四
「さて、恒例の弁論大会のことだが、クラスの代表を決めたいと思う」
ホームルームの時間を利用して、担任の太川先生がそのように切り出した。
そう、この学校では年に一回、弁論大会が開かれるのだ。
一年、二年、三年と各クラスごとに代表者一名が選出され、各学年ごとに最優秀者、そして全体の総合優勝者が決められるのだ。
総合優勝をすると、そのクラスに全員に受験科目の参考書が与えられるという特典付きだ。
しかもこの参考書は、大学受験に大変有効なもので、一般の書店には売られていない、いわば「まぼろし」の参考書。
俺たちに限らず、受験生にとっては喉から手が出るほど欲しいものなのだ。
実際、昨年の優勝クラスの合格率は、90%を超えていた。
「自薦、他薦のいずれは問わない。さ、進めてくれ」
太川先生はそう言い、椅子に腰掛けた。
「では!みんなの意見を聞こう。意見があるものは挙手してくれ」
学級委員の並河が教壇に立ち、はきはきとした口調でそう言った。
「はい!僕は海戸くんがいいと思います!」
手を挙げて平がそう言った。
「理由を述べたまえ」
「はい!成績優秀はもちろんですが、彼は弁も立ちます。加えて人望も厚く適任だと思います」
「なるほど・・今の意見に賛成の人、挙手してくれ」
すると十人くらいが手を挙げた。
海戸を見ると、まんざらでもない表情だった。
「はい・・」
近藤が小さな声で手を挙げた。
「どうぞ」
「僕は・・芦田くんを推薦します」
「理由を述べたまえ」
「はい・・芦田くんは、転校してまだ浅いですが・・勉強もできますし・・なにより不思議な力を持っていると思います」
「ほう・・」
「僕は・・そんな芦田くんの不思議な力を大会で活かすべきだと思います・・」
近藤・・そ・・それは・・ライオンを野に放つようなものだぞ・・
いや・・俺は芦田を推薦したい・・是非、見てみたい、聞いてみたいと思っている。
しかしそれは・・俺は芦田のことを理解しているからだ・・
他のみんなは誰も芦田のことをわかっていない・・
そう考えると・・あまりに大胆過ぎやしないか・・
「今の意見に賛成の人、挙手してくれ」
すると意外にも海戸を超える人数の手が挙がった。
う・・嘘・・だろ・・
みんな・・ほんとにそれでいいのか・・
他にも何人か推薦される者もいたが、芦田には及ばなかった。
「それでは芦田くんに決まりましたが、芦田くん、それでいいですか」
「アヘウヒハ~~」
でたっ!間寛平の代表的ギャグの一つ!「アヘウヒハ」だっ!!
「アヘウヒハ・・か」
こっ・・近藤・・またメモを取っている・・
海戸を見ると、悔しいのか・・下を向いていた。
うん・・わかるよ・・悔しいだろう・・
しかし・・しかしだっ!ここは芦田にかけてみようじゃないか。
俺は大体、想像はつくが・・全校生徒に芦田の「魔力」を見せつけてやろうじゃないか。
これは、革命だ!レボリューションなのだ!
「アヘ・・うむ。了解したと心得たぞ、芦田くん」
クラスでは、もはや芦田の不思議な言動に疑問を挟む者はいなかった。
むしろ、その言動を自分なりに解釈し、理解しようとしていた。
「論文の内容は芦田くんが考えてくれたまえ」
「いくつになっても甘えん坊」
はあうっ・・!また間寛平を放り込んで来たか。
芦田のお気に入りは、間寛平と見た・・
「甘えてなどいない。これはクラスのみんなで決定したことだ。そして論文は本人が考えると定められているのだ」
うおっ・・並河・・まともに受けている・・やはりまだ無理か・・
「今日はこれくらいにしといたろか」
おおおお・・は・・初めて池乃めだかを放り込んで来た・・
そう・・これは新喜劇、池乃めだかのギャグ!
強い相手に敵わないと見るや、「今日はこれくらいにしといたろか」と捨て台詞を吐くギャグなのだ!
「その物言いはなんだ」
「ちょっと待ったれや!」
芦田がいきなり大声でそう叫び、クラスのみんなは唖然として芦田を見た。
平を見ると、小さくなって震えていた。
あっ・・そうか、あいつは芦田を不良だと勘違いしているんだ・・
「後でかけ直す!」
芦田はそう言って、筆箱を携帯電話に見立て、耳に当てていた。
こっ・・これはっっ!!
