九
俺は芦田本人の私生活・・というか、それもとても気になっていたが、あの親父さんは一体何者なのか、そのことが気になって仕方がなかった。
どこに住んでいるのか・・どんな仕事をしているのか・・それを芦田本人に訊ねてみてもいいものだろうか・・
そして数日後、俺は思い切って芦田に声をかけてみることにした。
「あ・・芦田くん・・」
芦田の表情は、決して俺を拒絶しているものではなかった。
それを確認した俺は、迷うことなく次の言葉を口にした。
「あの・・芦田くんのお家に遊びに行ってもいい・・?」
芦田は少し、不可解な表情をした。
しまった・・この質問はタブーだったか・・
「ええよ」
なにっっ!!いいのか・・!
「ほんと?いいの・・?」
「うん」
そのやり取りを教室で見ていたみんなは、ある種、驚きと羨望が入り混じったような反応をしていた。
「ほんなら、帰りに来る?」
「う・・うん!」
やった・・やったぞ!芦田の家へ潜入だ!!
真城も近藤も、一緒に行きたそうなそぶりだったが、部活や塾があるとのことで、今回は見送った。
そして放課後、俺と芦田は一緒に校門を出た。
「芦田くん・・突然でごめんね」
「別に」
芦田はいつもと変わりがなく、マイペースで歩いていた。
「電車に乗るの?」
「アホちぃゃ~~う」
なにっっ!!ここで末成由美かっっ!
そう、これは末成由美が相手を叱咤する時に放つ「アホちぃゃ~~う」ギャグなのだっっ!!
俺はそこで、軽くこける真似をした。
すると芦田はニコっと笑った。
ホッ・・合格だ・・ま、このくらいはな・・俺にとっちゃジャブみたいなもんだ。
それにしても、徒歩なのかな・・
芦田に着いて行くと、一台の高級車が待っていた。
「浩史坊ちゃま・・おかえりなさいませ」
運転席からそう言って、中年の男が出てきた。
ぼ・・坊ちゃま・・??
芦田って・・車で送り迎えされていたのか・・
芦田の家って・・ものすごい金持ちなんじゃないかな・・
「お友達ですか・・」
「うん」
芦田はそう言って後部座席へ乗り込んだ。
「はよ、乗りぃや、じぶん」
そのやり取りを戸惑ってみていた俺に、芦田がそう言った。
「あ・・うん・・」
俺は急いで乗り、芦田の隣に座った。
芦田・・一体お前は・・何者なんだ・・
ほどなくして車は、街はずれの大きな屋敷の前に着いた。
げっ・・ここなのか・・
その家は、建物こそ古いが、重厚な造りの二階建て日本家屋だった。
芦田は俺に何も話すことなく、さっさと玄関まで歩いて行った。
「どうぞ・・」
俺が立ち止まっていると、運転手に入るよう促された。
「はい・・」
少し横に目をやると、家の道路わきに黒塗りの高級車が二台止まっていた。
こ・・これも芦田家の車なのか・・
中へ入ると、応接間らしき部屋の前に椅子が並んで置かれてあり、そこには数人の男性が座っていた。
なんだ・・この人たち・・
その人たちは俺に軽く会釈をし、俺はぎこちなくそれに応えた。
カチャ・・
応接間らしき部屋のドアが開き、中から上品そうな中年の男性と、後に続いて二十代後半くらいの男性が出てきた。
「先生・・ありがとうございました」
中年男性がそう言って、二人は深々と礼をしていた。
先生・・?誰のことだ・・
そして椅子に座って待っていた男性が立ち上がり、部屋の中へ入って行った。
あの部屋の中に誰かがいるのか・・何をしているんだろう・・
「じぶん、ここ気になるん?」
振り向くと芦田が俺の後ろで立っていた。
「あ・・ごめん・・つい・・」
「別に」
そう言って芦田は、その部屋の中へ入って行った。
え・・そんな・・俺、どうすればいいんだ・・
すると芦田は俺を手招きして、中へ入るよう促した。
え・・いいのか・・
俺は恐る恐る中へ入った。
すると、そこには、まさにあの親父さんが座っていた。
はあうっっ・・!!また・・またあのピンポン玉の目を付けている・・
しかもだ!以前はかろうじて瞳を描いていたが、今日のは白目バージョンだ・・
き・・気持ち悪いぞ・・親父さん・・
『エクソシスト』のリンダブレアーのようだぞ・・
それにしても・・ここで・・そんなものを付け、なにをやっているというのだ・・
親父さんの前に座った男性は、今、まさに何かが始まらんとする期待感に溢れた表情をしていた。
部屋の隅に置いてある椅子に座った芦田の横で、俺も腰を掛けた。
今から何が始まるんだろう・・
「先生・・わたくしの農園は、全国規模で展開しておりますが、海外輸出に向け、今後どんな策を取るべきでしょうか」
さっきの男性がそう話し始めた。
先生って・・芦田の親父さんだったのか・・
それにしても・・何の先生なのだろう・・農業関係の専門家とか・・?
