正
さて、夜明けまでどうしたものか。
荷物はない。
知らない部屋。
高そうな調度品。
ある意味牢獄とかわりなし。
「外ならまだしも、こうゆう部屋に寝かされるのは困るな」
出ようと思えば窓から出られるが、外に出ても行く所がない。
粋な奴なら酒場か色街くらい足を向けそうなもんなんだろうが、生憎オレにそんな心の余裕はない。
いまの狩り場に行っても出来る事ないし、次の狩り場が出来るまでなにもする事がない。
任期半月の予定の内の3日過ぎたばかりだ。
しばらく余裕があるとは言え、暇を持て余すようでは意味がない。
実際、楕円形に街を囲む城壁の街道から離れた北側を一時的に手入れしただけの状態だ。
街をほっつき歩くなど以ての外。
そして、暇潰しの外出の為に、夜に出掛ける事は有り得ない。
飯は食った、汗は拭いた。
安全で柔らかい寝床もある。
つまり、二度寝と言うか普通に寝るしか出来ない。
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翌朝、メイドさんがカートで朝食を部屋に運んでくれた。
ぶるじょわってスゴいね。
昼間は基本的に寝てるから、今日も朝から何しようかと考えていた所で、ヒルツさんが部屋に来て、昨日までの連絡事項と今後の打ち合わせをする事になる。
「まだ、兵の一部が夜通し焼却作業してようですが、他は冒険者の手も借りて、狩り場になるスペースを確保する作業を優先させています」
別に、草刈しなくても狩りはできますけど、朝から回収任される人らの視界確保は大事ですよね。
「それから、約束通り駆除したウサギは、出来る限り加工か精肉に回すよう指示を出してます」
「ありがとうございます。加護の関係で狩った獲物を放置するとバチが当たるますので助かります」
狩りすぎて一人じゃ腐らすだけだったから、そのあたり本当に感謝します。
「ですが、素人を起用しているので、解体が少し荒く“製品化”には至らず廃棄されている毛皮もあるみたいです」
「とりあえず、処理しようとした上での失敗なら大丈夫でしょうけど、丸ごと廃棄だけは勘弁して下さい」
「それから、精肉工場から1日の狩るウサギの数に、制限を設けて欲しいとの要望があったそうです」
打てば当たるの状態だったから予想は着くんですが、一応聞かねばなりません。
「理由を聞かせていただいてもいいですか?」
「肉の処理が全く追い付かないそうです」
俺もぶっ倒れたみたいですし、いくらも工程が増えるのだから、解体側はそうなるでしょうね。
「オレとしても制限してくれたら助かります…」
「そうですか、本格的な駆除は難しいので、成長しきったウサギを中心に30匹位でどうでしょう。」
「…30。それでも30ですか」
「加工場が小さく、一日に加工出来るのは、ソレくらいが限度だそうです」
「今どうしてるんですか?」
「溢れた分は、解体の経験者を手配するよう指示して来ているので大丈夫でしょう」
「そうですか、お手数お掛けしました…」
他の場所で、ウサギ30匹を一日に狩れと言われたら、確実に無理だって返事くるけど…。
ここ近辺でその数だと、一晩のノルマとしては少ないと思えるのだから凄い。
狩るのがオスだけとなると、見極めに時間かかるようになるだろうが、こうして達成条件が見えて居てくれたほうがやはり依頼らしい。
とりあえず狩れるだけ狩るのは結構な負担でした。
…あ。なんか今、肩の荷が下りたような気がする。
「わかりました。明日からノルマを目安に終了するようにします」
正直、ウサギの大群を目にしてからは、“全部狩らなければいけない”みたいな脅迫観念に駆られていたみたいだ。
「依頼しておいてなんですが、エルド君が精神披露で倒れてしまうとは思いませんでした」
「当てるだけでも、それなりに疲れるみたいですねぇ」
「そうでしたか。それでも、あの命中率には、そら恐ろしい物がありますが…」
十からは把握してないくらいですが、他の狩り場なら一生かかってやっとくらいの分は狩ったんじゃないでしょうか…。
正直、ウサギはもう見るのも嫌です。
いや、確かに打てば当たると言うか、打てば響くと表現したとは言え、一匹一匹しっかり狙わないと動く的を仕留めるには至りませんて…。
「あとは、昼間見つけたウサギは、狩った後埋めて処分されてる物もあるみたいですね」
「それはもう、オレの範囲外ですから、口を挟む立場にはないですし…」
駆除対象だとしても、無益な無駄に殺す事に賛同しかねるが、そこはオレが関わる問題ではありませんからね。
増えすぎて駆除を始めたとしても、伯爵領としてはウサギも大事な資源でしょ?
全て製品化の約束も、オレの我が儘なんだけど、無駄にする為か、何かに使われるかで、狩りか処分かに分かれるし、仕事に向きあう気分も大分かわるよ。
ちな、放置してても血抜きだけは完璧にしてきたからね?
