第九章・オロチの民 -1
サトオサは俺たちを座らせると、一旦どこかへ引っ込んで、しばらくすると上品そうなおばさんと一緒に戻ってきた。雀のお宿のいいおばあさんみたいな格好をしている。
「さきほどは、本当に失礼しました。私はアシナヅチ、こっちは私の妻でテナヅチといいます」
やっぱり。んじゃ、クシナダちゃんはどこに……? なんてことはいきなり聞けないよな。大事な大事なお姫さまだろうしなー。
ここは、まずは自己紹介のやり直しからか。
「こちらこそ、いきなり訪ねてきてすみません。私はスサノオ、こっちはサギリといいます」
「スサノオ!? やっぱりあなたはスサノオというのですか? 本当に?」
ああ、まただよ。スサノオ人気、ここでも健在。それに、やっぱりってなんだよ、やっぱりって。
「スサノオ様がこんなにお若い方だとは、思いもしませんで……。そうですか。じゃあ、おまえ、ジヌミくんはこんなことをする必要がなくなったんだから、帰してあげないと……」
後半は、テナヅチおばさまにぽそぽそ言っている。
「でも、もう支度もすんで、浄めの岩屋に入ってしまったんですよ。ついさきほど」
「え、そうか。入ってしまったか。そうか。まあしかし、岩屋から出てきたら事情を話せばいいことだが、それだと明日まで待ってもらわないといかんな。いやしかし、お力を貸してもらうならばどっちにしろ明日……」
なんか、おふたりだけでうんうん納得している。なんなんですかー。こっちにもわかるように話してくださーい。
「ああ、スサノオ様がいらしてくださったのなら、私たちもうあのオロチの民の言いなりにならなくてすむんですね。あの方のおっしゃったことは本当だったんですね。こんなことってあるんですねええ」
え? オロチ? やっぱヤマタノオロチですかっ? もしかして、話を聞いちゃったら俺、ヤマタノオロチと戦うハメになったりしますかね? お話聞かない方が身のためってことですかね? そんでもって、あの方って誰っ!?
テナヅチは手を組み合わせて、うっとり俺のこと見てるし。なんだよー。俺になに期待してんだよー。
ん? なんかこの顔、見覚えがあるような……? いやいやこんなところに知り合いはいないはず。
「ジヌミとは今会えないっての? オロチの民ってなに? なんかさー。全然話見えないんだけどー。ちょっと説明してくんないと、あたしたちもどうしようもないよ」
あー、またこの、俺が迷ってることを言ってくれちゃってー。絶対に面倒なことになるんだからなっ。そんでもって、絶対俺が、なんかやらされるハメになるんだー。えーん。
「ええ、あの、ジヌミくんは安全です。それはお約束しますので、ご安心ください。ただ、今はお会いになることはできません。明日の昼には必ず、お引き合わせいたします」
「そのさー、なんで会えないのか教えてよ。その岩屋ってのにはジヌミが自分から入ったの? 無理やり入れたの? なんでそんなとこに入んなきゃなんなかったのさ。そんでもって、それとこのスサノオと、なんの関係があんだよ。まあ父ちゃんなんだから、関係はあんだけどさ。あの方の言ったことって、なに?」
質問はー、順番にー。ひとつずつー。それと、父ちゃんじゃーありませんからー。
「ちょっとサギリ、おまえ黙ってろ。すいません。事情をお話いただけますか? なにかお力になれるかもしれませんし……」
あーもう、どうにでもなれー。どうせ、俺はここで、なんかやらないといけないことになってんでしょ? ねえ、オトウサン!
絶対これには、親父がなんかからんでやがる。確信。
「ええ、では、少し長い話になりますが、お聞きくださいますか」
はあ、聞きますよ。聞きますとも。
「私は、このトリカミノサトの長です。このサトは、はっきりとしたことはわかりませんが、だいたい千年前には、ここに家を建ててトリカミノサトとして、多いときは二十軒ほどの家が集まって暮らしておりました。ここは山の幸も豊富ですし、少し川沿いに歩けば、あとは船で、ふもとのサトとも容易に行き来できますので、山のものと海のものを交換したりして、ずっと平和に暮らしておったんです」
「あ、船かー。川を船でのぼれば簡単だったんだな。そんなこと、ふもとのおっさんたちは教えてくんなかったぞ。どっか登り口があるはずだーなんつってさー。おかげであたしたち、山ん中でひどい目に遭ったんだよなー。なースサノオ?」
口を挟むなよ。話があっちゃこっちゃいっちゃうからー。
「それは、ここ二十年近く定期的な交易もしておりませんし、ふもとに行く者たちは、もう戻らないつもりでおりていく者ばかりになってしまったので、下からこちらへやってくる方など、本当に山に迷ってきた人間だけになってしまったのです。なので、船での道を知っている人は、少なくなってきているのではないでしょうか」
「なんでよ?」
「さきほどお話ししたように、我々トリカミノサトはずっと平和に暮らしておったんですが、三十年ほど前に、オロチの民というのが、尾根づたいに西からやってきおったのです」
「オロチ? 蛇?」
うわ、ついにヤマタノオロチ登場。……でも、民って?
