第九章・オロチの民 -3
「そのカムナギ様が、そのうちスサノオという者がここに来て、なにもかも解決してくれるだろう~、と神がかってお告げをされたのです」
くわ──────っ! どうせ、むりやり額に青筋立てて「うおおおっ。お告げがきましたぞー。お告げじゃー!」とかなんとか、大げさな身振りつきだったんだろうよっ。
あのチビハゲ親父、そういう思わせぶりは大得意だったもんな!
そう、もう決まり。そりゃ親父でしょ。そのカムナギ様ってのはさ!
でもって、今オロチの民んとこにいるマレビトさんと同一人物。決定。なに考えてんだ。あの親父。
「で、その──。スサノオ様は、我々のこの窮状を救っては……?」
アシナヅチが上目遣いにこちらをうかがっている。かわいい女子の上目遣いは胸キュンだけど、おっさんじゃあなあ。萎えるよなあ。
でも、この気弱なおっさん相手に、これは全部俺のくそ親父が仕組んだことで、俺は勇者でもなんでもないんですーなんて訴えても始まらないしなー。
それに、あの親父はふざけたやつだけど、ホントに困っている人をさらに困らすことをするようなヤツじゃないってことはわかってる。親父は俺が本当にオロチの民をなんとかできると思ったから、ひと芝居打ったんだろうしな。あら、俺ってばなんか孝行息子?
「まあ、できる範囲でやってみます。俺がやれることでなにが起こるのか、いまいちわからないんで、効果のほどは保証できませんけど」
はあー。引き受けちゃったよ。うんざり。
えーと、俺の持ってる知識ってったら、この場合、古事記のスサノオノミコトのヤマタノオロチ退治のお話しかないですよ。それにヒントがあるんだね。
オトウサン。ボク、ガンバルヨ。
古事記のヤマタノオロチってったら、八つの頭に八つの尻尾のキングギドラのバージョンアップ版みてーな怪物だけど、アシナヅチの話によると、ここではそんな怪物ではなく、オロチの民っつう鍛冶集団だと。で、さっき八つのムラにわかれてるって言わなかったか? 言ったよね。つーことは、ギドラの八つの頭ってのは、その八つのムラのことだ、きっと。そうに決まり。
スサノオノミコトは、その怪物をどうやって倒したんだっけ?
えーと。
「あのー、そのオロチの民つうのは、何人くらいでその『譲れー』って脅しに来るんですか?」
「全部で三十人くらいですね。でも全員が武器を持っているんですよ。こっちはさっきの者たち五人と私とテナヅチしかいません。年寄りばかりですし」
よっぽど武器が怖いんですね。まあ、わからないでもないよな。一度暴力で征服されちゃうと、もう言うこと聞くしか選択肢がないような気にさせられちゃうって、ドメスティック・バイオレンスの本にも書いてあったもんな。
「そいつらは、三十人かたまってやって来るんですか?」
そう、それが大事。かたまって来られちゃったらもうお手あげだけど、でもたぶん違うだろ。そうじゃなきゃ、八つの頭の意味がない。
「いえ、それぞれのムラごとに、バラバラにおりてきます。彼らも全体の人数がここ二十年ほどでずいぶん増えたようで、そんなに一斉に動けるわけじゃないようですし。それぞれのムラごとにムラオサがいて、基本的には別行動のようです」
ビンゴ。しかもムラ同士の連絡はあまりよくない、と。
サギリが今朝、なんか言ってたよな。八つも頭があったらいちいち相談しなきゃなんなくて大変だよねーって。みんな別々の方向に行こうとしてビーンッなんつって動けなくなったりしてー……。うんうん、そんなんでありますよーに。
「で、おりてきた後は?」
「そこの広場で、全部のムラがそろうまでだらだらしてます」
よっしゃ。あーとーはー。そうそう。
「やつら、酒は強いんかな?」
豪傑だとやっかいだね。
「酒ですか。酒は飲んだことがないようですよ。実はこの前、娘を出せという話をしにきたオロチの者に酒をすすめたところ、こんなうまいものは初めてだ、などと言って飲んでいたのですが、さほど飲まないうちに酔いつぶれてしまったのです。普段酒を作ったり飲んだりする習慣はないようでした」
よっしゃよっしゃ。パズルのピースがはまっていくぜ。ちょっとおもしろい。
俺はアシナヅチに、それぞれ入り口の違う八つの部屋を用意してもらうことと、部屋ごとに最高に強い酒を大瓶にいっぱい用意してもらうことを頼んだ。あ、それとやつらをふんじばるための縄もいっぱいねー。
そこまで用意ができたら、あとは結構強いっていう噂のジヌミくんと相談するしか、することはないはず。ジヌミが入っちゃったっていう岩屋ってのは、なにか大きなコトの前に身を清めるために一日籠もる場所で、一旦入ったらもうなにがあっても丸一日は出てきちゃいけないんだそうだ。
