表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/42

第三章・俺の女神ちゃん -2

 …………。

 なーんてねっ!

 いじけてたのは、三ヵ月前までの俺。

 今、俺はついに見つけたんですよっ!

 俺の女神。俺の姫。俺の太陽。俺の希望。俺の、えーと、俺の……いろいろ。

 語彙が少なくてすいませんね。

 今日はサボるつもりだったのに、このだるい第二外国語の講義には出ようと思ったのにはわけがある。

 同じ講義を俺の女神も取っているのだ。ジュテーム。モナム~~~ル。


 俺は去年この単位を落としましてね。今年は一学年下の人たちと一緒に取り直しなんですよ。その単位取り直し決定を知った時はがっくりだったけど、でもでもでも、そのおかげでひとつ下の学年の俺の姫と出会えたってわけだ。

 このために俺は去年勉強をしなかったんですよ。そうですよ。そうに決定。

 やっとこさたどり着いた三階の語学教室の入り口に立って、中を見まわす。

 いた! いたいたいたいた! いましたよっ!

 定員四十人の小教室内で輝く白い光。俺の太陽ちゃん。

 稲田美豊ちゃんだ。

 そう、今まで自分の母親しかいないと思っていた真っ白特異体質のもう一人を、俺は人生二十年目にしてついに見つけたんですよっ。

 ミトちゃんといればもう怖くない。オカアサンと一緒じゃなくても怖くない。真っ黒バケモノも襲ってこない。俺の低レベルの結界ともさようなら。

 しかも、ミトちゃんにバケモノはくっつけないわけだから、俺と恋愛したって、バケモノが原因でややこしいことになることはないはず。親父があのおふくろをモノにしたように、俺とミトちゃんもきっときっと運命のふたりなんだよ。絶対そうだよ。そうだよねっ!

「ミトちゃ~~~ん」

 教室の机の間を駆け抜ける。ミトちゃんは教室の一番後ろの窓側の席。定番の席だ。その席を中心にした半径三メートルくらいが、俺にしか見えない白い光で満たされている。

「あら、高木さん~。こんにちは~」

 光の輪の中心でミトちゃんが、俺に向かって微笑んで手を振った。

 後光が射すとはこのことを言うんじゃなかろうか。お釈迦様も真っ白体質だったに違いない。

「ミトちゃん~、会いたかったよ~~」

 腕を広げて、ミトちゃんに向かってダイーブ!

 ……が!

「へぶしっ!」

 あと三センチでミトちゃんに手が届こうかって地点で、俺は真横からの強引な力の作用によって吹っ飛ばされた。勢い余って隣の列の椅子に頭から突っ込む。

 どがじゃがどげっ!!

「なにすんだっ おま…」

「ミトに、さわんなっ」

 俺の声と重なったのは、かわいいミトちゃんとは正反対の、凄みのきいた低い声だ。

「何回言うたらわかるんや。この男、あったま悪いんちゃうか?」

 関西弁て、なんかむかつく。悪口に最適。

「ツキちゃん~、暴力はいけないわよ~」

 そうだそうだ。ミトちゃんの言うとおりだ。

「この男にはな、身体に言わな、わからへんのや」

 椅子の上に倒れ込んだ俺を思いっきり見おろす位置で、腰に手を当てたポーズをとって立ちはだかっているのは、浅黒い肌をした小柄な女だ。大きな杏型の釣りあがった目がちょい印象的。

 名前は、海原月美。

 ミトちゃんの同級生だ。高校から一緒らしい。ミトちゃんあるところにツキミあり、ってくらいにふたりはいつも一緒にいる。

 そして、俺がミトちゃんに近付くのをことごとく邪魔しやがる。

 俺がミトちゃんにダイブ! …で、ツキミが俺を吹っ飛ばす……。この三ヵ月間、会うたびに毎回毎回飽きずに繰り返されるパターンだ。もはやお約束。だんだん吹っ飛ばす力が強くなってきてるように感じるのは気のせいか。いや、気のせいじゃない。


