他人行儀に
田舎には、焼いた石をぶち込んで水を温める風呂が各家庭にあるもので、公共銭湯を始めて使うときには戸惑いました。
基本的にサウナでしたし、ルールやしきたりは言うに及ばず。他人にも気を使わないとならないので、性別云々の話より、元々あまりいきたくない訳だ。
毎回借りる訳にも行かないし、体質のせいで、街中だと泊まれる場所も限られる。
夕方部屋借りたら、夜明け前にでないと混乱が起きます。
一人二役とか出来ませんし、夜には女しかいないとか、家族の居た自宅すら夜這いされた経験があるので、借家もちょっと難しい状況。
あんな事にならなきゃ、ずっと村に住んでれば良かったから楽だったんだけどねー。
旅をしてても、どこに流れても苦労が変わらないから、山で一人生きられる今の生活が始まってしまったんですが。一般的に冒険者にならなきゃならない人も少ないし、雪はメッタに降らない温暖な地方です。
文字通り、一人暮らしをするには、ここが一番いいのでしょう。
とりあえず、体を流したら二階の待合室で待機するようにと言われているで其方に向かう。
建物が元宿屋らしく、今はギルド職員の寮になっている。
みんな下に出払ってるせいか、待合室と廊下は薄暗いです。
しかも、待合室には話をしている人がいます。
さて、とりあえず誰か来るまで廊下に居るしかないか。
いや、もしかしたら中の人らが、人に聞かれたくない話をしてたりとかするかもだしね。
赤の他人とは言え、“なに話してる部屋に普通に入ってきてくつろいでんの”とか思われたくないです。
「…エルドさん、上がったらなら早く入ってきてください」
「大事な話かと思いまして」
「応接間じゃないんですから、そんなの気にしないで下さい」
受付嬢、受付しないで待合室にいました。
そして、なかなか来ないから、呼びに行こうかとしたら廊下にいたので、受付嬢さんちょっと困り気味です。
まぁ、10分はなにするでもなく廊下に居ました。
「お待たせしました。彼がキット氏を発見してくれたエルドさんです」
扉を開けると、受付嬢さんが
見知らぬ人に対し、オレを紹介していた。
「私は、エーテル家のヒルツです。ヒルツとお呼び下さい。はじめましてエルドさん」
部屋の中に居た、身なりのいい青年が自己紹介をしながら話かけてきた。
「すみません間違えました」
「失礼ですから、エルドさんは中に入ってください」
貴族特有の眩い笑顔。思わず謝りながら廊下に向かいかけたが、受付嬢さんに怒られたので足を止めた。
手を引かれ、円テーブルの対面に座らされた。
「はじめましてエルドさんで…ええと、え?」
「エルドさんは、無理に話そうとしなくて大丈夫です。ひとまず、話を聞いて下さい」
落ち着きなくキョロキョロしてたら受付嬢さんのから一言。
正直、誰かに合わせるつもりなら言って欲しかった。
「この度は、研究会員のキットを見つけてくださりありがとうございます」
「えぇ、はい。ありがとうございます。」
頭を下げ、丁寧にお辞儀されたけど、何が何なんですかね。
お礼言われて“ありがとう”言ってるオレもおかしいし。
研究所みたいな、大掛かりな施設ではなく、個人宅で研究し集会や発表会を開く集まりを、研究会と言うらしい。
あの、臭かった人が所属する研究会の出資者らしいです。
主に、伝承や言い伝えなどを研究しているのですが、基本的に在宅で文献を読み漁る人達の集まりだそうで、キット氏みたいに行方不明になった人は初めてだそうで、流石に友人として心配になり、探しに来ていたんだそうです。
ついでに、エーテル家は伯爵家で、ヒルツさんは22歳。
婚約者がいない次男で、オレと同じ年の15の弟さんは冒険者で、女学校に通う妹さんがいるそうで、“報酬とは別にどちらか紹介しましょうか”と言われました。
と言うか、文献を調べたりすると、珍しい加護の話に行き当たる事は普通にあって、密偵と金があれば、現代の情報くらいならいくらでも集まると語る。
貴族お抱えの研究会って本当に必要なんだろか?
