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新喜劇少年  作者: たらふく
6/12



それから暫く経って、中間テストが始まった。

みんなは芦田どころではなく、少しでも上位に食い込めるよう、必死になっていた。

あの近藤ですら、芦田を気にかける余裕がないほどだ。


当の芦田といえば・・相変わらずマイペースで、特に教科書を読み込んでいる風もなかった。

余裕かましてるけど・・大丈夫なのか・・芦田。


「さて、今日はテスト最終日だ。みんな最後まで頑張るように」


太川先生が教壇に立ち、みんなに檄を飛ばした。

今日は・・太川先生が受け持つ科目の、国語だな・・

俺も頑張らないと・・


「では、始め!」


クラス中はシンとなり、時計が時間を刻む音と、答案用紙に書く鉛筆の音しか聞こえなかった。


シャカシャカシャカ・・


俺は、みんなが素早く書き込む鉛筆の音に、少し焦りを覚えた。

焦るな・・焦るな・・俺。

まだ時間はたっぷりとあるんだ・・


「なめなめくじくじ なめくじくじ」


後ろの方から芦田の声がした。

芦田・・今はやめてくれ・・

そう、これは間寛平のギャグの一つである「なめくじ」ギャグなのだっ!!

きっとお前は、机に寝そべって、なめくじが這うさまを表現しているに違いない・・

今の俺は、それを見る勇気がない・・


「芦田、やめなさい」


芦田は太川先生に注意された。

やっぱりな・・やっていたんだな・・芦田・・


「止まったら死ぬんじゃ」


はうあっ・・!!芦田はやめることなく、また間寛平をぶち込んで来た!

そう、これは間寛平が老人に扮し、杖を振り回して団員に襲い掛かるというギャグなのだ!!

「やめろ」と言われると「止まったら死ぬんじゃ」と返しながら、更に凶暴さが増すというものなのだ!


「なっ・・なんだとっ!大丈夫か、保健室へ行くか」


違うんだ・・先生・・芦田は死なない・・


「別に」


ホッ・・芦田、そこで終わりにするんだな・・賢明な判断だ。

しまった・・!!

