ノールリミトにて ②
昨日はノールリミトの観光に時間を費やしました。王国を出て、初めて足を踏む異国の地。それはまず平穏に終わったといっていいでしょう。
これでお嬢様の好奇心やら何やらによる冒険者になりたいというお気持ちが少しでも満たされればよかったのですが、どうやらそうはいかなったようです。ホテルで朝食を食べ終えたお嬢様は、私に元気に朝の挨拶を述べてくれました。
「さあ、クゥトー! 冒険に行くわよ!」
単なる執事が、どうしてそれに異を唱えることができましょうか。私はただ「さようにございますか」と頷くしかありませんでした。
さて、冒険に出る前に、冒険者とは何たるかを、お嬢様にご説明しなければならないでしょう。案の定、お嬢様はノールリミトの街を歩いている際に、こんなことを仰いました。
「ねえ、クゥトー、このノールリミトって、本当に冒険者で賑わっているの? あんまりそういった風貌の人は見かけないのだけど?」
確かに私たちの目に映る多くの人は、身だしなみを整えたお方たちばかりでした。とても世にひしめく魔物と戦う冒険者の格好とはいえません。
ですが、それは当たり前のことなのです。より正確さを期して言うのならば、ここは冒険者の拠点ではないのですから。早速、私はその旨を申し上げました。
「お嬢様、冒険者はここより更に北の地に住んでいらっしゃいます。このノールリミトには、旅の疲れを取るためや、まとまった買い物をする時に訪れるくらいのものです」
「あら?」と、お嬢様は首を傾げました。「でも、地図にはここより北に町のことなんか載っていなかったわよ」
「それについては、実際にその目でご覧になってもらってから、ご説明いたしましょう」
私はお嬢様を連れたって、ノールリミトを囲う城壁に上りました。そこから北を望めば、遠くに冠雪したミュール山脈が連なっているのが見え、更にはその麓にあるペルドゥー大森林が視界をいっぱいに覆ってくれます。
そしてそこから、この城郭都市ノールリミトまでの間に広大な平原があるのですが、冒険者はそこに住んでいるのです。現に平原には家々が点在しており、その中心部くらいには木の塀を立てた集落があるのが見えます。
「お嬢様、冒険者たちは、あのような場所に住むのです」
私はミュール山脈とペルドゥー大森林が織り成す雄大な景色に見入っているお嬢様の視線を何とか下の方へ向けさせ、説明を始めました。
「クゥトー、一つ質問があるのだけど、いいかしら?」
しばらくの間、冒険者の住まう村を黙って見つめていたお嬢様ですが、おもむろに口を開きました。
「もちろんにございます」
「あんなところに住んでいたら、魔物に襲われてしまうのでは」
「さようにございます」
「それって危険ってことよね」
「さようにございます。国の軍が守る義務があるのは、あくまで領土内の人間。つまり城壁内に住まう方々のみ。従って、城壁の外に住む冒険者たちは魔物に襲われたら、自力で何とかしなければなりません。しかし、そうするだけの価値があるのです」
「へえ、どんな価値があるの?」
「国の領土ではないということは、そこの土地の持ち主がいないということです。そして国はそんな土地に対して、ある法律をお作りになりました」
「あ、思い出した。開拓地私財法よね? 学校で習ったわ」
「さようにございます。土地の所有が明らかになっていない場所では、そこに半年以上住んでいた者が、所有権を持つことができるのです」
「なるほど、土地の場所や広さによっては、ものすごい大金を得ることもできそうね」
「さようにございます」
「でも、何だろう、そういうのって冒険者っていうより、開拓者って言った方が正解じゃない?」
「さようにございます。事実、私が幼かった頃は、冒険者という呼び名はなく、単に開拓者と呼ばれていました」
「あら、それではどうして冒険者って呼ばれるようになったの?」
「お嬢様は『ビジューの歌』をご存知でしょうか?」
「もちろん知っているわよ。魔物に捕らわれたお姫様を救うために、主人公の冒険者ビジューが幾多もの苦難や試練を乗り越えて、ついにはお姫様を助けるって話よね。子供の時、お母様によく聞かされたわ」
「さようにございます。それが私どもの時代に大変流行りまして、その際に開拓者たちが自分たちにあてがわれた泥臭い名前を嫌がって、冒険者と自称し始めたのです。ビジューも魔物がはびこる地を勇気と知恵と力でもって駆け抜ける。そこに開拓者たちは共感や憧れを覚えたのでしょう。そして時を重ねて、いつの間にか、冒険者という名前が定着したのです」