作業
最初の一匹を祝詞に捧げ。
事務的に弓を射る。
深夜、アイデンティティは崩壊している。
明け方。朝露の代わりに回収しなかったウサギの血飛沫が滴るり落ちた。
草原は赤く染まり見回りの兵士はただただ腰を抜かす。
鉄臭い風の吹き抜ける中で、兵士が仕掛けた罠のを回収する。
フードで視界を閉ざし、届けられた朝食を取る。
―そうか、ここは戦場か。
粗方作業を終え、薪が置いてあった軒下に毛布を敷いてくるまる。
「…寝よう」
ウサギは、まだ終わらない。
終わらない。
無為な殺戮。拾われぬまま積み上げられるウサギ。
血飛沫さえ見えぬほど暗い夜が明け、薄闇すら赤く染めた体を横たえる。
動く物は吐く息も許さず全てを止めた。
やりすぎた、頭痛い。
黒弓をキツく抱きしめ、深く毛布を被る。
まだ近隣のウサギは序章に過ぎない。
―全てはここから。
▼
白に仕切られた空間で目を覚ます。
「…どこっ!?」
噂に聞いたレースのカーテンと天蓋付ベッドと言うものらしかった。
天蓋付ベッドは、寝ている間無防備になる使用者を、天井から落ちてく石や欠片から守る小さな要塞。
「なんだここは…」
レース越しに見える調度品とか、テーブルには金の縁取りのカップと花瓶…いや水挿し?
いや、カップは取っ手を持つと壊れる仕様で、水挿しと見せかけたからの花瓶?
騙されるもんか見抜いたぞ。
…な訳ないか。
外は暗くなり、魔法が魔道具か解らないけど、暖炉の上の燭台に火とは違う輝きを灯している。
かなり部屋は明るいし、ネグリジェじゃないのは助かった。見ようによってはワンピースにも見える寝間着を着せられていた。
自分の身体を明るい所で見る機会なんかなかったのだけど、着ている物も相俟って見事なくらいメリハリに欠ける。
ガキはわからんが、おかげで村の大人には襲われたりしなかった。
村の女性、色々豊かだったから完全に圏外だったみたいね。
姉も母も美人だったが、天は二物を与えずで、今後も暫くは大丈夫だろう。
さて、とりあえず現状把握だ。疲れて倒れたなこれは。
で、どこかの屋敷に運び込まれて看病されてたみたいだ。
昼間はまぁ普通だけど、月の下と言うか夜限定なら、冷水浴びても風邪ひとつ引かないんだよ。
朝昼に調子悪くても、夜にはケロリとしているくらいだ。
まぁ、流石に風土病まではわかんない。
世界に風土病がなければ、流通はもっと増え、世界中が豊かになるなんて言った賢者様いたくらいで、大きな町は離れた土地から来た人間や荷物の検疫をしたするくらいには警戒します。
冒険者なんか、一部地域の移動がほとんどですが、狩人と村民は移動がほとんどない。
極めて大量のウサギ。恐らく糞尿も半端ないし、精神的に疲れてきてたし、それなりに体力も失った。
さては、風土病か不衛生な環境で得体の知れない病気にでもかかったかね?
夜間の接触禁止も、非常時には該当しないからねぇ。
「…え、起きてる」
軽いノックと同時に、カートを押しながら若いメイドさんが入ってきた。
カートには水を張った桶とタオル、それからオートミールかなんかが入った鍋。
「「……」」
頼むなんか喋ってくれ。
「…エルド様、御加減は如何ですか?」
「とりあえず問題ないです。あの、ここはどこでしょう」
これが、侍従だのヒルツさんだったら問題だが、女人と言うか世話しにきてくれたらしきメイド見られたからと騒いだら、恩知らずもいいとこよ。
「ここは、伯爵家が研究会の為に所有している屋敷の別邸です。エルド様は、草原で体調を崩され、あちらで看病するよりいいと判断したヒルツ様がこの屋敷に運ばれました。私はエルド様の世話をさせて頂いておりますマーサと申します」
金髪をタマネギ頭にした彼女だが、顔は可愛い系で身長が低い。
キビキビしてるのに、“おっとり感”が否めない。
子供が背伸びしてるようにしか見えない。
実際オレより年下じゃないか?
「そうですか、ありがとうごさいました」
「ヒルツ様から、目を覚ましたら、彼の要求に限り従うよう言われております」
「お食事の介護は必要ですか?」
「いえ、一人で食べれます」
「では、お手伝いしますので先にお背中の汗を…」
「結構です。」
「左様ですか。終わりましたら回収しますので、ベッドの脇にあるベルを鳴らして下い」
「わかりました。ありがとうございます」
「では、病み上がりにございますから、ゆっくり召し上がり下さい」
「…はい」
そうしてマーサさんは退室していった。
一回音を立てないよう静かに廊下を覗いてみたら、部屋と部屋の扉の間に長イスが置いてあってそこで目を瞑って静かに座っていた。
その姿勢正しき居住まいは、遠目にも出来る女にしか見えない。
―少々サイズが小さいが。