第十一章・最終決戦 -2
ずずず……という地鳴りがしたかと思うと、いきなりど──んっという衝撃がきて、家がミシミシギシギシ鳴り始めた。地震かっ! と思ったけど違った。山の方向からものすごい突風が吹きおろしてきたのらしかった。
ご──っっという音とともに、絶えきれなくなった屋根が、ばきーんっと半分がた吹き飛んだ。ぽっかり開いた天井から、夜明けの空をでかい龍が一匹飛んで来るのが見えた。
ぐお────。
うひ───!
やっぱボスキャラ出てきちゃったよ。
あわてて、いいものの若者を縄から解いてやる。
ムラオサはと見ると、なななんと、すでに自分で縄を解いて立ちあがっていた。縄抜けの術ですかっ。
「愚か者らめ。俺には龍神様がついておるのだ。龍神様にかかれば、こんなサトなどひと息で吹っ飛ぶぞ。おとなしく娘と山を差し出していれば、長生きもできたかもしれぬのに、もうおしまいだな。がたがた言うやつらはすべて片づけて、あとは好きに山を掘って剣を作らせてもらう」
言うだけ言うと、一人で部屋を走り出ていった。あんた、このまだ転がってんの、味方じゃないんですかっっ!?
しょうがないから、そいつの縄も解いてやる。そいつは自由になった途端「ムラオサああ」と、後を追って飛び出していった。いや、あのムラオサ様、キミのこと眼中にないみたいだったよ。ついていって、大丈夫かね。
空では、ごうごうと風が鳴っている。龍神様ってのは、風をあやつるもんなんですか? また突風が吹いてきて、今度はゆうべじいさんたちが作ってくれた急ごしらえの八つの門が、次々と、べきばきばりーんと吹っ飛んだ。これは家の中は危険かも。
「アシナヅチ、どっか近くに風を避けられるところは?」
風の音に負けないように大声を張りあげたけど、倒れかかってくる壁を支えるのに必死のアシナヅチは聞いちゃいない。おーい。そんな壁ほっとけよー。それ一枚支えたって、ダメだよ。
「岩屋だっ! 屋敷の裏の、浄めの岩屋に隠れろっ!!」
十二単を脱ぎ捨てて、ちょびっと勇ましい感じになったジヌミが、壁の破れ目から顔を突っ込んで叫んだ。
「わかった! アシナヅチ、あと、そこのオロチの人も、裏の岩屋に隠れてて。今テナヅチとじいさんたち連れていくからっ。先行っててくださいっ!」
外に飛び出していったコシのムラオサのことが気になるけど、まずは避難だ。この家の中にいたら、家と一緒にぺしゃんこだ。
アシナヅチと若者を家の外に押し出して「早く行けー」と叫び、俺とジヌミは、風でミシミシ言ってる屋敷の廊下を走った。
「すまない。さっきあのムラオサが出ていくのを見たんだけど、風にあおられてて身動きが取れなかったんだ。くそ」
走りながらジヌミが言う。あの状態でやつをどうにかしろったって無理でしょ。
テナヅチとサギリがいる部屋は、山とは反対側に面しているから、まだ屋根も壁も吹き飛んではいなかった。俺たちが駆けつけると同時に、別の入り口から、ヨロヨロと五人のじいちゃんたちが入ってきた。
「なんなのなんなのなんなの───。地震? 台風? 家が──ギシギシいってる───つぶれる────みんなつぶされる───」
「落ち着けサギリ、龍神様があばれてんだよ。おまえの出番だ。あのムラオサぶった切ってやりてーけど、そんなんしてもしょうがねーんだろ? スサノオ。あの龍神が相手じゃあ、俺の剣は届かねえもんな。カムナギ様にまかせるよ。俺はこのお年寄りたちを岩屋に届けてくる!」
なんか、男らしいですよ、ジヌミくん。そんなお花畑の顔して。
「あのムラオサなら、広場の方に走ってったぜ」
お年寄りを誘導しながら、首だけこっちを向いてジヌミが叫ぶ。わかったー。まかせとけー。
……サギリにな……。
庭から外に出ると、びゅーっと風が吹き荒れていて、足をすくわれそうになった。サギリとふたり、お互いにしがみついて支え合いながら、広場へ急ぐ。
風で土ぼこりが舞って、目が、目が──。
広場の中央では、例の縄抜け名人が仁王立ちになって手を組み合わせ、なにやら一心に唱えていた。バリトンが風の中でもよく聞こえる。龍神への祈りの言葉なんだろうな。外国語のようだ。中国語か韓国語みたいに聞こえる。オロチの民のもともとの故郷の言葉なのかもしれない。たぶんそう。
さっきムラオサを追いかけていったやつは、広場の片隅で倒れていた。風で飛んできた板に激突されたらしい。ちょうど腹のあたりに分厚い板を抱えて倒れている。あーあ、だから言わんこっちゃない。
上空では、でかい龍が飛びまわっている。
はー、龍だよ。ホントに。なんかの美術展で見たなあ。屏風とかに描いてあった、あの龍そのまんま。でも、あの絵の龍は優しそうだったけど、こいつはなんか怖い。ってか悪そう。まあ当然か、俺らの敵として召還されちゃったんだもんね。
あ、そうか。龍に悪気はないのか。あやつってるやつが悪いんだよ。でもあいつ倒してもダメだって言ってたよな。ああもう、こんなときにこまかいこと考えてられっかっ!