こういう事情だし、ジヌミはよそ者なんだから、別に今出してくれてもいいじゃんよーと思ったけど、アシナヅチとテナヅチは、途中で出たら山の神様のお怒りに触れるとかなんとか言って許してくれなかった。ま、そういう言い伝えとか習慣は大事にした方がいいですけどね。なんかの意味があることが多いから。
アシナヅチは自分も何度も入ったことがあるし、中はちゃんと快適に暮らせるようになってて心配ないって言ってたから、信用するしかないですね。ってか、あの見かけに似合わない気の弱そうなおじさんになんかできるとは思えない。
やることのなくなった俺とサギリは、テナヅチの用意してくれたご飯を食べて、用意してくれた布団に日暮れとともに入った。綿がかたくなったせんべい布団だったけど、昨夜の岩のベッドに比べたら別天地、別世界! 王様のふかふか羽布団並みの快適さ。
疲れたよ、今日も。
あーでも、またこっちの世界で一泊することになっちゃったよー。ミトちゃーん。どうしてますかー。こりゃ本当に捜索願いかなー。ミトちゃんのお父さんもうちの親父の件があるから、今度はさがさないで放っておくってことはないだろうし。ああ、帰った後がやっかいだなー。でも俺、帰れるんかなー……。このままこっちで親父の妙な仕掛けにはまりながら、あっちこっちの話に巻き込まれたりしてー……。う──ん。う────ん……。
…………………。
なんか怖い夢を見たような気がしたけど、目覚めはさわやかだった。 布団て偉大。
昨日、乱闘でボロボロになったシャツは、テナヅチが夜のうちに繕っておいてくれていた。川通しに歩いて濡れたジーンズも、乾いていた。
野菜がいっぱい入った雑炊のような朝ご飯をいただいてから、昨日頼んだ八つの部屋を見にいってみた。武装じいさんたちが半徹夜で作ってくれたらしい。お疲れさまー。
もともとあった部屋に、それぞれ直接外から入れる結構立派な門と入り口がついている。
よしよし。
でもなー。問題はやつらをふんじばった後なんだよな。スサノオノミコトは酔っぱらって寝ちまったヤマタノオロチをばっさばっさと切って捨てたみたいだけど、そんな血なまぐさいことしたくないし。それに、ここに来るのはオロチの民の代表の人たちでしょ? そいつら殺したって、山に残ってるやつらがまた武器たーくさん持って押し寄せてくるだけじゃん。意味ねー。
スサノオノミコトはヤマタノオロチぶっ殺した後、どうしたんだっけ? あー、尻尾を切ってたらその中から草薙の剣が出てきて、それを姉ちゃんのアマテラスオオミカミに献上したんだよな。喧嘩してタカマガハラ追い出されたってのに、なんで? 姉ちゃん好きなの?
あ、でもそれって、もしかして取り引きかな。ヤマタノオロチが持ってた剣をタカマガハラに献上してやるから、そのかわりに悪さするのをやめろとか、もしくはオロチの宝を献上するからタカマガハラはこっちのやることに口出すなとか。
う──ん、そうすると、ここでの場合はどうなるんだろう。タカマガハラって存在は今のところ想定できないけど、草薙の剣ってのは、たぶん、オロチの民が作ることのできる金属製品てことなんじゃないだろうか。ってことは、その製品をどうにかしてやるかわりにアシナヅチと仲良くしろよってことになるんだろうけど……。
どうにかって、なに? 現実的に考えたら、やっぱ流通かなあ? そういえばやつらは山荒らしてまで鉱物掘りまくってガツガツ作りまくった最先端の武器をどうしてんだろ。酒も知らないってことは、あんまし山の下の人たちとは交流がないってことだよな。
……うん。交渉の余地があるとすればその辺か。なんか細い糸だけど。
「アシナヅチさーん」と、広い屋敷を駆けまわってご主人をさがす。オロチの民と今後どういうお付き合いをしたいかってのは、当事者に聞かないとね。
二十数年前にお互いにうまくいってたときの状態ってのを聞いてみる。
やっぱり、オロチの民は作る人、トリカミノサトの人は売る人だったそうだ。そんときの状態くらいに戻ればとりあえずおっけー?
「そうですね。それくらいが理想的ですが、そんな取り引きなんて、やつらとできるんでしょうか」
できるようにがんばります、としか言えない。
念のため、全員ぶっ殺ーす、という選択肢もありますがどうします? と聞くと、アシナヅチはふるふると首を振って、そんなことは滅相もないという顔をした。非暴力主義のようだ。よかった。皆殺しにしてくれって言われたら、どうしようかと思ったよ。