そして、話は止まらない。
元々、人と話すのあまり得意じゃないから、苦手意識が増していく。
受付嬢は仕事に戻ってるし、口が上手じゃないと世渡りができない貴族って大変そう。
その、話題の多さには目が回りそうです。
話聞いても、解んない事だらけだし、狩りをしない日中は寝てたり、起きてても何かする訳じゃないから、オレのミソの許容量を超えている。
これ、話が好きじゃないと、話してる時間が拷問なみの苦痛ですからね。
男でも女でも、一言二言で、簡単に済ますくらいの間柄が一番いいです。
え、幼なじみはどうだったか?
遊びまわってる時には話しとかってあんまないよ?
女の子は、長話好きだったみたいだけど、基本的に遊びまわってた時間は男だったし…。
盛り上がる、話題があんまなかったんじゃないかな?
魚釣りでデカいの上げたとかそんなんだけだからね。
遊びも、魚釣りと筒状の罠を仕掛けた魚取り。
あとは、山へ山菜探しとか…。
他にはあんまなかった。街中では他の遊びがあったらしいが、至って普通に育ちましたからね。
農村出身の冒険者が、引退して村に戻ったりはしますが、街の生まれが農村の田舎に引っ越すとかあり得ません。
鬼ごっこみたいに、街から来たの遊びはあるんですが、おなかすきますから、食べれる遊びになって、街中だと食べ物探しは出来ないから、他の遊びになる訳だ。
こじつけの理由ですが、鬼ごっこや隠れん坊は、子供が人攫いや盗賊から逃げる為とか…。
隠れん坊の最中に、人攫いにあったなんて話もありますから、役に立つかどうかは不明です。
貴族様は、遊ぶ間もなく文官目指して勉強していたらしいですが、“落ちこぼれた”なんて皮肉ってます。
知識とか教養は十分ですが、普通では文官になれないそうです。
で、家の仕事を手伝い、研究会の費用を家に出してもらい運営。論文や新たに発見した事を国の文化庁へ上げて報奨金をもらう。
名誉は、伯爵家にお金は会の維持費に回し維持してるのだそうです。
キット氏は、そのメンバーで研究会の支援者の財産らしい。
そりゃ、迎えにくるよね。
何やってんだろあの人。
てか、オレ根掘り葉掘り聞かれてみんな答えちゃってんだけど…。
「一つお願いがあるのです」
「はい、なんですか」
「ウチで狩人として雇われてはくれませんか?」
「…ふぉ?」
「数十年前ですが、育ちやすいウサギを輸入したのですが…」
「養殖場から逃げ出し、野生化してしまい困っておりまして…」
山や野原は勿論、畑の畦道など至る所に巣を作ってしまってると言う。
しかも、土を盛り上げレンガを敷き詰めた街道など、主要道の下にまで入り込んでいるらしく、雨上がりにはいたる場所で陥没が起こってしまうらしい。
農作物への被害は少ないが、経済の要である街道の補修費用は、領主である伯爵家の責任で、放置は出来ない。
補修予算と研究会の予算は同じ資金から出されており、このままでは補修費用に逼迫され、研究会費用が逼迫されるのは明らか。
そうなれば、研究会の存続も危うくなり、年単位で被害が続けば、伯爵家の領主の手腕を問われ、領主交代をされかねないという深刻な事態らしい。
元々キット氏はエルフ関係の文献を、解読・研究していた。
古い時代の狩人の文献も多数所持していたので、彼に有効な策がないか依頼した所、自信満々で引き受けてくれたのだが、翌日に置き手紙を残し失踪したのだと言う。
その置き手紙の内容とは、“ちょっとエルフ探して頼んでくる”だったそうな。
彼に限らず、仲間内はほぼ無一文に近い状況。
