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新喜劇少年  作者: たらふく
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「そこのきみっ!ちゃんと背筋を伸ばしなさい」


俺は校門をくぐるとき、生活指導の犬猪いぬい先生に注意された。


「はい、すみません」


俺の名前は草加くさか槙之輔しんのすけ

優秀学園という男子校に通う、三年生だ。

身長は175㎝で、長身とも言えるが、顔は十人並みだ。見た目はどこにでもいるような、普通の高校生だ。


しかし俺の通う学校は、県内でも随一の進学校だ。

ここに通う生徒は、勉強ができるのはもちろんのこと、親が実業家、政治家、法律家、官僚など・・いわゆる「いいとこの子」が殆どだった。

そんな中、俺は例外ともいうべき、平凡な公務員の家に育った。


とにかくこの学校は、一に勉強、二に勉強といった感じで、勉強のためなら何でもやるし、その為に校則もとても厳しいものが定められていた。

「健全な肉体に健全な精神が宿る」が校是であるように、背筋を伸ばして歩くことは当然のルールなのだ。

「廊下は走らない」といった、校則の典型的なことは基本中の基本で、制服のボタンを留める、長髪禁止、異性との交際禁止、といったように、細かく校則が決められている。

それらをここの生徒たちは、一切疑問を挟まず、厳格に守っている。

とにかく勉強第一なのだ。


「草加くん、おはよう」


そう声をかけて来たのは、俺と同じクラスの真城ましろ望海のぞみだ。

彼は165㎝と小柄だが、顔はそこそこいけてる、いわゆる「イケメン」の部類だ。

勉強以外にスポーツも万能で、まさしくここの校是である「健全な肉体に健全な精神が宿る」を地で行くような生徒だった。

真城の父親は、現職の国会議員で、次の内閣改造では閣僚入りするとも囁かれている大物議員だった。


「真城くん、おはよう」

「草加くん、また先生に叱られていたね」

「うん。俺のクセ、なかなか直らないんだよ」

「そのうち、背中に物差しでも入れられるよ」

「あはは、さすがにそれはないよ」


校則の一つとして、お互いの名前を呼び合う時は、必ず「くん」を付けることも決められていた。

普通の高校生にある、「あだ名」なんて以ての外だった。


「もう始業ベルが鳴るよ。早く行こう」

「うん」


始業ベルが鳴り終わるまでに教室で座っていないと、給食のおかずが一品減らされることになっている。

俺は、この校則には疑問を感じていた。

健全な肉体を作るためには、栄養のバランスが大切のはずだ。

それをペナルティとはいえ、おかずを減らすことは、育ち盛りの高校生にとってマイナスになると考えていたからだ。


この学校の校則を、先生が決めたのはもちろんだが、毎年、必要と思われる校則を追加したり、必要でないものを削除するといったことを、生徒会が決めていた。

その際には、生徒全員から案を出すことになっているが、それは民主主義を守るという建前であり、事実上、生徒会の独断で決められていた。

おかずを一品減らすというのも、生徒会が決めたものだった。


俺と真城は急いで教室へ入り、着席した。

他の生徒もみな、着席していた。

ええっと・・教科書とノート・・これとこれだな・・

俺はすぐに鞄から、一時限目の英語の教科書とノートを机に置いて準備をした。


あれっ・・近藤がまだ来てないぞ・・


俺の隣の席は、近藤こんどう祐也ゆうやだった。

近藤はとても気弱な生徒で、しばしば遅刻することがあった。

そのため、先生や生徒会から注意を受けることが多く、俺は気の毒に思っていた。


早く来い・・近藤・・また、おかず減らされるぞ・・


キーンコーン カーンコーン


あっ・・始業ベルだ・・これが鳴り終わるまでに来ないと・・


タタタタタ・・


あっ・・近藤だ。早く・・早く来い・・

俺は近藤がすぐに座れるように、椅子を後ろへ下げた。


「近藤くん!早く!」

「ハアハア・・」


しかし近藤は間に合わなかった。

いや・・ギリギリだったけど・・座る少し前にベルが鳴り終わった。

このくらい・・いいんじゃないか・・ほぼ間に合っただろう・・


「近藤!また遅刻か。今日のおかず、減らすからな」


担任の太川たがわ先生が、近藤に向かってそう言った。


「すみません・・」


近藤は汗を拭きながら、下を向いたままそう弱々しい声でそう言った。


「近藤くん・・大丈夫かい?」

「う・・うん・・ありがとう、草加くん」


泣きそうな顔してる・・

近藤は小太りで、走るのも苦手、スポーツも苦手だが、食欲は人の何倍もある生徒だった。


「早く教科書を出しなさい。もうすぐ一時限目が始まるぞ」

「は・・はい・・」


そのやり取りを、クラスのみんなは全く意に介さない様子で、英語の教科書と睨み合っているのが殆どだった。

やがて太川先生が出て行き、代わりに英語の安曇あずみ先生が入ってきた。


「起立!」


クラス委員の並河なみかわ蒼穹そらが、はきはきした口調でそう言った。

みんなは勢いよく立ち、礼をして着席した。


「さて、教科書の25ページを開いて」


先生がそう言う前に、みんなは既にそのページを開いていた。


「はーい。結構、結構。このクラスは優秀ですね。勉強に対する意欲が感じられます。あなた方の親御様は、大変喜ばれることと思いますよ。もう三年生ですからね、一層気を引き締めてくださいよ」


