終章 -1
「俺ら、龍神様ごと浄化しちゃったのか?」
もう、ぐったり。動けない。尻餅をついて、龍神がいたあたりを見つめたままつぶやく。
「えー、でも神様を浄化するなんて、聞いたことないよ」
隣でサギリも、尻餅をついたまま言う。
「じゃあ、どこ行っちゃったんだよ」
顔をあげる力も出ない。ジーンズもドロドロだ。これ、洗わないで乾かして泥だけこすり落としたら、いい味が出るかな。でもそれじゃ、おふくろが黙っちゃいないだろうな。……帰れたら、だけど。結局、親父のことも、まだなんもわかってないしなー。
このあと、どうなるんかなー。
「ほっほ……。龍神はとりあえず、わしが封印しといてやったぞ」
妙にのん気な声が聞こえて、思わず顔をあげると、そこには……。
チビハゲのおっさんがっっ!
給食袋みてえな布袋を手に提げて、ほけほけと、広場の中央に立っていた。
俺がぽかんとしたのと同時に、ジヌミもぽかんとして力が抜けたらしい。
押さえつけていたムラオサが、ジヌミの腕から抜け出て逃げた。
「あ、こらてめえ! 逃げんじゃねえっ!」
追いかけようとしたジヌミは、すぐそばにいたチビハゲの年寄りが持つ杖で、足を引っかけられてすっころんだ。
「なにすんだよっ! てめえっ」
「あやつは逃がしてやれ。ひとりではなにもできぬよ」
ムラオサは、川沿いの道を転びながらくだっていく。まあ、そだね。なんもできないだろね。千丁の剣もないし。龍神様のご加護も、もうないみたいだし。
「って、それよか、おまえだよっ!」
俺とジヌミが同時に立ちあがって、チビハゲに指を突きつけ、同時に叫ぶ。
「親父─────!!」
…………………。
たっぷり三分くらいは、ためがあったと思う。
俺もジヌミも次になんて言えばいいのかわからなかったんだ。感動の再会なんだからね。俺なんか八年ぶり、ジヌミだって五年ぶりだ。
喜んだらいいのか、文句を言ったらいいのか、抱きついたらいいのか、はり倒したらいいのか……。ぐるんぐるん、いろんなことを考えちゃってたんだっっ!
それなのに……。ああ、それなのに。
「……親父ってなんじゃ? わしはおまえらのような息子を持った覚えはないぞ」
と、きたもんだ!
え──────!?
この期に及んで、すっとぼけかよー。あ、そうか長らく行方不明なんちゃって、好き勝手なことしてたから恥ずかしいんだね。恥ずかしがらなくってもいいよ。俺だってもう二十歳なんだから、大人の事情くらいわかってるよ。このジヌミが腹違いの弟くんてことだって、もうほらすっかり受け入れちゃってんだよ。えらいでしょ。でしょでしょ。でもね。恥ずかしがってないで、説明はしてほしいんだよね。俺ら巻き込んでさー。もうもう今なんて危機一髪だったでしょうが。一歩間違えば死んでたんだよっ。それもこれも、おまえが行方不明だったってのが原因なんだよ。きっちりはっきり説明だけはしていただきたいもんですねっっ!
「だよな」
ジヌミが、俺の心の叫びに相づちを打つ。ほら、弟くんとも以心伝心。
「え?」
「今のって、考えてたこと? 口に出てたよ全部」
あ、そうですか。
「説明もなんも、わしはおまえらのことなんぞ知らんから、説明のしようもないわい」
「俺の母ちゃんのことも、知らないっての?」
ほら、十四歳の多感な少年の心は傷ついてるよ。
「知らんな」
ずっぱり。
「じゃあ、おまえは誰なんだよ。親父そのまんまの姿しやがって、全然別人だってのかよっ! 八年ぶりったって、俺の目はごまかせないんだよっ。きっちりはっきり覚えてんだかんな。親父じゃないってんなら、名を名乗れよっ!」
どうだ。言えねえだろう。なんて言う? スサノオってのはもう使えねえよ。だって俺がスサノオだもん。
「わしか?」
そうだよ。おまえだよっ。ほれ、言ってみろ。言ってみろよってんだ。
「わしは、アマノマヒトツノカミじゃ」
がく。
「カミって、おまえ、人間じゃねーか──っ!」
俺にだって、神様と人間の見分けくらいつく。目の前にいるのは紛れもなく人間。人間のおっさん。
「人間じゃって、神にもなれるんじゃよ。なー嬢ちゃん」
サギリに話を振るなよっ。こいつはこの際、関係ないんだよっ!
「嬢ちゃんは、もともとオロチの民に願い事があって来たんじゃなかったのかの?」
話、逸らすし。
「あ、そうそう。そうだった。この鉈を旅用の剣に作りかえてもらおうと思って。ああ、どうしたらいいのかな~」
サギリも、その親父の話に乗るなよー。
「まあ、まずはアシナヅチたちを岩屋から出してやらんとな」
俺とジヌミのことを無視して、親父(たぶん……だんだん自信がなくなってきた俺)はサギリの肩を抱いて、アシナヅチの屋敷に向かって歩き出した。
「おい、待てよ!」
「……もう、いい」
「え?」
「もう、いいや、俺」
ジヌミくん~。いくら深ーく傷ついちゃったからって、殻に閉じこもるのはいけないよ。
「よくねえだろっ。親父さがすために旅に出てきたんだろうが、おまえ」
「うーん、俺はどっちかっていうと、どうでもよかったってゆーか。でも、母ちゃんがさ、お父さまはきっと帰ってくるわーとか言っちゃって、ずっと待ってるからさ」
あら、こっちの現地妻も同じキャラですか。
「じゃあまあ、サギリの護衛もかねて、ちょうどいいかなーって、出てきちゃっただけなんだよ。ちょっとよその土地もいろいろ見てまわりたかったし」
「そっか……。でも、じゃあその母ちゃんのためにも、いいのかよ?」
「うん、なんかもういいよ。あんなに言い張るってのは、またなんか企んでることがあるんだろ、きっと。今回のこのことみたいにさ。それに、俺は親父と一緒にいたのって短い間だもん。赤ん坊のころは覚えてないし、あとは八年前からの二年間だけだから、なんか親父ってより、親戚のおじさん、くらいな感じでさ」
「あ、わかる。俺もそんな感じー」
「だよなー」
「だよなー」
がっくり肩を落として歩く、兄弟ふたり。
朝日が昇って、雨に濡れた地面を乾かしてゆく。俺らの身体も、少しずつ乾いてゆく。シャツの肩のあたりが、じわっと温かくなってきた。
まだびしょびしょの前髪の先からは、ぽたぽたとしずくが垂れている。それが目にかかって、泣いてるみたいだ。カッコ悪い。ふるっと首を振ると、細かい水滴が散って、朝日に光った。
きれいだった。