研究会連中総出で探したが半ば生存も諦めていた状況らしい。
「あまりに自信に溢れていたので、エルフを連れてきて、ウサギを全部狩って貰おうと考えるとは夢にも思いませんでしたので…」
エルフ関係で、一番有力な泉と湖があるというこの街まで、無一文の上徒歩で目指す。
手近で役に立ちそうな手段を飛び越して伝説に飛びつくとか…。
―夢追い人ってスゲェや。
「伯爵家も何もしてない訳じゃありません。近隣の有力な狩人を冒険者ギルドにピックアップして貰った際、有望な新人の中にエルドさんの名前もありましたから、こうして交渉させて貰おうと思いまして…」
「…ウサギ夜行性ですから、問題ないと言えば問題ないんですけどね」
満月の日は、ウルサいくらい元気に跳ね回るし、時間帯の相性はバッチリなんだよね。
ただ、問題は駆逐するのか間引きでいいのか…。
「ギルドの移動許可が取れた上でだけど…ですけど、駆逐は難しいので一定量の間引きで言いなら引き受けても大丈夫か、な?」
「引き受けて頂けますか?」
「そうですね。数年単位で増えてますし、ウサギは年中発情期です。殲滅を契約から除外してもらえて、捕獲数は少なめにして、捕れなかった場合の狩猟期間を限定してもらえるなら」
依頼中の住居とか、行き帰りの移動手段なんかも確保してくれるなら“ギルドを経由した依頼”として引き受けたい。
細かい部分は依頼受けた事ないから、本職のギルドに交渉を任せないとひどい目に会うかもしれない。
飾り付きの契約書とかの“飾り”が、古代文字や軍の暗号文で、隷属されたなんてあるらしいです。
ギルド経由なら、契約書よりギルドのが優先順位が高いので、騙される事はないそうです。
かわりに、冒険者側に非がある場合の罰則は厳しいらしいですよ。
護衛などの依頼を受ける戦闘員や、狩猟規制がある一部地域を覗けば、狩人に違反はないので、具体的には知らなくていいそうだ。
強姦では、“ナニを切り落として鉱山に送る”のが普通らしいですから、それなりに厳しい罰則なんでしょう。
未遂も鉱山に送って欲しかったと切に願う。
「…いくら多いと言っても、この辺りで多く1日ニサン匹、五匹は捕れた事ないですからあまり期待されてもこまりますよ」
「では、期間で交渉させてもらいます。地元では、ウサギが穫れすぎて価値がないので、捕りすぎてくれた方が助かります」
「そうなんですか」
「素材は全部自由にしてください。ただ毛皮しか売買がないので、肉の処分は此方でやります」
ウサギ肉は売買されてない位に価値が低いそうだ。
裏庭でも年中生肉が手に入るので、皮だけ剥いで肉部分は、全部埋めてしまっている人もいるらしい。
産業化しようかと燻製や加工されたが、工場での製品化より捕獲数が多過ぎて腐らせるばかりらしい。
ウサギ肉悪かないし、自分で燻製にして、帰って来たらここのギルドで売り飛ばす。
そんなこんなで、伯爵領地に向かう事決定。
ただ、危険な肉食動物も、わざわざ人を教わなくて安全だって話だけど、加工肉増やして領地外に売りに出せばいいのにね?
なんて、話を交渉中の受付嬢に話したら、商品としての加工肉の持ち出しは規制されてるとの事。
だけど、狩人の持ち込み素材はギルドで買い取りしてくれるってさ。
しかも、8リューベの魔法袋二つも貸し出してくれた。
一個は自由にしてよくて、片方がパンパンになってたら特別手当て出してくれる。
そうして、ウハウハ思いながら、伯爵領に向かったオレは、事態を軽く見ていた事を後悔する。
―そのウサギ被害ってかなり有名なんだってさ。
そこには一体なにが!?