ノールリミトにて ③
魔物の脅威にさらされ続ける冒険者の生活を申し上げても、お嬢様のヤル気は微塵も損なわれることはありませんでした。むしろ、お嬢様は危機感を抱かれるより、まだ見ぬ魔物や土地の景色に期待感を募らせたように存じます。
お嬢様の足取りは、以前にも増して軽やかになり、私の前でスキップさえしてくれました。そしてそんな風に心躍らすお嬢様に手を引かれ、私はノールリミトの外へ繋がる城門の前にやって来ました。
そこにいた衛兵は私たちの通行目的を知ると、失礼とも取られかねないいぶかしげな視線を何の遠慮もなく送ってきます。私はコホン、と大きな咳払いをして、衛兵の態度をたしなめましたが、彼の行動には少なからずの理解が私にはできました。
私たちの服装は、とても冒険に行く格好に見えなかったのです。お嬢様がお召しになっていらっしゃったのは、アンフェミ様と決闘された時と同じ乗馬服。そして私はというと、いつもと同じ執事服でした。
これでは人間の領土内の場所にピクニックに行くつもりの馬鹿と勘違いされても不思議はないでしょう。もちろん、私も自分の服装に関して、何も思案しないわけがありませんでした。
薄布のスーツでは、魔物の攻撃に耐えるどころではないのですから。ですが、考えてみてください。
年老いた私が果たして重厚な金属の鎧を身に着けて歩いていけるでしょうか。答えは、当然無理です。きっと私は幾歩も行かない内に体力の全てを失ってしまうでしょう。
軽い皮の鎧を着るというのも、また論外でした。髪の白くなった年寄りが安物の鎧を身につけて冒険に行く。その姿を見たら、誰だって涙を禁じえません。道を行く人々が、その老人の人生に同情を示してしまうでしょう。
仮にも伯爵家に仕える私が、他人から哀れに思われる。それはまがりなりにも、執事として長き人生を歩んできた私の誇りを傷つけるものでした。
大切なのは、品格です。それを疎かにしては、執事の私、引いては私が仕えるサフィール卿の面目が失墜しかねません。
むろん、それで命を落とすことになっては、笑い話どころではすみませんが、私とサフィール卿は、そこのところは楽観的に考えていました。と申しますのも、お嬢様の冒険者生活は、そう長くは続かないだろうと判断していたからです。
冒険者が生活する場所は、王都のように衛生的なものではありません。上下水道は整っていませんので、綺麗な水で身体を十分に洗うことはできませんし、排泄物を洗い流すこともできません。生活ゴミも誰かが回収処分してくれるわけでもないので、それらは辺りかまわず捨てられ、悪臭を放ちます。
そんな不衛生極まりない生活を、年頃の女の子が、ましてや伯爵家で育ってきたお嬢様に耐えられるでしょうか。答えは、言わずもがなです。
私とサフィール卿の考えなどはつゆ知らず、外での死亡は帝国に一切の責任はないという念書にお嬢様は何度もサインしますと、羽ばたくようにして勢いよく門の外へ駆け出していきました。