三
それから数日後、英語の抜き打ちテストが行われることになった。
抜き打ちということで、少し焦りの色を見せる生徒もいた。
「はーい。それではテストを行います。ミスター芦田!あなたもみんなと同じように受けてもらいますが、OK?」
「まいったまいった、マイケルジャクソン」
「ミスター芦田!発音が違っていますよ!マイケルじゃなくて、マイコーですっ」
「しまったしまった島倉千代子」
うおおおぅ・・ここに来て二連発!しかもあの安曇先生に食らわすとはっっ!
そう・・今のギャグは、新喜劇、島木譲二の代表的なダジャレ!
でも・・その島木譲二も・・今は亡き人なのだ・・
俺は少し涙腺が緩む思いがした。
「島倉・・?誰だ・・」
「何を言ってるんだ・・芦田くんは・・」
クラスから、ヒソヒソと囁く声が聞こえた。
「はーい。静かに!ではプリントを配りますからね」
そしてプリントは順番に後ろへ配られ、やがて芦田のところに到達した。
「サンキュ、ベンジョマッチ!」
はあうっ!またもや坂田利夫のギャグを放り込んで来た・・
教科が英語だからいいのか・・いやいや・・いいはずがないのだが・・
「ベンジョマッチ・・って・・」
「なんだ・・問題に出ているのか・・」
またクラスのあちこちで、囁く声がした。
「はーい。始め!」
そしてテストが始まり、クラスは水を打ったようにシンと静まり返った。
うわっ・・ヤバイ・・復習やってなかったな・・
俺は答案用紙に半分も書けないまま、困り果てていた。
これ・・出来ないと、倍の課題を出されるんだよな・・マジでヤバイ・・
「はーい。時間です。後ろの人、プリントを集めて」
「血ぃ吸うたろか~」
芦田は立ち上がってプリントを集めながら、そう言った。
プリントを集める時でさえ、ギャグをぶっこんで来るとはっ・・
そう、今のは間寛平の代表的なギャグの一つである「血ぃ吸うたろか」なのだ!
みんなの視線は芦田に向けられたが、誰も何も言えずにいた。
そう言われた生徒の中には、怯える者もいた。
怯えなくていいんだ・・今のはギャグなんだ・・
「ごめりんこ」
怯える生徒に向かって、芦田がそう言った。
またもや!今は亡き島木譲二がかわいく謝る「ごめりんこ」ギャグだっ!
ミス安曇は、まるで宇宙人でも見たかのような表情をしていた。
「はーい。ミスター芦田。あなたは何を言ってるのですか」
「いや~すみません」
「で、テストはできましたか?」
「当たり前田のクラッカー」
なっ・・なにをっっ!?
あれは・・あれは・・『てなもんや三度笠』で藤田まことが発するダジャレじゃないかっっ!
かなり・・かなり古いぞ・・爺ちゃん世代のだぞ・・
芦田・・無茶にもほどがあるぞ・・
「ミスター芦田。先生にはよくわからない。きみ、不思議な子ですけど、おもしろいですね」
「えっ、そうですかぁ~」
「これでテストもできていれば、いいですね」
「なにを抜かしてけつかるんでございますか」
うううおおお・・あれは新喜劇、末成由美の、乱暴な言葉と丁寧語の合わせ技ギャグじゃないか!
もはや俺の身体は震えるほど、ゾクゾクしてきた。
「what?ミスター芦田」
「僕、全部回答しましたよ」
「oh!graet!」
え・・全部回答したのか・・それが本当なら、すごいぞ・・
クラスのみんなも、その言葉で動揺していた。
特に、海戸の動揺は半端なかった。
***
そして昼休みになり、俺と真城は食堂へ向うため廊下を歩いていた。
「草加くん、今日の定食はなにかな」
「昨日が唐揚げ定食だったから、今日は魚じゃないかな」
「そうだよね。僕、魚好きだから楽しみだな」
「よいとせの~こらせっ」
そう言いながら芦田が俺たちの横を通り過ぎた。
しかもだ!「坂田走り」をしていたのだっ!
そう・・「坂田走り」とは、坂田利夫のギャグを体で表現する高等テクニックの一つ!
斜に構えた体。そして両手は体の前で少し開き、手をぐるぐると回し、顔はあさっての方を向きながら、「よいとせの~こらせ」と言いながら、カニのように横歩きをするのだ!
芦田はその高等テクニックを使って、廊下を小走りしていたのだっ!
芦田・・廊下は走っちゃいけないんだぞ・・見つかれば校則違反で罰則が・・
「ちょっと、きみ・・」
はあうっっ!あれは・・生徒会長の黒岩悠汰じゃないか!
よりによって、一番ヤバイやつに見られてしまった・・
どうするつもりなんだ・・芦田・・
「よいとせの~こらせっ」
ううっ・・声をかけられたこと・・気がついていないのか・・
「ちょっと、きみ!」
「きみたちがいて、あっ、僕がいる」
芦田・・そう来たか・・
あれは・・新喜劇、チャーリー浜の往年のギャグ!「きみたちがいて僕がいる」じゃないか!!