そう、新喜劇、安尾信乃助のギャグ!
ヤクザに絡まれた一般市民の一人が、直接言い返せない代わりに電話が掛かってきた振りをして強気に出るというギャグなのだっ!
それにしても・・筆箱を耳に当てて・・それは余りにも無謀だ・・芦田・・
さすがに・・変人だと思われてしまうぞ!
「電話の機能も搭載されているのか・・」
「新機種か・・」
クラスのあちこちで、そう囁く者もいた。
そんなわけないだろう・・頭がいいくせに、普通に考えたらわかることだろう・・
こうして弁論大会は、芦田が出ることになったのだ。
***
それから数日後、いよいよ弁論大会の日を迎えた。
さあ~~一体どうなることやら・・
芦田の論文のテーマは何なのだろう・・
俺はそんなことを考えながら、内心ワクワクせずにはいられなかった。
一年、二年と進み、いよいよ三年生の順番が来た。
「草加くん・・芦田くん大丈夫かな」
隣の席で座っていた真城がそう声をかけてきた。
「どうなんだろうね・・」
「とにかく・・クラスの恥をさらすようなことだけは避けてほしいよ・・」
「ま・・まあね・・」
それにしても体育館の席は満杯だ。
来賓も来ている・・
そして市会議員、市長までもが顔を揃えた大きな大会なのである。
地方紙には結果が掲載されるくらい、この大会は毎年、注目されていた。
「それでは次は、三組の芦田浩史くんです。テーマは『受験勉強』です。どうぞ!」
館内は大きな拍手が起こり、テーマがテーマなので期待感満載だった。
受験勉強か・・いいところに目を付けたな・・芦田・・
生徒のみならず、先生方も興味津々だった。
「よいとせの~こらせ~」
芦田はそう言いながら、「坂田走り」で舞台の端から姿を現した。
でっ・・でたっ・・!!今や、「坂田走り」は校内でも知られるようになり、中には真似する生徒もいるくらいだ。
はっ・・早くも伝家の宝刀を惜しみなく出してきたか・・芦田・・
つかみはOKということか・・
しかし・・どうだ・・
市会議員や市長のあの顔は・・
うむ・・仕方あるまい・・当然、戸惑いはあるだろう・・
「たっだいま、ごっしょーかいに預かりました、芦田浩史です!」
うむ・・みんなはこの挨拶を普通に捉えているが・・俺だけは知ってるぞ。
そう・・これは岡八郎のつかみギャグ!「たっだいま、ごっしょーかいに預かりました」と大袈裟に挨拶するギャグなのだっ!!
そして芦田は原稿用紙を手に持ち、それを顔にくっつけて読む仕草をした。
はあうっ・・!!芦田・・今日は岡八郎で攻める気なのか・・
そう、これは岡八郎が自分が奥目なのを利用して、目にくっつてけ本などを読むというギャグなのだっっ!
当然、読めもしないのだ!
館内からは「おおお・・」と、驚きというより、感心するような声が上がった。
無茶だぜ・・芦田・・そのままでは読めるはずがない・・どうするんだ・・
「受験勉強~あるある言いたいよ~受験勉強あるある言いたいよ~」
おおおお・・こっ・・これはっっ!吉本芸人、RGの鉄板ギャグ!「あるある言いたいよ」じゃないか!!
そうか・・新喜劇だけじゃないんだな・・芦田・・俺は少しお前を見くびっていたようだ・・
「これって・・弁論大会だよな・・」
「なにを歌っているんだ・・」
館内からはそう囁く声が聞こえた。
「受験勉強あるある言いたいよ~言うよ~徹夜勉強し~が~ち~」
館内からは笑い声が聞こえた。
そうか・・みんな自分に当てはまる「あるある」だからか・・
「と・・いうように、とかく受験勉強というのは、なんでも詰め込めばいいと思いがちです。しかしそれは間違いです」
芦田はいきなり、真面目モードになった。
芦田・・お前にも常識という概念があったのだな・・
「勉強は「する」ものではなく「したい」と思うのが本来のあり方です。学問は誰に強制されるでもなく、自主的に積極的に取り組むものであるべきです。更に言うと、競争するものでもないのです」
うおっ・・芦田・・相変わらず原稿用紙は顔にくっつけたまま話しているけど、なんか・・正論を言ってるじゃないか・・
それだけに・・その姿は滑稽なのだが・・
そして芦田は誰も反論する余地がないくらい、ド正論を説き続けた。
「神様ぁぁ~~~!ああ・・神様・・わたくしなどが学問の正しさを説くなどと・・本来は相応とは思えないのですが・・ああ・・すみません・・私としたことが・・つい踏み込んでしまいした・・でも・・でもっ・・ああ・・神様・・どうぞ私をお許しください・・かっ・・かみ・・神様・・」
なっ・・なんだっっ!!ついに桑原和男の「神様」ギャグを放り込んで来たぞっっ!!