俺は芦田に気を取られ過ぎた・・時間が・・ああ、どうしよう・・


「はい、終了。鉛筆を置いて」


はあうっ・・!くそっ・・最後まで書けなかった・・

芦田・・テスト中は禁物だぞ・・

他のみんなは、芦田を気にかける余裕もなかったのか、やっと終わったという様子だった。

俺が芦田を理解しているばかりに、こんなハンディが・・

これも良し悪し・・というべきなのか・・



***



それから数日後、中間テストの結果が廊下に貼り出された。

みんなは我先にと、その場所へ向かった。


「草加くん、僕たちも見に行こうか」

「うん、そうだね」


そして俺と真城は廊下へ出た。


「えええーー」

「まさか・・」


テストの結果を見た生徒たちが、口々にそう話していた。

なんだ・・なにかあったのか・・

すると三年生のトップは、芦田だった。

マジか・・!!しかも五教科で四百九十八点だった。

たった・・二点・・

いや・・これはもう満点と言っていい・・

まてよ・・マイナス二点は・・一体どの教科のどこを間違えたんだ・・

俺はむしろ、そっちの方に興味がそそられた。


「芦田くん・・すごいね・・」

「うん・・確かにね・・。でも真城くんだって、二十位って、すごいじゃないか」

「ダメだよ・・せめてトップテンに入らないと・・」

「そんなことないって。僕なんて・・名前さえないんだから・・」


その成績順位は、三十位まで貼り出すのが恒例となっていた。


「それにしても・・黒岩くん・・二位だね」

「あ・・うん・・」


黒岩は四百七十二点だった。

芦田に大きく水を開けられた結果となっていた。

海戸もトップテンに食い込んではいたものの、芦田には遠く及ばなかった。


周りを見渡しても芦田の姿がない。

あいつ・・成績のことなんて眼中にないっていうのか・・


やがて俺たちは教室へ戻り、それぞれ席に着いた。

芦田は何事もなかったかのように、平然と着席していた。

隣の海戸は、ずっと下を向いたままだった。

海戸・・悔しいんだろうな・・


「このクラスで学年トップ者が出た」


教室に入ってきた太川先生が、開口一番そう言った。


「先生は大変うれしい。しかし、だ。芦田。お前は俺の教科で満点じゃなかったのが大変残念だ」


ええっ・・そうだったのか・・マイナス二点は国語だったのか・・

どこを間違えたんだ・・書き間違いとか・・?


「しかも、だ。ごく簡単な問題にもかかわらず、一体どうしたというのだ、芦田」


えっ・・どういうことだ・・


「えっとだな・・文章問題の問い四だ」


みんなはそう言われて、慌てて問題用紙を机に置いた。

当然、俺もそうした。

問い四・・問い四・・これか・・


四・・雅弘まさひろに結婚を申し込まれた綾子あやこは、雅弘の気持ちに応えられないもどかしさに、何と答えたか。文中の言葉を用いて二十字以内で答えなさい。


これ・・そんなに難しくないぞ・・

綾子の心情を自分なりに解釈して、書けばいいだけじゃないか・・

ちなみに俺の答えは、綾子は結婚後、後悔すると予測して「私は貴方に相応しくないから」だった。

しかも丸を貰っている。つまり正解なのだ。


「芦田。この答えは何だ。ええっと・・ア~ンダラ~アンダラ~アンダラ、ア~ンダラ~アンダラ~アンダラって・・どういう意味だ」


はうあっっ!芦田・・まっ・・まさかっっ!!

お前・・まさかテストにまでギャグを・・

ううっ・・なんというやつだ・・

そう、これは新喜劇、帯谷おびたに孝史たかしの「アンダラ」ギャグじゃないかっっ!

やくざに扮する帯谷が、怒りを表す時に「アンダラ」正しくは・・「あほんだら」なのだが、そう言って連呼するのだ!!

言われた団員たちは帯谷の前に立ち、手を合わせる。

「なにやっとんねん」と突っ込む帯谷に「だってアホダラ教の教祖さまでしょ」という落ちになるものなのだっ!!


それを・・それを芦田は書いたというのか・・!!

無謀・・いや・・余裕としか言いようがない・・

いや・・我慢できなかったというのか・・芦田・・


「アホダラ教」


芦田はボソっと、そう言った。


そっ・・そうなんだけど・・それは正解なんだけど・・

でもこの問題の正解ではないんだ・・


「アンダラ・・アホダラ教・・」

「新興宗教に入っているのか・・」


みんなはそれぞれ、そう口にしていた。


「アホダラ教・・そんな宗教があるのか・・芦田」


先生は不可解な呪文に、少し引いてそう言った。


「三途の川や・・」


ぐうわっ・・竜ジイこと・・井上いのうえ竜夫たつおの代表的なギャグ!!

そう、これは竜ジイがさんざんボケをかました挙句、団員に頭をはたかれ、正気に戻ったかと思えば、いきなり「三途の川や」と言ってあらぬ方向へ歩こうとするギャグなのだ!!


「三途・・おい、大丈夫か、芦田」


みんなは芦田を注目した。


「いや~お会いできて光栄です。どうも、保安官のロバートです」


芦田はそう言って海戸に握手を求めた。

はあうっ・・!!これは、池乃めだかの代表的なギャグ!!「保安官のロバート」じゃないかっ!!

そう、これは保安官でも何でもない池乃扮する一般人が、自己紹介する時に発するギャグなのだっ!!


