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新喜劇少年  作者: たらふく
2/12



「えー、今日は転校生を紹介します」


それから数日後、担任の太川先生が、朝のホームルームでそう話した。

そうか・・いよいよ、あの噂の転校生が来るのか。

しかもこのクラスだったのか・・


「どんなやつだ・・」

「どこから来たのかな・・」


いつもはシンとしている教室が、今日は珍しくざわついていた。


「はいはい、静かに!ではきみ、入りなさい」


クラス中の目が、一斉にドアの方へ向けられた。


「ごめんください!どなたですか!転校生の芦田あしだ浩史ひろふみと申します!お入りください、ありがとう」


そう言って廊下で大きい声がした。


「付き添いの人がいるのかな・・」

「高校生にもなって・・親に着いて来てもらったのか・・」


先生は呆然とし、数人の男子が囁くようにそう言った。


ち・・違う・・違うぞ・・いっ・・今のは・・っ!!

今のは吉本新喜劇、桑原和男の往年のギャグじゃないか!!「お入りください、ありがとう」じゃないかあああーー!!

付き添いなんているもんか。やつは一人で喋ってたんだぞ!

俺は一気に、転校生に興味が沸いた。


そしてそいつは入って来た。


「きみ、なにを一人で話してたんだ」


先生が不思議そうに訊ねた。


「いえ~なんでもありません」

「そ・・そうか・・。じゃ、とりあえず自己紹介をして」


すると芦田は暫く黙った。

クラスのみんなは、さっきの「一人芝居」のことに、まだ気を取られていたり、息を飲んで芦田のことを凝視するやつもいた。


「ア~~~メ~~~マ~~~~!」


はあうっ・・!!一度ならず二度までも・・

芦田・・桑原和男の次に、間寛平までぶち込んでくるとは・・!

そう・・芦田はいきなり、間寛平の、これまた往年のギャグ「アメマ」を叫んだのだ。

クラスのみんなは、言葉を失ってその光景を見ていた。


隣の近藤も・・斜め後ろに座っている真城も同様だった。


「芦田くん!さっきから何を言ってるんだ」

「ああ~すみませ~ん。僕、大阪から来ました、芦田浩史と言います。よろしゅうに」


そうか・・芦田はお笑いの本場、大阪から来たのか・・

それにしても・・こいつは凄いぞ・・凄すぎる・・

え・・こいつが全国模試、トップテンなのかっ・・


芦田は見事にみんなの期待を裏切り、見た目も全く特徴がない、中肉中背、顔も十人並みのどこにでもいる高校生だった。

というか・・むしろ頭悪そうだぞ・・


「芦田の席は、真ん中の一番後ろだ。座りなさい」

「ありがとさ~~ん」

「芦田、ふざけるのも大概にしなさい。ありがとうございます、だろ」


先生・・知らないんだ・・

今のはアホの坂田こと、坂田利夫のギャグじゃないか。

それにしても、こいつ・・もはや吉本ファンは間違いない。

しかも・・かなり古めの・・

俺の大好物じゃないかああ~~~!



***



休み時間になってもクラスのみんなは、芦田を遠巻きに見ていた。

俺も、なんとなく声をかけるのをためらっていた。


「草加くん・・」

「あ、真城くん・・」

「なんか・・芦田くんって・・わけわからないんだけど・・」

「ああ・・うん・・」


「プンワカパッパ~プンワカプンワカ~プンワカプンワカプ~」


芦田は誰にも声をかけられなくても、平然として鼻歌を歌っていた。


「なんか・・歌ってるね・・」

「そうだね・・」


これは・・吉本新喜劇のオープニングテーマじゃないか!

緞帳が上がるときに流れる曲じゃないかあ!