「パパパ・・パンプキーン!」
はうあっっ!!これはっっ!!
そう、これは間寛平がアースマラソンを敢行した際に放ったギャグじゃないかっっ!!
「わかりました。かぼちゃの栽培ですね。ありがとうございました」
そう言ってその男性は深々と頭を下げ、部屋を出て行った。
なんだ・・今のやり取りは・・
あの男性・・農業上手くいってるのか・・
そして直ぐに別の男性が入ってきた。
まただ・・さっき部屋の前で座っていた人だ・・
「先生・・私共が経営する会社ですが、現在、合併の話が持ち上がっておりまして・・どうしたものかと・・」
その男性は座るのと同時くらいに、そう話した。
次は・・なんと答えるんだ・・親父さん・・
「バカなこと言っちゃあ~~、あっ、いけないよ」
はあうっっ!!チャーリーで来たかっっ!!
そう、これは以前、芦田が使ったチャーリー浜のギャグ「バカなこと言っちゃあいけないよ」じゃないかっっ!!
しかもっ・・「あっ」を入れている!細かい仕事は芦田と同じだ・・
「そうですか・・わかりました。ありがとうございました」
その男性も深々と頭を下げて、出て行った。
そういうことか・・先生というのは・・占い師?というか、まあ、そういうことだよな・・
そして次から次へと人が入れ替わり、その度に芦田の親父さんは、新喜劇ギャグで答えるのだった。
ほどなくして、さっきの運転手が親父さんの傍へ寄り、耳打ちしていた。
なんだ・・どうしたというのだ・・
すると玄関のあたりが急に騒がしくなってきた。
なんなんだ・・誰が来たというのだ・・
部屋の入り口を見ると、とても背の高い男性二人が立っていた。
その風貌は、まさにSPそのもので、黒スーツにサングラス。画に書いたような海外のSPのようだった。
次の瞬間・・俺は目を疑った。
あ・・あれはっっ!!アムリカ大統領のトレンプじゃないかっっ!!
まっ・・まさかっっ!!どうして・・アムリカの大統領がこんなことへ・・
そういえば・・確か今、来日してるってニュースで見たぞ・・
ここへは、お忍びで来たってことか・・
「先生・・初めまして」
通訳の男が、親父さんにそう言った。
「こんにちは。元ミスユニバースの芦田です」
はあうっっ!!でっ・・出た!!
末成由美の自己紹介ギャグ!!
通訳から話を聞いたトレンプは、グレイトと言った表情で感心していた。
ま・・まさかっ・・信じているのか・・違うぞ・・芦田の親父さんはミスユニバースじゃない・・
しかも・・男じゃないか・・
「先生・・次の大統領選の演説でどういう話をすればよいでしょうか」
通訳の男がそう言った。
演説の時の話か・・どう答えるんだ・・親父さん・・
これって結構、大事なポイントだぞ・・政治家は言葉が大事って言うからな・・
「僕ね、お父さんがギリシャ人でお母さんがイギリス人のハーフ、だから僕、キリギリスなの」
なにっっ!!ここで池乃めだかを放り込んで来たかっっ!!
そう、これは池乃めだかの背の低さをいじって、子供扱いする。
それを受けて池乃は子供の振りをして、発するギャグなのだっっ!!
「先生・・それでは相手候補が理論攻めで来た場合、どうすればよいのでしょうか・・」
通訳が静かにそう言った。
「ぅ・・ぅっ・・ああ~~ん。もう・・怖かったやんかいさ~~バカバカ。ああ~~ん」
芦田の親父はそう言って泣き真似をしながら、トレンプに叩くふりをして見せた。
そう、これは、桑原和男がやくざ相手に一旦は戦う気を見せるものの、相手に凄まれて子供が泣くようにして見せるギャグなのだっっ!!
トレンプはそれを真面目に見て頷いてた。
するのか・・それを大統領選でして見せるというのか・・
それにしても・・親父さんの白目のことは、なにも疑わないのか・・
「先生・・最後の質問です。我が国と日本との二国間貿易。これを実現させるためにはどうすればよいでしょうか」
うわっ・・マジで政治の話になってきた・・
この答えを間違えると、日本の経済にも影響が出る・・
どうするんだ・・どう答えるつもりなんだ・・
「ええかっ!これだけは言うとくぞ!」
芦田の親父さんはトレンプを指さし、そう言いながら部屋から出て行った。
なにい~~~!!ここでそれを持って来たかっっ!!
そう、これは団員扮するやくざが捨て台詞を吐くのだが、何も言わずにはけてしまうというギャグなのだっっ!!
トレンプと通訳、SPは呆気にとられたように家を後にした。
それにしても・・農業家のみならず・・海外の要人までここに来るとは・・
一体どうなってるんだ・・