「蛇というか、龍神を信仰する、異国から渡ってきた人々のようなんですが、金属のものを作る術に長けた者たちです。ここらでは大きな蛇のことをオロチというということで、では俺たちはオロチの民だ、と名乗りまして。この山に住み着いたのです」
「あたしのアシワラノヤチノサトにもいるよ、龍神の血筋の家。ってもこっちは、もうやってきたのは何百年も前のことみたいだけどー。田んぼとか川の、水の流れを変えることができる技を教えてくれたんだってさ。異端の人たちって言われてるけど、でも一緒のサトの中に住んでるし、まあまあ仲良くやってるよ。あたしの父ちゃんのネサクは、その龍神の家の息子だったんだよ。そこんちのじいちゃんは、龍神の家の長男がサトのカムナギの家に入り婿なんてーって、反対だったみたいだけど、でもまあ結婚しちゃったものはしょうがないよねって感じだったしー」
おまえの家族構成は、聞いてないよ。また話がややこしくなるじゃねえか。
たぶん、その製鉄や治水の技術を持ってきた人たちってのは、大陸の方から渡ってきた人たちなんだろう。ここの地理が俺の世界と違ってなければ、だけど。その人たちは、地元の人間たちが信仰しているのとは違う神様を信仰している、と。まあ、ありそうな話やね。
で? サギリのサトではまあまあ仲良くやっているその人たちが、ここではダメなんですか? どして?
「ええ、ここでも最初のころはよかったんです。彼等の作る金属の道具を、私たちも便利なものだと喜んで譲ってもらったりしましたし。山の中に鍛冶場を作りたいという願いにも、じゃあ、ここがいいんじゃないのかなどと、小さいですが土地を用意したりもしました。彼等のことをどこからか聞きつけて、ふもとから剣や道具を作ってもらおうとやってくる人もいたり、その人たちとの交易で、我々もオロチの民がいることで潤ったときもあったのです」
ジヌミが言ってたっていう強い剣を作ってくれる人たちってのは、このアシナヅチのおじさんじゃなくて、オロチの民って人たちのことだったってことか。クシナダちゃんが鍛冶場の女じゃなくて、なぜかちょっと安心。
で、その後なんでかアシナヅチさんたちとそのオロチさんたちは、仲悪くなっちゃったってことなんですね? なんで?
「このトリカミノサトの上には、八つの小さな山が連なっておりまして、八つ山の峰と呼ばれております。私どものサトも、ちょうど八つの血筋にわかれておりましたので、それぞれの家の持つ山というのが決まっておったのです。まあ、その先祖がそれぞれの山からおりてきた、というような伝説が残っておったりもしましてな。ひとつの山をひとつの家系で所有する、というそんな契約を千年の昔に、それぞれの山の神と交わした、ということなんですな。その所有する山からの恵みは、その家のものである、というわけです。最初は、その八つのうちの、ひとつの山をオロチの民に譲ってくれないか、という話でした。彼らによれば、ここらの山はいい金属の材料が取れるのだそうです。その山のもともとの持ち主の家のものは反対しましたが、そのオロチの民の作る道具でこのサトも潤っていたときだったので、他の者たちで説得して、結局その山をひとつ、オロチの民に譲ったのです」
ああ、なんか話の筋が見えてきました。ちょっとその先は、聞きたくない感じー。やな感じー。
「彼らはその山に、とてつもなく大きな鍛冶場を作りました。そのために山の半分の木が伐られてしまったほどです。夜も昼も、そこでは休みなく鍛冶仕事が続けられました。今も続けられています。夜になると山のきわが赤く燃えているように見えますよ。あれは、なんとも不気味な眺めですな……。それに、金属の材料を取るために、山は掘り返されて、元の形を残さないほどになってしまいました。しかも、鍛冶というのは、その作る途中で、なにか毒を含んだものを出すもののようで、それを流した川では、魚が捕れなくなりました。木の実もならなくなったり、なってもまずくて食べられなかったり……。あ、このヒノカワは大丈夫ですよ。この川の上流には、まだ鍛冶場はありませんから」
工業の発達による環境破壊ですかー。二千年後でも同じようなことやってますよー。別の世界ですが。
「これではちょっと、いくら便利な道具で潤ったとしても、まずいんじゃないか、ということになったんですが、なかなかそれをやめてくれとは言えなかったんです。サトの中でも意見が別れたりもしまして」
それまでは、その便利な道具の恩恵にあずかっていたわけですもんね。オロチの民の剣、独占販売!なんてこともやってたんだろうし、こっちの都合でやめてくれなんて、そうそう言えないよな。せつないですなー。
「で、しばらくして彼らはまたやってきたのです。今度はお願いとか交渉ではなくて、山をもらうぞ、というただの宣言でした。大勢で、たくさんの金属の武器を持っておりました。我々は、それまで争いごとと無縁に暮らしておりましたので、武器の扱い方も知りません。さきほどの家の者たちのありさまをご覧になったでしょう? あの者たちが持っておったのは、二十数年前のまだ仲がよかった時分に、オロチの民からもらい受けた剣なのです。武器といえば、ここにはあれしかございません」
うへー、んじゃあれは二十年前から使い続けてるもんなんですね。たぶん、研ぎ方とか手入れの仕方も教えてもらえてなくて、だから錆錆なんですね。
「我々に、いやだということはできませんでした。やむなくまたひとつ山を渡すことになりました。それからというもの、彼らは毎年のようにやってきては、ひとつずつ山を奪っていくのです。今ではオロチの民も数が増え、八つのムラにわかれまして、それぞれの山に住んで好き勝手しております。ただ、山の神との契約というものがありますので、もとの持ち主である我々が『譲る』と言わなければ、そこを勝手に所有することはできません。これは、我々が大昔にここに暮らし始めたときからの神々との約束なのです。しかし、剣で脅されてですが、『譲る』と言わされてしまった家のものたちは、それまでの生活の糧を得る山がなくなってしまったのですから、だんだんと食べる物にも苦労するようになりました。最初のうちは残った山からのものをわけあって暮らしていたのですが、それが残り三つになり二つになりというころから、もうだめだと、ここでの暮らしに見切りをつけて、順々にサトを出て山をおりていきました。それで、もうここに残っているのは私の家だけなのです」




