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第十一章・最終決戦 -1

 最後の部屋に入ると、コシのムラオサってのが縛られて転がされたまま、黙って俺をにらんでいた。

 もう他のムラの人たちは帰っちゃったから、わめかれても問題ないか。猿ぐつわをはずしてやる。

「おまえのやったことは全部見ていたぞ。俺には龍神様の目があるからな。よくも、我らオロチの民をおとしめてくれたな」

 地の底から湧いてくるような声ってのは、これのこと? よく響くバリトンだ。オペラ歌手とかいかがっすか。

「やっぱお見通しだったのかー。あんたに今までの手は、通用しないんじゃないかとは思ってたんだ」

「ふん、我らを分断して個別に交渉するとは考えたな。酒を飲まされたのも誤算だった」

 はあ、ほめてくれてありがと。このアイデアを考えたのは、俺じゃなくてスサノオノミコト様なんだけどね。別の世界の。酒飲ますってのもね。

 ……そう、酒だよ。問題は。


「あのさ、あんたたち、酒、飲んだことないんだろ? 酒、うまくなかったか? もっと飲みたいと思わねえ? 酒だけじゃなくて、うまい飯とかもさ。山ん中じゃ木の実とか山菜ばっかじゃん? 米の飯はうまいよ。麦だって、木の実ばっか食ってること考えたら、すげーうまいと思うよ」


 ああ、わかった。サギリの質問攻めは、ひとつひとつの答を求めてるんじゃないんだな。質問の形式でこっちの言いたいことを言ってるだけなんだ。質問にすれば、相手は一応聞く体勢になるからな。

 コシのムラオサも、とりあえずおとなしく俺の言葉を聞いてくれてるようだった。


「酒や食い物のことだけじゃなくてさ。住む場所も、小さい子供や年寄りなんかはサトにおりて暮らせたら楽なんじゃないの? ここは今は、あんたたちのおかげでこんなさびれちゃってるけど、以前はふもとからもしょっちゅう人が来たりして、にぎやかだったって言うじゃん。力に物言わせて、無理やり山を自分らのものにするよか、サトの人たちと仲良くしてさ、いろんなものをわけ合って暮らした方が楽しいんじゃねえの? せっかく作った金属製品もさ、ここで取り引きすれば、険しい山越えて行商に行かなくていいんだから、楽じゃん? このままだったら、あと何年もしないうちに山自体がだめになって、人なんか住めなくなるよ。そしたらどうすんの? また旅して別の山荒らしに行くの? それって、不毛じゃね? このアシナヅチは、ひとつの山はあんたたちに渡してもいいって言ってんだよ。鍛冶の仕事はそこでやるので充分だろ? そこで作った便利な道具、ここで売ってさ。おいしいものやきれいな着物買ってさ。仕事にあぶれる人がいるってんなら、その人たちは、このサトに来て畑耕したっていいじゃんよ。アシナヅチの方が、山をひとつ手放すっていう、ちょびっとのことを我慢するって言ってんだから、あんたたちも、なにかは知らないけど、ちょびっとのことを我慢して、少し歩み寄りってことをさ、考えたらどうなん? そしたら、ずっとここで、末永く暮らせるってんだよ? 悪い話じゃないと思うんだけどなー」

 そうそう、みんなそうやって妥協点をさがして生きてるんだよ。二千年後もきっとそうだよ。俺の世界でもな。……その妥協点がうまくさがせなくて、戦争になっちゃったりしてんだけどさ。でも、だいたいはみんななんとか仲良くやろうって、国連とかで話し合ったりしてんだろ? そうだよなきっと、よく知らないけど。そうであってほしいと思うよ、俺は。普通に生きようと思ったら、やっぱ平和主義でしょ。


「ふははは、愚か者」

 うわーん。愚か者って言われちゃったよ。せっかく長いことしゃべったのに。しかも山姥の奥様の「オロカモノ」と違って、こっちの「愚か者」は悪意ありあり。救いなしだ。

「我らはこんなところに末永くなど暮らさぬ。この山の材料を使って、作れるだけの武器を作れという仰せなんだからな」

 仰せ? 誰の?

