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#03 大精霊

「お父様……?」


 小さな呟きは、ウィリアムには届かない。

 当然だ。彼女はまだ誕生していない。


 その口振りから、アイリスは自分の父をウィリアムだとは知らなかったはずだ。一体どういった事情が混在しているのかアレンには想像も付かないが……ともかくこの世界に、アイリスという少女は存在しないのだから。


 ぎろりとツリ目を横にやって、ウィリアムという名の大男がアイリスを一瞥する。その両手に握られている大剣を見やって、ため息混じりに言った。


「聖剣のレプリカか? 蛮族め。ここで潰えさせる」


「団長、ご注意を。あの男はこちらの鎧を容易く貫通する武器を隠し持っています」


「承知した。……それから、私は団長ではない」


 大男が来る──。

 ズドン!! と何かを打ち据えるかのような轟音が響いた瞬間、ウィリアムの足元が靴の形にくりぬかれるように埋没して、その姿が消失した。瞬間移動かと見紛うほどのスピードだ。


 アレンは咄嗟に右手で懐からナイフを取り出し、迷わず投擲する。しかし、ウィリアムの額に突き刺さる寸前、ナイフはあらぬ方向へ弾かれるようにして吹き飛んでしまった。


「『矢避けの加護』……!」


 アイリスの言葉がかろうじて聞こえた。矢避けの加護。そんなものがあるのか、とアレンは歯噛みする。

 どうやら『加護』とやらの力は絶対的らしい。


 彼我の距離は一気にゼロになる。力任せに振るわれた聖剣。アレンは後のことも気にせず大きく右へ転がり、寸毫すんごうの差でそれを避け切った。


「気をつけてください!あれは相手の剣を透過する技能スキルを持っています!」


 そんなの反則だ、と叫ぶ暇もなかった。

 振り下ろされた慣性を無視する膂力。大地に叩きつけられることすらなく、聖剣の返す刀がアレンの肉体を捉える。思わず左の《鎧通し》を構えるが、アイリスの言葉通り、何もないかのように巨大な刀身が短剣を透過する。


「──ッ!!」


 刀身が刃ではなく鈍器のようになっているのがむしろ幸いした。かろうじて真っ二つにされることなく、体全体で直撃を受けたアレンが、たっぷり10メートルほど滞空して吹き飛んでゆく。


「ぐっ、がは……ッ!」


 そしてそのまま、血反吐を吐きながら地面に転がされた。砂埃をあげながら数メートル体が転げまわり、生きているのが不思議なくらいの激痛が腹から全身に向けて走っていた。


「アレンさん……!」


 慌ててアイリスが駆け寄ってくる。


「ごめんなさい、わたしに治癒の魔術が使えたら……!」


 そういうものもあるのか、とアレンの冷静な心の内が分析した。

 必死に呼吸して息を整え、上体を起こす。出血はない。この身に付けられている防具が優秀なのか、あるいは肉体の強度によるものか──不思議なことに、まだ立ち上がるだけの力は残っていた。

 アレンの肩を支えながらアイリスは囁いた。


「ここは、一旦引くべきです」


「あれが、素直に逃がしてくれるとは思えん」


 口内に溜まった血を吐き捨てながらアレンが呟く。ナイフの投擲は『矢避けの加護』とやらで通用しない。意識外からの奇襲は困難。

 武器を透過する防御不可能の大剣を相手に、刃渡りが極小の短剣一本で挑まなければならないのか。


 ──いや待て。そもそも、アイリスの父親である彼を殺すのは、まずいんじゃないのか?


 息を整えつつアレンは思考を巡らせる。


 しかし、手加減のできる相手でもないのは確かだ。

 そして、作戦を練る時間を与えてくれる相手でもなかった。


 一歩で加速し、二歩目からウィリアムは砲弾となる。圧倒的膂力にものを言わせた突進。受ければひとたまりもないだろう。


 アイリスを突き飛ばして伏せさせると、アレンもまた逆方向へ跳んで回避する。振るわれた切っ先が肩口に当たり、一撃で肩当てが弾き飛んだ。


「くっ……!」


 何かないのか。この状況を打破するヒントは……。


『──俺様を呼んだか?』


 声がした。

 前からでも後ろからでも、左右からでも上下からでもない。


 己の内から、その声は発生していた。


 ──聞かせろ。お前は、何者だ?


 ハン、と吐き捨てるように『声』は言った。


『俺様は大精霊バルバトス。ニンゲンどもに《戦神の加護》を授ける、大精霊だ』


 右側の視界が()()()


 直後には白線が世界を踊った。無数の選択肢から、取れる最適解が一瞬で導き出される。

 今、まさにアレンへと襲いかかろうとしていたウィリアムの首元へ。その軌跡の白線が、色濃く視えた。


 ──奴は相手の剣を透過する。ぶった切られるぞ!