安曇先生は、三十代の女性で帰国子女だった。

子供の頃からアメリカで在住し、帰国したのは五年前で、その後この学校に赴任してきた。

そのせいか、物怖じすることなく、何事もはっきり言う先生だった。


「はーい。先日、言っておいた復習はしてきましたか?ミスター草加!」

「はっ・・はい!」

「じゃ読んでみて」


俺は突然指名されて、少し戸惑った。

この先生・・苦手なんだよ・・俺・・

俺は先生の言われた通り、出されていた課題文を読んだ。


「ダメダメ!Rの発音が違いますよ!」

「はい・・」

「もっと舌を丸めて、うらぁ~ね」

「うらぁ~」

「Lとは違うんですよ。Rightね、うらぁいと」

「うらぁいと」

「ま、いいでしょう。今後、気を付けるように!」


ネイティブのあなたとは違いますって・・


授業中はみんな必死になってノートをとり、誰一人として私語をするものはなかった。

というか・・これが俺たちの通常の光景だった。

時々、息の詰まる思いがするけど、他のみんなは全くそんな感じは見られなかった。


「ああ~~疲れたね」


食堂で真城が大きく背伸びをし、そう呟いた。


「真城くんでも疲れたりするの?」

「ヤダな~僕だって人間だよ。そりゃ疲れる時だってあるよ」

「俺・・あまり優秀な方じゃないから、息が詰まりそうになるんだ・・」

「そんなことないって。大丈夫だよ。それよりさ・・」

「なに・・?」

「僕、噂で聞いたんだけど・・今度、転校生が来るらしいよ」

「へぇ~そうなんだ」

「それがさ・・すっごく優秀だそうだよ」

「そうなんだ」

「なんでも二年の時の全国模試で、トップテンに入ったとか・・」

「ええ~~!それはすごいね・・」

「だから先生たちも大喜びみたいだよ」

「だろうなぁ・・だってまたこの学校の株が上がるもんね」


そっかぁ・・転校生か。

でも・・ここの校則の厳しさとか知ったら、驚くんじゃないだろうか・・

あ・・でも、ここの生徒以上に勉強が出来るなら関係ないか・・


校則には、学年でトップになると、「必ずしも校則に縛られない」という例外の項目があった。

全国模試でトップテンに入るくらいなんだから、学年トップなんて朝飯前かもな・・


しかしこの学校で、例え学年トップになったとしても、その生徒たちが校則を破ることなど皆無だった。

そもそもここにいる生徒たちは、校則を破ろうなどという考えを持つものはいない。

そういう外れた目的など、時間の無駄だと考えている。

それよりなにより、勉強なのだ。


交わす会話といえば、勉強のことが殆どだ。

女子がどうのとか、アイドルがどうのなんて、聞いたことがない。

もちろんエロい話も聞いたことがない。


俺は頭の中では女子のこと、エロいことも考える。

でも、絶対に口には出せないし、出したこともない。

しかし・・そんな俺はお笑いも好きだった。しかも・・かなり好きだった。

吉本新喜劇のDVDも持っているくらいで、結構詳しい。

もちろんこんな話も誰にも言えないし、言ったこともない。


俺は中学ではトップクラスで勉強が出来たが、ここに入ったとたん、一気に下位へと転落だ。

平凡な公務員の両親は、俺がここに、ギリギリとはいえ、入れたことが自慢らしい。

近所の人からも羨望の眼差して見られている。

俺はそんな両親の想いを知っているので、裏切りたくないし、やっぱり良い成績をとって喜ばせたいと思っていた。



***



それから数日後、三年生の間で「頭の良い転校生がやって来る」という噂が飛び交うようになった。

