍の大攻勢を跳ね除けたほどの難所。お遊び気分で冒険に出て、勝手に死んで、我がギルドの看板に泥を塗らないことを、及ばずながら私は祈らせていただきましょう!」
一言以上の忠告をなさいますと、ムッシュ・ラグレスはお嬢様に慇懃に一礼をして、部屋を出て行きました。