そう言われた海戸は「ロ・・ロバート・・」と口にして、手を出していた。

海戸・・どう見ても芦田は欧米人じゃないだろ!なにを信じているんだ・・

そしてなぜか、クラスでは拍手が起こった。

なっ・・なんなんだ・・これは一体、なんの拍手だ・・


「麗しき友情・・先生は今、とても感動している・・」


はあうっっ!!先生まで・・なにを言ってるんだ・・

そして真城を見ると、頭を抱えていた。



***



中間テストでダントツの地位に輝いた芦田を、このクラスのみならず、三年生は羨望の眼差しで見るようになった。

やはり・・結果を出すとこうなるよな・・

校則では、成績がトップになると、校則に縛られないという例外もある。

芦田は、とうとう例外という特典を手にしたのだった。


それでも芦田は、普段と全く変わりがなく、今まで通りの芦田だった。

しかし、変わったことが一つだけあった。

それは芦田が生徒会に「僕のボケに対する正しい突っ込み」というものを提案し、それが承認されたことだった。


生徒会も、他の生徒もそれがどういう意味か、なにを指しているのか全く理解不能なまま、実施されることになった。

そもそも「ボケ」や「突っ込み」の意味さえ知らなかった。


「ボケって・・どういう意味か知ってる?草加くん」

「あ・・うーん・・」


俺は真城にそう問われたが、答えに窮していた。


「突っ込みとか・・僕、わかんないよ」

「そ・・そうだね・・」


俺はおそらく、芦田が時折放つ新喜劇ボケに対して、的確な突っ込みをするというものではないかと理解していた。

それを真城に説明するのは難しい・・

ましてや真城は、芦田の言動に対して頭を抱える有様だ。

ここは、事細かく一から新喜劇を理解させるのではなく、その場その場でなんと突っ込むべきか、その方法を教えるしかない。


「真城くん・・僕が何とか助けてあげられるかもしれない・・」

「えっ・・ほんとなの?」

「うん・・おそらく、だけど・・」

「そうなんだ。じゃ草加くんに頼っていいんだね」

「うん・・」


それにしても、県内随一の進学校が、なんか変なことになって来てないか・・?

中には「ボケと突っ込み」の「ボケ」を樹と思いこみ、その樹に何かを埋め込むことと勘違いしている生徒もいた。


この学校には一本だけボケの樹があり、そこに群がる生徒も少なくなかった。

それは違う・・120%間違っているぞ・・


「ねぇ・・二人っきりね・・」


はあうっっ!!教室で早速、芦田が海戸にボケをかましていた。

そう、これは新喜劇、島田しまだ珠代たまよが、不細工な女性を演じる時に、意中の男性相手に向かって、みんながいる前で「二人っきりね」とボケるギャグのプロローグなのだっ!!

どうする・・どうするんだ・・海戸・・


「えっ・・なっ・・なにを言ってるんだ、芦田くん・・しかも二人っきりじゃないし・・」


海戸は顔を赤くしてそう言った。

おおおお・・海戸・・その突っ込みは当たらずとも遠からず・・決して間違っていないぞ・・


「ねぇ・・下の名前で呼んでもいい?」


キタ~~~「下の名前で呼んでもいい」ボケ!!


「え・・ああ・・うん・・いいけど・・」

「好き~田吾作」


そう言って芦田は、後ろから海戸に抱きついた。

うおおお・・「田吾作」バージョンで来たかっ!!

ちなみに他にも「権左衛門」や「ゴンザレス」というパターンもあるのだっ!!

そう、これは相手の名前を全く違う名前で呼んでボケるというギャグなのだっっ!!


「た・・田吾作じゃないんだけど・・僕、洋平って言うんだけど・・」


そこで芦田は海戸から離れ、何もなかったように着席した。

ううっ・・これは・・不合格のサインか・・

海戸は真っ赤になって下を向いていた。

海戸・・勘違いするな・・芦田がお前を好きと言ったこと・・全くの嘘だぞ・・


クラスのみんなはその光景を遠巻きに見ていたが、次は自分の番じゃないかと教室を出て行く者もいた。


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