中には「抜かれてなるものか」といわんばかりに、イラついている生徒もいた。


「背が高くて超イケメン」「文武両道の侍みたいなやつ」「ハーフでバイリンガルの帰国子女」


などなど・・あらぬ噂まで飛び交っていた。


「真城くん、すごいよね・・噂・・」

「そうだね。どんな子が来るのか楽しみだね」


俺と真城は休み時間、教室でそんな話をしていた。


「だけどさ・・みんな、なんかイラついてない・・?」


俺は小さめの声で、そう言った。


「だね。なんせ全国模試トップテンだからね」

「別に、そんなの関係ないのにね」

「ムリムリ。みんな必死だもん。そうなるって」

「それより真城くん。陸上の大会、いつだっけ」

「えっと・・来週末かな・・」

「そっか・・頑張ってね」


真城は夏の全国大会出場に向け、地区予選を控えていた。

真城は陸上部で足がとても速く、特に100mを得意としていた。


「俺・・応援に行っちゃおうかな」

「え・・いいよ。悪いし」

「いいんだって。息抜きにもなるし」

「来れたら、でいいよ」

「うん」


俺は部活には所属していなかった。

特にしたいこともなかったし、帰宅部だった。

自宅と学校の往復だけで、俺は少々退屈していたので、せめて友達の応援くらいしたいと思っていた。


考えたら、このクラスで真城だけが「まとも」なやつなんだよな・・

でもその真城とさえ、高校生らしい話題などしたことがなかった。

真城って・・女の子とか興味ないのかな・・

今度・・話してみようかな・・


「さて・・次は音楽か」


真城が音楽の教科書を用意しながらそう言った。

音楽はここの生徒にとって、いわば無意味なものだった。

それでも厳しい校則があるので、授業は真面目に受けていた。


授業中の私語、居眠りなどあり得ないことだった。

音楽の先生は、生徒たちが真面目に受けているとはいえ、それは表面的なことだと知っていた。

俺はそれが少し気の毒だった。

音楽だって立派な教科だ。

俺は比較的音楽の授業が好きだった。

しかし、俺にとってもそれは息抜きでしかないことは否定できなかった。


俺たちとクラスのみんなは、そそくさと音楽室へ移動し、ベルが鳴る前に着席した。


「さーて、今日からは、校内の音楽祭に向けて、練習を始めます」


荘野しょうの先生がそう言って、俺たちみんなは先日渡された楽譜を開いた。


「課題曲は「さくらさくら」でしたね。日本を代表する唱歌です。これをパートごとに別れて三重唱します」


荘野先生は、席順に主旋律、上のハモリ、下のハモリとパート振り分けをした。

それから先生がピアノを弾き、まずみんなで主旋律を歌った。

みんなはちゃんと歌っていたが、全く心がこもっていなかった。


「はいはい!ちゃんと気持ちを込めて!初めから行きますよ!」


それでもみんなは、早く終わってくれと言わんばかりの力のない声だった。


「こんなことでは、授業をちゃんと受けてなかったと、報告せねばなりませんね!」


報告する、というのは生徒会のことだ。

生徒会に報告されると呼び出しを食らい、トイレ掃除を一週間一人でやらねばならないという、厳しい罰を与えられるのだ。

この学校の生徒にとって、トイレ掃除など勉強を阻害する無駄な時間としか考えていなかったので、みんなの顔色が変わった。

この学校の生徒会は、ある意味、先生よりも権力を握っていた。

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