二
「えー、今日は転校生を紹介します」
それから数日後、担任の太川先生が、朝のホームルームでそう話した。
そうか・・いよいよ、あの噂の転校生が来るのか。
しかもこのクラスだったのか・・
「どんなやつだ・・」
「どこから来たのかな・・」
いつもはシンとしている教室が、今日は珍しくざわついていた。
「はいはい、静かに!ではきみ、入りなさい」
クラス中の目が、一斉にドアの方へ向けられた。
「ごめんください!どなたですか!転校生の芦田浩史と申します!お入りください、ありがとう」
そう言って廊下で大きい声がした。
「付き添いの人がいるのかな・・」
「高校生にもなって・・親に着いて来てもらったのか・・」
先生は呆然とし、数人の男子が囁くようにそう言った。
ち・・違う・・違うぞ・・いっ・・今のは・・っ!!
今のは吉本新喜劇、桑原和男の往年のギャグじゃないか!!「お入りください、ありがとう」じゃないかあああーー!!
付き添いなんているもんか。やつは一人で喋ってたんだぞ!
俺は一気に、転校生に興味が沸いた。
そしてそいつは入って来た。
「きみ、なにを一人で話してたんだ」
先生が不思議そうに訊ねた。
「いえ~なんでもありません」
「そ・・そうか・・。じゃ、とりあえず自己紹介をして」
すると芦田は暫く黙った。
クラスのみんなは、さっきの「一人芝居」のことに、まだ気を取られていたり、息を飲んで芦田のことを凝視するやつもいた。
「ア~~~メ~~~マ~~~~!」
はあうっ・・!!一度ならず二度までも・・
芦田・・桑原和男の次に、間寛平までぶち込んでくるとは・・!
そう・・芦田はいきなり、間寛平の、これまた往年のギャグ「アメマ」を叫んだのだ。
クラスのみんなは、言葉を失ってその光景を見ていた。
隣の近藤も・・斜め後ろに座っている真城も同様だった。
「芦田くん!さっきから何を言ってるんだ」
「ああ~すみませ~ん。僕、大阪から来ました、芦田浩史と言います。よろしゅうに」
そうか・・芦田はお笑いの本場、大阪から来たのか・・
それにしても・・こいつは凄いぞ・・凄すぎる・・
え・・こいつが全国模試、トップテンなのかっ・・
芦田は見事にみんなの期待を裏切り、見た目も全く特徴がない、中肉中背、顔も十人並みのどこにでもいる高校生だった。
というか・・むしろ頭悪そうだぞ・・
「芦田の席は、真ん中の一番後ろだ。座りなさい」
「ありがとさ~~ん」
「芦田、ふざけるのも大概にしなさい。ありがとうございます、だろ」
先生・・知らないんだ・・
今のはアホの坂田こと、坂田利夫のギャグじゃないか。
それにしても、こいつ・・もはや吉本ファンは間違いない。
しかも・・かなり古めの・・
俺の大好物じゃないかああ~~~!
***
休み時間になってもクラスのみんなは、芦田を遠巻きに見ていた。
俺も、なんとなく声をかけるのをためらっていた。
「草加くん・・」
「あ、真城くん・・」
「なんか・・芦田くんって・・わけわからないんだけど・・」
「ああ・・うん・・」
「プンワカパッパ~プンワカプンワカ~プンワカプンワカプ~」
芦田は誰にも声をかけられなくても、平然として鼻歌を歌っていた。
「なんか・・歌ってるね・・」
「そうだね・・」
これは・・吉本新喜劇のオープニングテーマじゃないか!
緞帳が上がるときに流れる曲じゃないかあ!
「僕、教科書まだ揃ってへんから、見せてくれる?」
芦田は隣の席の海戸洋平に話しかけていた。
海戸はこのクラスでトップの成績を誇るやつだ。
学年でも当然、トップテンに入っている。
そんな海戸は、芦田が全国模試でトップテンに入っていることを半ばやっかみ、芦田が来る前から敵対心を抱いていた。
「え・・」
「教科書貰えるのん、明日か明後日らしいねん」
「そうなんだ・・」
海戸は芦田の印象が、事前の予想から大きく外れたことに戸惑っている様子だった。
というか・・謎の生物を見るような感じだった。
「じぶんさ~得意な科目ってなんなん」
「え・・じぶん・・?なんなん・・?」
あ・・言葉が通じてない・・
大阪では「じぶん」って相手のことを言うんだよ・・
「なんなん」は、「なんなの」なんだよ・・
「じぶんって、あんたのこと」
「へ・・?」
「じぶん、あんた、おまえ、われ、おんどれ。これ、みんな同じ意味」
「・・・」
「わからんかなぁ~」
「芦田くん・・僕の名前は海戸って言うんだ。この学校では苗字で呼び合わなくちゃいけないんだよ」
「ふぅ~ん。おもんな~」
「おもんな・・?」
「知らんの?今度テストに出るで」
「えっ・・!」
「勉強不足なんやな~」
「それ、なんの科目だ?」
「物理やん」
「ま・・まさかっ!新しい用語か」
「あはは」
からかわれている・・海戸・・完全にからかわれているぞっ・・
「まあ、ええやん。教科書、見せてな」
「ああ・・うん・・」
うむ・・海戸・・完全に飲まれてしまったな・・
キーンコーン カーンコーン
始業ベルが鳴り、みんなは急いで席に着いた。
それにしても、とんでもない転校生が来たものだ。
いや・・俺にとってはとんでもなくないのだ。
むしろ、今後の展開が楽しみで仕方がない。
芦田を理解できるのは、この学校で俺だけなのだから。
***
昼休みになり、みんなは一斉に食堂へ向かった。
「草加くん、行こうよ」
俺は芦田が気になって、行く準備に手間取っていた。
「あ、うん・・」
「どうしたの?」
「真城くん、先に行って席取ってくれる?」
「うん、いいよ。じゃ後でね」
そう言って真城は教室を出て行った。
まだ机の前に座っている芦田に声をかけようか、俺は迷っていた。
そして俺は暫く、食堂へ行く準備をする振りをしながら、芦田の様子を横目で見ていた。
「さあさあ~昼飯や~弁当食べようっと」
芦田は独り言をつぶやきながら、お弁当を机の上へ置いた。
食堂へ行かないんだな・・
ここの生徒の殆どが、お昼になると食堂へ行く。
弁当を持参している生徒もいなくはないが、極少数だった。
「いっぺん、ストロー脳みそに突っ込んでチューチューしたろか」
うお・・今のは・・新喜劇、未知やすえの「怖かったぁ~」に繋がる前段のギャクだ!!