「おまえ、なー。毎回毎回、邪魔すんじゃねえよっ」

 椅子の背にぶつけた鼻がツーンと痛い。えーと、鼻血出てねえだろうな。鼻血出てたらカッコ悪いからね。

 俺は鼻血が出てないことを確かめてから立ちあがり、ツキミに詰め寄った。いっくらこいつの態度がでかくても、身長では俺の勝ちだ。ほら、俺の顎までも届かねーじゃねーか。チービチービ。ざまーみろ。

「がぐげっ!!」

 思いっきり顎に頭突きを食らわされて、俺はまたまた椅子に倒れ込んだ。

 ったくよー。この暴力女。

「ミトはうちの大事なダチなんや。あんたみたいな、チャラチャラした男に渡すわけにはいかん」

 チャラチャラってなんだよっ。チャラチャラって! 俺のどこが、チャラチャラなんですかっ!?

 そりゃあちょっと、見た目いい男かもしれませんがね。ふっ。地方出身の田舎娘には、それがまぶしく見えるのかもしれないけどさ。やーね田舎者ってさー。東京モンだったら、みんなチャラ男とか思ってんじゃねーの? だっせ──。きっとあれだ。田舎のオトウサンなんかに「東京モンには気ぃ付けろ。騙されんじゃねえだべよー」とかなんとか吹き込まれて上京してきたってクチだ。おめーみてーなションベン臭い田舎娘なんて、こっちから願い下げだね。おならプーだ。

「頭ん中がダダ漏れだわ、あんた。そういうとこが、チャラチャラしてるっていうねんで。こっちこそ、おならプーのビチグソゲリーや」

 まあ、お下品。


「まあまあふたりとも~。喧嘩しないでこっちで一緒に座りましょうよ~」

 ほら、ミトちゃんの優しーい上品な言葉遣いを、友達だってんなら少しは見習えよっ!

 俺とツキミはうぎーっとにらみ合いながらも、ミトちゃんになだめられておとなしく席に着いた。ミトちゃんを真ん中に挟んであっちとこっちだ。つーん。

 この、ミトちゃんになだめられて喧嘩がおさまるのも、いつものお約束。

 ミトちゃん、ごめんね。

 ミトちゃんの白い横顔をうっとり眺める。

 ああ落ち着く。ああ安心。ミトちゃんの発する白い光の中で、俺は幸せー。

 そのやーらかそーなほっぺに、ちょーっと触らしてもらえたらなー。

 ぷにっとなー……。

「さ、わ、る、な」

 向こう側から、黒い顔がにらんでる。

 あー、はいはい。わかりましたよ。おまえはミトちゃんのお目付役ってわけね。

 しっかし、なんでそんなに……。いくら高校からの親友だからって、やりすぎなんじゃねーの?

 もしかして百合の人? ええー? でも片思いだろ。そうだよね、ねーミトちゃん?

「お、高木。まーた三人一緒か。両手に花でイーネ!」

「あいかわらず仲いいねー」

 教室に入ってきた顔見知りが、声をかけてくる。

 次々とイーネイーネ言ってくるけどな、おまえら陰でなに言ってるか俺は知ってっぞ。

「高木も物好き」「黒と白のどっちが目当てなんだか」「俺だったら黒の方だけど」「高木は白の方らしい」「へぇ~~」

 黒と白ってのは、ツキミとミトちゃんのことだ。もっとあからさまに「チビデブコンビ」って言ってるやつもいる。

 そう、チビはツキミ。デブはミトちゃんだ。

 ツキミは一見「南の島の人デスカー?」ってくらい色黒の肌をしていて、目がでかい。俺なんか、初めてぶっ飛ばされたときには、「日本語通じるか? こいつ」って思ったくらいだ。

 背は百五十センチあるかないか。手足も細くてやせているから、本当の子供みたいな体型だ。目の大きい顔はまあまあ整っていて、かわいい方なんじゃないかね? 俺は好みじゃないけどさ。あ、聞いてませんかそうですか。