そう、これは桑原和男がいきなり舞台で女性のようにしなだれて座り込み、、片方の手を頬に当てて泣きながら神様に懺悔するという鉄板ギャグなのだ!!
そしてこのギャグには・・まだ落ちがあるのだ!
「ご清聴ありがとうございました」
そう言って芦田は何もなかったように立ち上がった。
おおお・・芦田・・落ちもばっちりだ!!
さすがだ・・さすがだぜ・・芦田・・
そして館内は拍手喝采に包まれた。
「よいとせの~こらせ」
そう言って芦田は「坂田走り」で舞台のそでに消えて行った。
***
そして放課後・・弁論大会の結果が発表されることになった。
「さーて、今日の弁論大会だが、みんな喜べ。うちのクラスが総合優勝だ!」
太川先生は、とても誇らし気にそう報告した。
するとクラス中が「わあーー」と歓喜の声に包まれた。
すごいぞ!!やったぞ!!
「芦田・・お前のおかげだ。よくやったな」
「グワアアア~~ァァァ」
げっ・・そっ・・それは・・新喜劇、南喜代子の「泣き」のギャグじゃないかっっ!!
しかも、かなり古いぞ・・船場太郎や平参平が居た時代のものじゃないか!
いやいや・・「てなもんや三度笠」も知ってるくらいだから、芦田にとっては決して古くないのかも知れない・・
いきなり大声を出して、泣き真似をしたものだから、クラスのみんなは改めて驚いていた。
そうだろう・・そうだろうな・・まだ芦田を全て理解しているわけじゃない・・無理もないことだ・・
「と・・とにかくだ・・総合優勝は大したものだ。これできみたちが欲しがっていた参考書が手に入るな」
「芦田くん、ありがとう」
「嬉しいことだよね」
クラスのみんなは口々にそう言い、芦田に尊敬の目を差し向けるのだった。
「芦田くん・・ほんとにすごいよね・・」
隣の席の近藤が俺に話しかけてきた。
「うん。すごいね」
「神様に懺悔するなんて・・なんて謙虚なんだ・・」
「あ・・ああ・・」
ち・・違うんだ・・近藤・・あれはギャグなんだ・・
「僕・・芦田くんって、やっぱり不思議な力を持っていると思うんだ」
「う・・うん・・」
そうだな・・ある意味、そうかも知れない。
芦田を見てみると、なにやら制服のボタンを外し、シャツの中を見ている様子だった。
なにをしているんだろう・・
すると次の瞬間、シャツの中から大きく垂れ下がった乳が見えた。
はうあっっ!!あ・・あれはっっ!!
そう、芦田が身につけていたものは、桑原和男が老女役で女装した時に、服の中から垂れ下がった乳を出し、それを他の団員たちに吸わせたり触らせたりする体を張ったギャグなのだっ!!
あいつ・・そこまで仕込んでいたのか・・
しかし・・弁論大会では出してなかったぞ・・
もしやっ!忘れていたのか・・
芦田・・不覚だったな・・俺は出してほしかったよ・・
それを見た海戸は絶句していた。
芦田・・早くしまえ・・それはあまりにも・・高校生には刺激が強すぎるぞ・・
変態だと思われてしまうぞ・・
「チャーッソ、チャーッソ」
芦田はそう言いながら、両乳を手に持って海戸の肩を叩いていた。
でたっ・・ついに・・チャーッソ・・
そう、これは新喜劇、やなぎ浩二の「チャーッソ」ギャグ!
相手を怒るときに発する言葉なのだっ!!
うわあ・・海戸・・怯んでいるぞ・・どう反応していいか・・戸惑っているぞ・・
「やめてくれ・・芦田くん・・」
「別れろ切れろは芸者の時に言う言葉」
はあうっっ!やなぎ浩二、第二弾!!
そう、これは『婦系図』のセリフを引用したギャグなのだっっ!!
隣を見ると近藤が自分の胸元を覗いていた。
はあぅっ・・近藤・・お前は太っているが・・その胸元では無理だ・・所詮あれは作り物なんだ・・
そこは理解しろよ・・
斜め後ろの真城を見ると・・やはり頭を抱えていた。