びゅ──。
風が強くて、頭をあげていられない。
「ど? サギリ、行けそう?」
サギリの浄化の光は、あんな遠くまで届くんだろうか。
「うーん、やってみないとわかんない。その前に、結界張っとくね。あたしからなるべく離れないで。あ、でもスサノオも結界張れるじゃん。自分でやってよ」
えー、サギリさんの結界のが強力じゃんよ。
「いいからっ。んじゃ、一緒にやろっ」
サギリに言われて、しぶしぶ一緒に両手を構える。一緒にやったら、俺の結界の弱さが目立っちゃうじゃん。
「やえがきっ!」
「やえがきっ!」
ぱあーん!
ん? 今声が重なったとき、なんだろう、この感じ……? もっとやってみたい、そんな感じ? カラオケでうまくハモッて気持ちいい、そんなののもっといい感じ。うーん、うまく言えない。なんだろう?
結界ができて、身のまわりに吹く風がちょっと弱まったようだ。
サギリが両手を構えて、口の中で低くトナエゴトをつぶやく、低い声だし、風の音もすごくてなんて言っているかは聞こえない。だんだんとサギリの首筋が緊張していくのが見ていてわかった。こっちもチリチリしてくる。ああ、これか? ワカサヒコが言ってたのは。ここで、俺も一緒に光を発射したらいいってこと? でもなー。なんか違う気がする。
「はっ!」
俺がぐだぐだ考えてるうちに、サギリは気合のこもった声とともに光を放った。裂帛の気合っての? こういうの。
サギリの手から放れた光はまっすぐ、空の龍神に向かっていく。狙いどおり、光はパア──ンと龍神の腹に当たって、動きを止めたように見えた。
……けど、光が消えたあと、龍神はなにごともなかったように、また飛びまわり始めた。
……ダメージ五ってとこ? ちなみにボスキャラのヒットポイントは二千ポイントくらい? 俺らのヒットポイントは、いったいどのくらいなんだろう? あ、あと、マジックポイントの残りも教えてください……。
「おまえたち、まだ吹き飛ばされてなかったのか。そうか、吹き飛ばされるよりも、龍神様の生け贄になりたいというのか。俺には、タカミムスビのお方がついていてくださるのだ。おまえらのような、雑魚にやられるはずはないのだ」
こわい、こわいよ、コシのムラオサどん。目が据わっちゃってるよ。大丈夫ですかー。
タカミムスビって、誰? なんか、そんな名前の神様いたよな。ムラオサの「あのお方」ってのは、神様なんですかっ!?
えー? 神様が、剣買ってくれんの? そりゃ、ないんじゃ……
あ、違った。タカミムスビが神様なのは、俺の世界の話か。んじゃ、こっちの世界では人間? まあ、スサノオも人間なわけだしな。
ややこしいな、もう。
ムラオサが、またなにか唱え始める。途端に、風が強くなった。一緒にどざーっと、雨も降ってくる。雨なんてもんじゃない、バケツの底が抜けたようって、もうこれしか形容が思い浮かばない。いや、バケツなんてもんじゃなくて、プールの底? いやいやもう琵琶湖?
あいかわらず語彙が少なくてすいませんね。
もうもう、水の中にいるみたいなもんで、前も見えない。うえーん。なんだよこれー。
水のカーテンの向こうに、龍神の黒い陰が見える。身をくねらせながら、こっちに近づいてくるようだ。うわ待て。ちょっと待て。
「はっ!」
隣でサギリが浄化の光を放つ声がする。光はまたまっすぐ龍神に当たった。こいつは避けるってことをしないんですか? 別に当たってもへーきだもーんてこと? むかつくー。やな感じー。
さっきと同じように一瞬動きの止まった龍神は、光が当たったことによって、発射元のサギリに狙いを定めたらしい。スピードをあげて、サギリめがけて空を駆けおりてくる。
サギリは、さらに浄化の光を放とうとしてるけど、間に合わねえだろっ。それ!
くそ──!
「やえがき!!」
サギリと龍神の間に割り込んで、結界を張る。龍神が迫ってきてるんであわてて、かしわ手じゃなく、両手をあげて、龍神に向かってかざすような格好になった。
まちがってんじゃんっ!
あらためてかしわ手を打とうとすると、サギリに「待ってっ!」と止められた。
「見て、あれ」
俺の肩越しにサギリが空の龍神を指さしている。あぶねえよ、早くなんとかしねえと喰われる……。
??