あのウサギだけは、血抜きやんなきゃ絶対に食えない。
てか、口にしたくない。
痩せた土地だと、血すら食べるように敢えて血抜きをしないで料理するし、砂漠や寒いとこなら血抜きした血を新鮮な内に、水と栄養源として当たり前に飲んでいたりする。
しかし、あのウサギは血の中の脂が酷い。
川に血を流すと、脂が広がるのがみえるのだから、血にかなりの脂肪を溜めこんでいるのだろう。
大繁殖はしたが、本能的に寒い地方のつもりのままでいるから、冬眠用の脂分を体内にため込み続けているのかもしれない。
「…新しい環境に適応してると見せかけて、実際は狂ってるとかだったら嫌ですね」
「ウサギが…ですか?」
「まぁ、大繁殖したウサギの話もですが…」
ウサギだけなら良かったんですけど、オレもある意味見知らぬ土地で狂ってた面もあるんでよね。
「他にまだ気になる事でもあったんですか?」
「普通なら、伯爵領の一部地域だけに居つくとは限ら無いんじゃないかなーと」
「今は肥沃に見えますが、ウサギが繁殖する前は、小さな畑しか確保出来なくて、長い時代食料確保に悩まされていたらしいですからね」
「ははぁ、それでウサギの肉ですか」
「いえ、野犬やたまに山から降りてくる熊から家畜を守るため、敷地の近くで放し飼いにしたのが、本当の始まりらしいんです」
今は、肥沃で草だらけに見えますが、草の下地となっているのは砂地が多かったらしい。
と言うか、砂と砂利で畑が作れなかった。
砂だらけで、巣穴を掘れなかったから、飼い始めた当初は土のある畑の近くだけで繁殖していた。
だが、いつの間にか野生化した個体が多少土の有った川原や土手に居着き、そこから段々と砂地を進出してきたんではないかと言われてるそうだ。
大量に餌があるから、危険な野犬や熊は川原から人の居る土地まで来なくなり、当時は貴重な非常食扱いだった畑のウサギも、気がつけば手に負えない位繁殖していたと。
そして、土はあるが雑草があまりない畑からウサギは離れ始め荒れ野のような砂地に進出。
当時はまだ、野犬やクマを警戒していた為、川も野原も人が奥まで入り込む事はなかった。
そんな、人があまり立ち入らなかった場所に、畑は作れないがウサギが身を隠すくらいの巣穴を作れる土地があり、そこらを拠点に数を増やした一団が数をを減らさず増え続け、街や河原に到達したのではないかと、推測されているらしい。
つまり、野原の向こうに、更なるウサギの繁殖場所があると…。
森や山には居らず、少ない量で大量に栄養を取れる脂分の多い草ばかりを好んで食べる。
基本的に、巣穴の周りは草を倒し巣穴に逃げ込めるようになっているのだと。
だが、稲科の草の種はともかく茎や草は食べないので、倒された草が折れ重なり大量の土も出来たと…。
いや、今は大量繁殖に悩まされてるけども、ウサギの増やした土の大地を柵で囲んで農地を増やしてきたおかげで、現在の伯爵領になったらしい。ウサギの土で人も繁栄できた。
ウサギが居なかったら、伯爵領も農業も成り立たなかったとしたら、最初のウサギは祀られていいくらい土地に貢献してるよね。
大地の神とかみたいな神様の加護と授かったの居たのかもね…。
いや、元の幸が薄いと神様の加護が強くなるとか言いますし。
不幸さなら、奴隷以上に不幸なんじゃないかな。
住み慣れた地で人間に生け捕りにされ、まったく知らない土地で、囮・食肉として放たれるとか不幸としか言いようがない。
オレが、幼少期に加護受けたのは、それこそ神様の気まぐれなんでしょうけど、なんで狩りの加護もらったのか理由は解らない。
元々オレは村の中でも人見知りする方だったらしいけど、あの村割と豊かでした。
昼間寝て夜狩人してる今がそれなりに幸せではあるが、ニョタしなければ、もっと楽だったんじゃないかな。
母親もメッチャ美人なのが気になるけど、オレ以外みんな普通に村人してたもの。
因みに、両親と言うか村人みんな狩りは出来ない人ばかりで、肉は余所の村の猟師から分けて貰ってましたね。
いや、村でるまで狩りとかできなかったカラ…。
だいたい、街と山の中間点にある村で、野生動物もあまり居なかった。
ヤギやら乳牛は居ましたが、そんなん狩ったら牧場主に殺されます。
そもそも、小さい時に弓で悪さしたらしいですし、牧場から出禁食らってなかっただけまだいいと思います。
野菜のミルク煮やらあったし、肉もあんま必要ない暮らししてたけど、幼少期によく川の魚を弓で射って持ち帰りました。
魔弓です。幼くともほぼ急所に必殺です。魚とさらに幼い時の牛を比べるのがおかしいかも知れませんが必殺なんです。
身に覚えがないのは幸いでしょう。
因みに、魚は漁であって狩りではありませんよね。