芦田はペットボトルのお茶にストローを突っ込みながら、そう呟いていた。
ううう・・お弁当を食べる時でさえ、ギャグを放り込んで来るとはっっ!
「芦田くん、さっきからなに言ってるの」
そう声をかけたのは、弁当派の平五郎だった。
「ストローカックン」
おお・・ストローカックンもか。
ストローカックンとは、未知やすえのストローギャグのもう一つのパターンだ!
「鼻の穴にストロー突っ込んでカックン言わせたろか」と言うものなのだ!!
「ほ・・ほう・・」
平は明らかに動揺しているぞ・・
「わしな・・これでも不良やったんや。過去に悪いこともしてきたで」
「え・・マジで・・それってどんなこと・・」
「妹叩いたり・・水出しっぱなしにしたり・・」
「えっ・・」
そう言って平は、逃げるように芦田から離れた。
バ・・バカなっっ!違う・・違うぞ。
今のは新喜劇、小藪座長が、まだ駆け出しの時のギャグじゃないかっ!
「殺人、強盗、窃盗、婦女暴行・・」と凶悪犯罪を並べたて「それ以外は全部やったんや」と言い、「それ以外って何や」と突っ込まれ「妹叩いたり」に繋がるギャグじゃないかああ!
平は・・芦田のギャグを本気にしている・・
いやいや・・妹叩いたり・・水出しっぱなしって・・不良か!?気がつけよ!
俺は声を出して笑いそうになったが、なんとか堪えた。
そして急いで食堂へ向かった。
***
食堂へ行くと、真城が待ちくたびれたように座っていた。
「ごめんね、真城くん」
「なにやってたの?」
「ちょっと準備に手間取っちゃって・・」
「そうなんだ」
「芦田くんってどう思う?」
「僕はあのタイプ・・ついていけないっていうか・・」
「うん・・それもわかる気がするけど・・」
「だってさ、なに言ってるか意味わかんないんだよ」
「まあ・・ね・・」
「草加くんってわかるの?」
「いや~まあ・・ちょっとだけ・・」
「へぇ~そうなんだ」
「でさ~三組の転校生って、ちょっとぶっ飛んでるらしいよ」
少し離れた席に座っている男子二人が、芦田のことを話ししていた。
「そうみたいだね」
「いきなり変なこと言ったんだって」
「へぇーどんな?」
「アメマ~とか」
「なにそれ」
「わかんない。で、教室の入り口で一人芝居やったとか」
「わあ・・マジで変だね」
「成績優秀とか言われてたけど、デマじゃないかって噂してるよ」
「だろうね・・。そんな変なこと言ったりするって、やっぱり変だもん」
「それとさ・・早速、生徒会が目を光らせてるらしいよ」
「うわっ・・それってヤバイんじゃないの」
「だね・・そのうち呼び出しされるよ・・きっと」
俺はその会話を聞いて、なんと的外れなことを言ってるんだと少し頭に来たが、口を挟む勇気はなかった。
それにしても、生徒会が・・
一人芝居や「アメマ」と叫んだことは、果たして校則違反なのか・・
項目にはそんなこと一行も書いてないのだし、違反と決めつけるのは横暴だ。
違反に当たるとしたら、名前を呼ばずに「じぶん」って言うことだけだ。
これは芦田にもちゃんと理解させないとな・・
「なんか・・芦田くんのこと、噂してるね」
真城が少し心配そうにそう言った。
「だね・・なんせ全国模試トップテンだからね」
「うん。しかもそれが、かなりの変人だから、尚更だよね」
「俺は、芦田くんは特に校則違反してるとは思えないんだけどな・・」
「まあねぇ・・でも、勉強の邪魔だけはしてほしくないな」
「うん・・」
真城の将来の夢は、政治家になることだ。
尊敬する父親の背中を見て育った真城は、父親の後を継ぎたいという夢があった。
そのためには東大へ進学すると決めていた。
真城は成績もいいし、その可能性は大いにある。
とはいえ、競争率の激しい東大となると、この一年が勝負の年だと真城は自覚していた。
そんな大事な年に、芦田のような転校生が来たのだ。
真城にすれば、邪魔と捉えても無理はない。
俺は昼食の遅れを取り戻すように、急いで食事を済ませ、教室へ戻った。