『馬鹿を言うな。なんでもかんでも透過させていたら、持ち主は防御しようとした途端に透過の機能で自滅するだろうが。

 ようするに、聖剣カレトヴルフは使用者の防御の意思を感じ取って、その技能スキルを無効にする。()()()()()()()()()()


 アレンの右手が勝手に動いた。


「!!」


 ひとりでに動き出した右手が、懐から取り出したナイフを最速で突き出した。振り下ろされる大剣よりも疾く。意識外の奇襲に対して、ウィリアムは咄嗟に剣の角度を変えてそれを弾き、空中で空気を蹴って進行方向を大きく変えた。


 ぐにゃりと曲がったナイフを捨てながら、アレンはようやく得心する。


「そうか……防御の意思を引きずり出せば透過はできない。そうだな?」


「だからどうした。こちらに防戦を強いらせられるとでも?」


 『声』は告げる。


『聖剣には聖剣を。例外だが同種のもの武器なら透過は重複しない。左手の《鎧通し》で反撃すればお釣りがくる』


「アイリス、そいつを僕に貸してくれ!」


「は、はい!」


 傍らにいたアイリスから剣を受け取る。ずっしりとしているが、ぎりぎり片手でも振り回せるレベルだ。実際、ウィリアムはそれをやってのけている。


「ふん、レプリカで何ができる」


 彼には一つ誤算がある。


 そう。

 かの二振り目の聖剣は、まごうことなく本物なのだということを、ウィリアム・ウェルム・アルステリアは知らない。


「──ッ!」


 アレンがありったけの魔力を右手に送り込む。

 すると幾何学模様のような輝きが刀身に浮かび上がった。まるでそれが本来の使い方なのだと言わんばかりに光が剣を呑み込み、


「まさか、貴様は──」


 『声』が、今一度告げた。


技能スキルには二種類ある。一つは武器に宿った特殊技能パッシブスキル。透過や《鎧通し》はそっちだ。そして、もう一つが詠唱技能アクティブスキル。短い詠唱と魔力が必要だが、闇雲に振り回すよりは手応えがあるはずだ』


 巨大な両握りの剣。そう思われた(傍点)刀身から、細身の直剣が引き抜かれる。

 つまり、それはただの鞘に過ぎない。


 その柄の先端に仕込まれた青い石が、突如に輝きを放ち──、


 もはや当然のごとくアレンの体を借りて、バルバトスを名乗るかの存在は、吼えた。


「──『一掃せよ、カレトヴルフ』」


 音が消えた。

 直後には、光さえも。


 光り輝く刃が、その先端から虹色の火を噴き出した。

 いいや、違う。厳密には、空間に穴が空いていた。その何もない虚無の先に、虹色の光があるように見えるだけだ。


 光の塊があらゆる全てを呑み込まんとしていた。悲鳴をあげながら、生き残りの騎士が逃げていく。しかしウィリアムだけは、縦一文字に構えた聖剣を携え、ぴたりと静止していた。


 ──まさか、殺してしまうのか?


 そんな疑問を抱くも、もう遅い。


 虹色が王都の一角を席巻する。光も音も置き去りにする小世界の中で、光はでたらめに破壊の痕跡だけを発生させた。煉瓦の埋められた地面はこれでもかとめくれ上がり、周囲の建築物の窓ガラスが根こそぎ砕け散っていた。


 しかし。

 黒煙のカーテンの向こうから、男の声がした。


「──レプリカでは、所詮こんなものか」


 無傷。

 輝く白銀の鎧には、擦り傷の一つすらない。


 理屈は不明だが、ともかく、現実として。

 致命のはずの一撃は、届かなかった。

 模様を浮かべて輝いていた鞘は光を失い、浮遊して剣に収まってゆく。

 まるで、真実を覆い隠してしまうかのように。

 アレンから放射状に放たれた破壊の痕跡を見て、相手の耐久度をようやっと再認識する。


『これ以上は無駄だ。逃げろ』


 大精霊がアレンの内で叫んだ。


「──ッ!」


 わすがに停滞していた空間。

 先に動いたのはアイリスだった。


 呆然とするアレンから聖剣を取り上げると、彼女はそれを大きく地面に叩きつけた。地面がめくれ上がり、その真下にある土が破裂するように噴出して砂埃ができる。簡易的な目くらましだ。