しかも・・途中で「あっ」を入れてくるとは・・さすがだ・・
「何を言ってるんだ。なにをしているのだ。答えたまえ」
でた・・このパターンは徹底的に追及するつもりだな・・黒岩・・
黒岩は、生徒会長でもあるが、なんと成績は学年トップなのだ。
背も高く顔もイケメンで、まさに画に書いたような生徒会長なのだ。
しかも、理路整然と正論を説くことでも有名なのだ。
一度狙った獲物は絶対に逃がさない・・そんな執拗さも兼ね備えたやつだった。
「なぜ黙っているのだ。質問に答えたまえ」
「インガスンガスン」
うおおぅ・・芦田・・ここで「インガスンガスン」を放り込んで来たか。
「インガスンガスン」とは末成由美の代表的なギャグの一つなのだ!
しかも比較的、新しいのだ!
「インガ・・?」
「スンガ・・」
「スン・・?」
なっ・・なんということだ・・
黒岩が完全に芦田のペースに巻き込まれているじゃないか!
「スン」と言ってしまっている・・黒岩・・
それにしても・・不思議な会話だ・・インガスンガスンが通用しているとでもいうのか!
「いや・・そうじゃなくてだな・・何をしているのだと訊いてる」
「ちょっと軽く準備体操」
「準備体操?」
「こうやって小走りすると、頭の回転が良くなるんやで」
「なっ・・なにっ・・」
「ご飯食べたら、眠たくなるやろ。だからそうならんように、午後の授業に備えてや」
「ほ・・ほう。しかしだ。廊下は走ってはいけないと校則で決められているのだ」
「オーマイガー」
うっ・・これがギャグだと気がつくのは俺だけだ・・
そう・・これは新喜劇、浅香あき恵が客席に向かって放つ「オーマイガー」ギャグなのだ!
「知らなかったようだな。よく校則を読みたまえ」
「冗談は、よしこさん」
「よしこ・・き・・きみ・・どうして私の母親の名前を知っているのだ」
違う・・違うんだ・・黒岩・・
今のも浅香あき恵のダジャレギャグなんだ・・
「もうええ?僕、お腹空いたわ」
「むむっ・・」
「話なら、また後で聞くし」
「し・・仕方がない・・行っていいぞ」
「ごめんやしておくれやして~ごめんやっしゃ~」
うおおお・・再び・・末成由美を放り込んで来たか・・
そう言って芦田は「坂田走り」で去って行った。
「く・・草加くん・・」
「なに・・真城くん」
「僕・・頭がおかしくなりそうだよ・・」
そう言って真城は頭を抱えていた。
***
そして次の日・・
「はーい。今日は、昨日のテストの答案用紙を返しますね」
うっ・・俺はきっと、課題を与えられる・・全然できなかったもんな・・
「なんと!このクラスでは百点満点の人がいます!」
するとクラス中で「おおーー」という声が上がった。
「ミスター芦田!あなたですよ」
そしてクラス中で、どよめきが起こり、みんなは芦田の方に注目した。
芦田はわれ関せずという様子で、全く驚きもしなかった。
海戸を見ると、すごく悔しそうに芦田を見ていた。
芦田・・お前ってマジで勉強できるんだ・・噂は本当だったんだな・・
芦田の実力を見せつけられたクラスのみんなは、少しだけ芦田を見る目がそれまでとは違っていた。
そうなんだよ・・ここの生徒は、とにかくどんな人間であろうと、勉強が出来るやつに対してはリスペクトするのだ。
「ミスター芦田!よく頑張りましたね」
「ありがとさ~ん」
安曇先生はそう返事する芦田に、もはや何も言わず、笑っているだけだった。
「ありがとさ~ん・・か・・」
隣の席の近藤が、小さな声でそう呟いた。
どうした・・近藤・・
ま・・まさか・・お前、これからそう口にするんじゃないだろうな・・
「はーい。では授業を始めますねーー」
「アイキャンノット能登半島」
はあうっ・・芦田・・また島木譲二のダジャレを・・
「リピートアフターミー!アイキャンノット能登半島!」
うわあ・・先生・・何を言ってるんだ・・
「アイキャンノット能登半島!」
クラスのみんなは、何かに操られたように、そう繰り返した。
「あらっ・・私ったら・・何を言ってるのかしら・・あはは・・」
ほっ・・すぐに気がついてよかった・・先生・・
それにしてもみんなは・・何の疑問も持たずに、アイキャンノット能登半島を繰り返していた・・
これはなんだ・・どういうことだ・・芦田の不思議な力がなせる業だったとでもいうのか・・
隣の近藤を見てみると、ノートに「アイキャンノット能登半島」と書いていた。
う・・嘘だろ・・
それは・・正しい英語じゃないぞ・・単なるダジャレなんだぞ・・
大丈夫か・・
斜め後ろの真城を見ると・・また頭を抱え込んでいた。
うん・・それがある意味正常な反応だ・・真城・・お前は正しい・・