「僕、教科書まだ揃ってへんから、見せてくれる?」


芦田は隣の席の海戸かいと洋平ようへいに話しかけていた。

海戸はこのクラスでトップの成績を誇るやつだ。

学年でも当然、トップテンに入っている。

そんな海戸は、芦田が全国模試でトップテンに入っていることを半ばやっかみ、芦田が来る前から敵対心を抱いていた。


「え・・」

「教科書貰えるのん、明日か明後日らしいねん」

「そうなんだ・・」


海戸は芦田の印象が、事前の予想から大きく外れたことに戸惑っている様子だった。

というか・・謎の生物を見るような感じだった。


「じぶんさ~得意な科目ってなんなん」

「え・・じぶん・・?なんなん・・?」


あ・・言葉が通じてない・・

大阪では「じぶん」って相手のことを言うんだよ・・

「なんなん」は、「なんなの」なんだよ・・


「じぶんって、あんたのこと」

「へ・・?」

「じぶん、あんた、おまえ、われ、おんどれ。これ、みんな同じ意味」

「・・・」

「わからんかなぁ~」

「芦田くん・・僕の名前は海戸って言うんだ。この学校では苗字で呼び合わなくちゃいけないんだよ」

「ふぅ~ん。おもんな~」

「おもんな・・?」

「知らんの?今度テストに出るで」

「えっ・・!」

「勉強不足なんやな~」

「それ、なんの科目だ?」

「物理やん」

「ま・・まさかっ!新しい用語か」

「あはは」


からかわれている・・海戸・・完全にからかわれているぞっ・・


「まあ、ええやん。教科書、見せてな」

「ああ・・うん・・」


うむ・・海戸・・完全に飲まれてしまったな・・


キーンコーン カーンコーン


始業ベルが鳴り、みんなは急いで席に着いた。

それにしても、とんでもない転校生が来たものだ。

いや・・俺にとってはとんでもなくないのだ。

むしろ、今後の展開が楽しみで仕方がない。

芦田を理解できるのは、この学校で俺だけなのだから。



***



昼休みになり、みんなは一斉に食堂へ向かった。


「草加くん、行こうよ」


俺は芦田が気になって、行く準備に手間取っていた。


「あ、うん・・」

「どうしたの?」

「真城くん、先に行って席取ってくれる?」

「うん、いいよ。じゃ後でね」


そう言って真城は教室を出て行った。

まだ机の前に座っている芦田に声をかけようか、俺は迷っていた。

そして俺は暫く、食堂へ行く準備をする振りをしながら、芦田の様子を横目で見ていた。


「さあさあ~昼飯や~弁当食べようっと」


芦田は独り言をつぶやきながら、お弁当を机の上へ置いた。

食堂へ行かないんだな・・

ここの生徒の殆どが、お昼になると食堂へ行く。

弁当を持参している生徒もいなくはないが、極少数だった。


「いっぺん、ストロー脳みそに突っ込んでチューチューしたろか」


うお・・今のは・・新喜劇、未知やすえの「怖かったぁ~」に繋がる前段のギャクだ!!

芦田はペットボトルのお茶にストローを突っ込みながら、そう呟いていた。

ううう・・お弁当を食べる時でさえ、ギャグを放り込んで来るとはっっ!


「芦田くん、さっきからなに言ってるの」


そう声をかけたのは、弁当派のたいら五郎ごろうだった。


「ストローカックン」


おお・・ストローカックンもか。

ストローカックンとは、未知やすえのストローギャグのもう一つのパターンだ!

「鼻の穴にストロー突っ込んでカックン言わせたろか」と言うものなのだ!!


「ほ・・ほう・・」


平は明らかに動揺しているぞ・・


「わしな・・これでも不良やったんや。過去に悪いこともしてきたで」

「え・・マジで・・それってどんなこと・・」

「妹叩いたり・・水出しっぱなしにしたり・・」

「えっ・・」


そう言って平は、逃げるように芦田から離れた。

バ・・バカなっっ!違う・・違うぞ。

今のは新喜劇、小藪座長が、まだ駆け出しの時のギャグじゃないかっ!

「殺人、強盗、窃盗、婦女暴行・・」と凶悪犯罪を並べたて「それ以外は全部やったんや」と言い、「それ以外って何や」と突っ込まれ「妹叩いたり」に繋がるギャグじゃないかああ!

平は・・芦田のギャグを本気にしている・・

いやいや・・妹叩いたり・・水出しっぱなしって・・不良か!?気がつけよ!


俺は声を出して笑いそうになったが、なんとか堪えた。

そして急いで食堂へ向かった。



***



食堂へ行くと、真城が待ちくたびれたように座っていた。


「ごめんね、真城くん」

「なにやってたの?」

「ちょっと準備に手間取っちゃって・・」

「そうなんだ」

「芦田くんってどう思う?」

「僕はあのタイプ・・ついていけないっていうか・・」

「うん・・それもわかる気がするけど・・」

「だってさ、なに言ってるか意味わかんないんだよ」

「まあ・・ね・・」

「草加くんってわかるの?」

「いや~まあ・・ちょっとだけ・・」

「へぇ~そうなんだ」


「でさ~三組の転校生って、ちょっとぶっ飛んでるらしいよ」


少し離れた席に座っている男子二人が、芦田のことを話ししていた。


「そうみたいだね」

「いきなり変なこと言ったんだって」

「へぇーどんな?」

「アメマ~とか」

「なにそれ」

「わかんない。で、教室の入り口で一人芝居やったとか」

「わあ・・マジで変だね」

「成績優秀とか言われてたけど、デマじゃないかって噂してるよ」

「だろうね・・。そんな変なこと言ったりするって、やっぱり変だもん」

「それとさ・・早速、生徒会が目を光らせてるらしいよ」

「うわっ・・それってヤバイんじゃないの」

「だね・・そのうち呼び出しされるよ・・きっと」


俺はその会話を聞いて、なんと的外れなことを言ってるんだと少し頭に来たが、口を挟む勇気はなかった。

それにしても、生徒会が・・

一人芝居や「アメマ」と叫んだことは、果たして校則違反なのか・・

項目にはそんなこと一行も書いてないのだし、違反と決めつけるのは横暴だ。

違反に当たるとしたら、名前を呼ばずに「じぶん」って言うことだけだ。

これは芦田にもちゃんと理解させないとな・・


「なんか・・芦田くんのこと、噂してるね」


真城が少し心配そうにそう言った。


「だね・・なんせ全国模試トップテンだからね」

「うん。しかもそれが、かなりの変人だから、尚更だよね」

「俺は、芦田くんは特に校則違反してるとは思えないんだけどな・・」

「まあねぇ・・でも、勉強の邪魔だけはしてほしくないな」

「うん・・」


真城の将来の夢は、政治家になることだ。

尊敬する父親の背中を見て育った真城は、父親の後を継ぎたいという夢があった。

そのためには東大へ進学すると決めていた。


真城は成績もいいし、その可能性は大いにある。

とはいえ、競争率の激しい東大となると、この一年が勝負の年だと真城は自覚していた。

そんな大事な年に、芦田のような転校生が来たのだ。

真城にすれば、邪魔と捉えても無理はない。


俺は昼食の遅れを取り戻すように、急いで食事を済ませ、教室へ戻った。


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