「こちらへ!」


 剣を腰に収めて、アイリスがアレンの手を引いて一目散に駆け出した。



 ***



「団長、ご無事で」


 物陰から姿を現した騎士団の面々を認めて、大男──ウィリアムは深く息を吐く。


「あれほどの手合いが紛れ込んでいるとはな。此度の騒動、我々の力が掛かっている」


「はっ。承知しております。……して、次の動きは?」


「王城の南はどうなっている?」


「すでに、進入路は確保済みです」


 ふむ、と顎髭に片手をやりながら、ウィリアムは思案に耽る。

 数秒ほど経って、彼はこう決断した。


「優先事項はイネス様の確保だ。王位は捨て置け。どうせ、兄上達は助からない」


「ウィリアム様……それは本当に、確かな筋からの情報なのですか?」


「ああ。少なくとも私は、信用できる男と見込んだ。先の二人組といい、予言はことごとく的中している」


 騎士団の一人──クライドは肩を竦めた。ウィリアムの決定は絶対的だ。それに、未知の脅威とはいえ彼はそれをどうにか退しりぞけて見せている。


「こちらの被害は?」


 ウィリアムの言葉に、対面のクライドが死亡した三名の名を挙げた。やれやれ、とウィリアムは小さく嘆き、


「お前達は奴らに関わるな。アレの片割れ、男の方はアルシャルク一族の末裔だそうだ」


 その単語を聞いて息を呑んだのは、もう一人の生き残りであるデガルドだ。


「アルシャルク一族……というと、かの大戦で大暴れしたという、あの?」


「そうだ。創世の賢者の生き残り、といえば聞こえはいいが、実態は同族殺しで数を減らした野蛮な一族とも聞く。女の方は……フン」


 ウィリアムは一度言葉を切って、また手持ち無沙汰な片手を顎にやった。


「嫌な感じがするな。あの女……どこかで見覚えがあるような、そうでもないような」


「団長?」


「……何度も言うが、私は一番隊を預かっているだけだ。団長ではない」


 部下の言葉を適当に否定しつつ、


「ともかく、《奴》の予言の確度はある程度把握した。となれば、奴らが次に目指すのは王城ではなく──」


 ウィリアムは黒煙があがる〈下層〉の方を背中越しに親指で指した。


「九番隊、イルゲンのいる方向だ。面白いものが観れるかも知れんぞ」



 ***



「おい、アンタたち!」


 行方もなく、撤退のために疾走していたアレンとアイリスを呼び止める声に、ようやく二人の足が止まる。


「……?」


 どこか見覚えのある男が声をかけてきていた。


「さっきミルクを飲み逃げした奴らだな? お代はきっちり支払ってもらうぞ若造」


 その言葉に、ようやくアレンは警戒を解く。どうやら、知らない間に〈下層〉まで戻ってきていたらしい。


「ごめんなさい。急に街中で魔術が行使されたもので……」


「ありゃナイトパレードの予行演習だろうが。おたくら、外から来たのか?」


 周りを見渡すと、先程の魔術の破壊跡は見当たらなかった。

 どうやら、ただ上空に打ち上げられたもので、街中を破壊する意図はないらしい。


 銅貨2枚だ、と言う店主の言葉に従い、アレンは盗賊が置いていった袋から銅貨を二枚差し出す。


「《アイゼンベルク》の貨幣か。なら3枚だ」


「アイゼンベルク?」


「この国の硬貨なら、私が持っています」


 アレンの疑問に割り込み、アイリスがさっさと銅貨を支払い、アレンの手を引いてその場を立ち去る。


「……アイリス。アイゼンベルクとはなんだ?」


「ここよりもずっと南東方面にある、大きな国ですね。元は小さな村や町が合併して生まれたそうですが……詳しい話は後ほど」


 手を引かれながら、ふとアレンは彼女の腰に目立ちすぎる大剣がないことに気付く。

 ──まさか、どこかに忘れて来たのか?


「アイリス、さっきの剣はどうした?」


「聖剣ですか? こちらに」


 言うと、空間から滲み出るように巨大な剣が姿を現した。


「わたしもよく知らないのですが、普段は魔術的な隠匿が仕掛けられているんです。こんな大きな剣を提げていたら、怪しいですしね」


 そういえば、出会った時も丸腰のようだった気がするが、そのような仕掛けがあったのか、とアレンは得心する。


 さて、そろそろ十分でしょう、とアイリスは足を止め、


「お父様……ウィリアム様に目を付けられてしまった以上、王城に踏み込むのは困難です。本気でやり合えば、わたしたちなんてすぐに消し炭にされてしまうでしょう」


「次はどうする?」


「しかし、お父様がクーデターを企てる、というのは考えづらいのです。このまま王都を占拠して〈ウェルム派〉に王権が渡ったとして…々それでわたしのお母様、イネス様とお父様が結ばれる未来像が浮かびません」


「奴らの狙いが、その正当後継者の身柄を確保することだったとしたら?」


「……あり得なくは、ない話です。〈ウェルム派〉と〈セラム派〉が一つに結ばれれば、確かにこの国の派閥問題は解消されるでしょうが……」


 国の将来は安泰……とは言い難い。

 事実、その結び付きの象徴ともいえるアイリスは、未来からこの時代にやってきている。


 混線している情報を繙かなければならないだろう。


「アイリス。未来で具体的に何が起こるのか、教えてくれ」


 見えない時間は差し迫っているが、かといって無知なままでは話になららい。


「……そうですね。では、わたしの知りうる未来をお教えしましょう」


 アイリスはそう言って、脇道にある木の枝で地面になにやら図を描き始めた。

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