 入学当初はその南方系のかわいい顔に、そこそこファンもいたらしいけど、あの関西弁で繰り出される毒舌と、ところかまわぬ電光石火の拳と蹴りで、「なに、あの女」という世間の評価が固まるのに、一ヵ月とかからなかった。

 考えてみれば、ツキミの毒舌と暴力は、対俺限定じゃないんだよな。ミトちゃんと、そしてツキミ自身にちょっかいを出してくる男にも女にも、誰であろうと容赦しない。学部の事務所のおっさんをぶっ飛ばした話は有名だ。なんでぶっ飛ばしたかは聞きたくないから聞かなかった。聞かなくてもだいたいわかるし。

 そんなわけで次第に誰もツキミとミトちゃんには構わなくなり、唯一ミトちゃん大好きの俺が、いまだにぶっ飛ばされ続けてるってわけだ。


 ミトちゃんはツキミとは正反対に色白で、どこもかしこもプックプクだ。身長は百六十センチくらいだけど、体重はたぶん俺より重い。

 ほんのり桜色のほっぺは、まあるくふくらんでいて、笑うと目が糸のように細くなる。腕には赤ちゃんのようなくびれ皺が入り、手の甲にはえくぼが並んでいる。

 ああ、かわいい。

 ツキミがそばに四六時中貼りついていなければ、ミトちゃんはみんなに好かれる存在なんじゃないかと思うんだ。恋愛対象じゃないかもしれないけど。

 だって、性格がいいんだもん。

 誰もがなごむ、そのおっとりゆったりした口調で、決して人のことを悪く言わないし、いつも物事をいい方にいい方に考えようとする。究極の楽観主義者だ。

 ツキミのことを「ったくムカツク、あのツキミダンゴ」とか聞こえよがしに悪く言うのが聞こえても、「まあ、ツキちゃんたら、もうみんなに顔と名前を覚えてもらったのね~。よかったわね~」だし、自分自身が「デブ」と言われても、「そーなのよ~。わたしったら、なに食べてもお肉になっちゃうの~~」と、ニコニコしてる。

 ああ、かわいい。俺は顔も超絶かわいいと思ってるけど、性格がかわいいんだよ。ほんとーに。

 みんなきっと心の底ではミトちゃんのことを「結構イイやつ?」とか思ってるに違いないんだ。ツキミのことが怖くて、近寄れないだけなんだ、きっとそうだ。

 俺にはしかし、毎度毎度のツキミのぶっ飛ばしをくらっても補って余りある、ミトちゃんの白い光が見えてるからね。小学生並みのチビの暴力なんか怖くありませんよーってんだ。


 ミトちゃんの発する光の中で、すっかり安心しきった一時間を過ごし、フランス語なんかちーとも頭に入らないまま、三限目は終了。ジュヌセパフランセー。

 四限目の俺の講義は日本文学概論。一年生は大講堂で生物だって。あーあれはいいね。出席さえ足りてれば、単位くれるからね。

 でもこれで、ミトちゃんとは離ればなれ。ああ離れがたい。俺も大講堂、行っちゃおうかしら……。

「あの、高木さん。四限目終わった後って、なにかご予定ありますかしら?」

 え?

 ミトちゃんが俺のご予定を聞いてくるなんて初めてですよ。

 どういう風の吹きまわし?

 じゃなくてー。

 この三ヵ月の俺の努力が実ったってことですねっ! やっとやっと俺の良さをわかってくれたと、そういうことですねっ!

「ないないないですっ! なんのご予定もないですったらない! 楽しい家庭を作りましょう! ミトちゃん」

 ミトちゃんのプクプクの手を両手で握る。すかさずツキミのデコピンが飛んできたけど、そんなのにひるむ俺ではなーい!

「うふふ。高木さんておもしろいわ~。もしよろしかったら今日のお昼、ご一緒できないかしら~。ちょっとお話がありますの~」

 うおおおおおお! ご一緒できます! なんのお話ですかっ!?

 もしかして俺達の将来のこと……?

「アホか」

「では、四限目が終わりましたら学食でよろしいかしら~」

「よろしいです~」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