「龍神様がそう言ったのかよ」

 なんか違うような気がする。

「愚か者。龍神様がそんなことを言うわけがあるまい。我らの守り神なのだからな。龍神様の方が我らの言うことを聞いてくれるのだ。そうではなく、我らオロチの民の鍛冶の技を買ってくれたお方がいるのだ。それこそが龍神様の加護の賜物ともいえるがな。我らの作る剣が千丁になったときには、その剣と引き換えに、あのお方のそば近くの豊かな土地をくださるという約束だ。こんなところ、剣を作れるだけ作ったらもう用はない。山を掘り尽くしたらもうおしまいさ」

 なんか、胡散臭~。キミ、騙されてませんかー、そのお方に。


 それに、そのこと他のオロチの人たちは知ってるんですか?

「他のムラオサたちは、誰もそんなこと言ってなかったよ。みんな、なんか疲れてるみたいでさ。うまい酒を一緒に飲もうって、アシナヅチと約束して、喜んで帰ったよ」

「ふん。他の者たちは知らぬことよ。愚か者ばかりだからな。あのお方の元へ行けるのは限られた者だけなのだ。あとのやつらは、草も生えぬこの山に留まるのも、どこかへ行くのも、勝手にすればよい」

 あらら、情報隠蔽、おいしいとこ独り占めですか。でもそんなキミも、誰だか知らないけど、どこかのお方に同じように支配されてんだよ。わかってんですか。わかってないんだろうなあ。自分は特別って思っちゃってんだ。困ったな、こりゃ。


 同じ部屋の中に転がっている他のふたりを見ると、ひとりはうんうんと小さくうなずいていて、もうひとりは目に涙をためてぶんぶん首を振っている。若者だ。俺より若いかもしれない。キミは限られてない人なわけね。

 でも、そっちの方が残りの人生、幸せに送れると思うよ、俺は。

 限られてない方のやつの、猿ぐつわをはずしてやる。

「ムラオサ! そんなお方のことなんてっ、俺はっ、ぜんっぜん聞いてませんっ!! ムラオサがっ、ムラオサがっ! 剣をたくさん作れば、高く売れて、そして暮らしが豊かになるからって、そう言ったから、だから俺は技を磨いて、いい剣を早くたくさん作れるようにって、がんばってたのにっ。このごろは山の食い物も少なくなってきて、苦しかったけど、でも今我慢してがんばれば、剣が売れて、みんなで楽な暮らしができるようになるんだって、そう思ってたのにっっ!!」

 血を吐くような叫びとは、このことですか。そーだよなー。ひどいよなー。

「だからおまえは愚か者だというのだ。そんなだから、選ばれぬのだということに気付け。こんなところで金がいくら入ってきたからといって、暮らしが豊かになんかなるわけがないだろうが。それにな。オロチの民も今や数が増え過ぎた。ここらで能力のあるものを振り分けるのも必要なのだよ。おまえのような愚か者をあのお方のそばへ連れていっても恥をかくだけだからな」

 地を這う低音で、ふははと笑う。感じ悪っ。

 この人、ホントに「愚か者」って言うのが好きなんだね。ひとを「バカ」って言う人が「バカ」なんですよって、子供のころにお母さんに教わりませんでしたかー。


「縄、ほどいてください。俺は山に帰って、このことをみんなに知らせます」

 いや、今さらこのことを他の人たちに知らせても……。

「それは、今知らせなくともいいでしょう」

 それまで黙っていたアシナヅチが、口を挟んだ。お? そんな落ち着いたしゃべり方すると、貫禄あるじゃん。さすがサトオサ。

「先ほどは、ちょっとこちらも交渉をやりやすくするための嘘も使わせていただきましたが、その結果、今までそちらに取られていた山は返していただける、とはっきりお聞きしました。しかし、決してオロチの民をおとしめたつもりはありません。むしろみなさんのためにもなることだと思って、いろいろ提案させていただいたつもりです。みなさん、山の鍛冶場はひとつにする、サトの者と仲良くしてくれる、ということを約束してくださいました。サトもオロチの民も一緒に、この山で豊かに暮らす工夫をしましょうという、こちらの提案にも、うなずいてくださいました。ですから、ここらのすべての山を掘り尽くして千丁の剣を作るなどということは、もうできないのではないですか? こちらのムラオサ様に賛同されているオロチの方はさほど大人数ではないようですし。他の方たちに知らせて無用の混乱を招くよりは、今できあがっている剣を持って、こちらのムラオサ様とそのお仲間に、黙ってこの山を出ていっていただくのが一番よいのではないでしょうか」

 おおっ! 見かけに寄らず気弱とか、言い訳が多いとか言ってごめんよ。アシナヅチ、立派! えらいっ! そのとーり!

 

 思わず拍手しそうになったとき、それはやってきた。


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