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序章-3

「ただい……」

「おっかえりなっさ──い!」

 ほてほてと暗い夜道を歩いて、母親と俺の二人暮らしには無駄に大きい家の玄関を、俺はそっと開けた。なにせ夜中の二時近くだし。なにより母親に気付かれないように、なるべく音を立てないように帰ったつもりだったのに。ああそれなのに。

 つい習慣で、「ただいまー」と言いそうになってあわてて口をつぐんだのに。俺はしつけのゆきとどいた子供なのですよ、そうですよ。おぼっちゃまですよ。

 玄関の電気もつけずに、脱いだ靴を行儀良くそろえていた俺は、どがっと背中からいきなり抱きつかれた。

「おかえりなさい! あ、な、た! 遅かったのねっ」

 だ──────!!

 八年間もなんの音沙汰もない夫が帰ってきても、「遅かったのねっ(ハァト)」でお出迎えかよっっ! しかも息子と間違ってるし。ここ数年来毎度恒例、俺様ご帰宅の際の行事だけどさ。

 そう、抱きついてきたのは、俺の母親。

 高木咲也、四十歳。

「俺だよっ俺っっ!」

 振り向いて、至近距離で顔を見せて怒鳴る。

 念のために言っとくけど、いつもいつも怒鳴っているわけじゃないからね。俺だって、この万年天然少女の母親のことが嫌いじゃあないんだよ。かなり好きと言ってもいい。ええそうですよ、マザコンですよ。悪いですかっっ!?

 でもね。今夜はちーとばかし疲れてたんだ。でもって、行方不明になったまんま帰ってこない親父のことを思い出したりなんかして、暗い夜道で、いろいろいろいろ考えちゃったりなんかしてたんだっ!

 なんで親父はいなくなっちゃったんだろうとか、もう帰ってこないんだろうかとか、帰ってこなかったらどうしたらいいんだろうとか、俺のバケモノ見知能力は親父みたいになにかに生かした方がいいんだろうかとか、当面ふたりきりの家族なんだからおふくろのことは俺が守らなくちゃねとか、とかとか……。


 そ、れ、な、の、に!


 毎度恒例とはいえ、親父と間違えて本っ当に嬉しそうに抱きつかれた日にゃあ……、グレるよ、オカアサン。

 そしてトドメは、

「なあんだ、スサノオかあ……」

 これだよ……。

 そうだよ、スサノオだよ悪いかよっっ! 小学校のときから、これが原因でいじめられ続けた名前のスサノオですよ!!

 ホントは「素戔鳴」って書くんだけど、誰も読めないから、カタカナで「スサノオ」って書くしかない、高木スサノオだよ!!

 しかも、「なあんだ」はないでしょ「なあんだ」は! 仮にもあんたの息子ですよっ。変な名前だけど! うき────!!

 ………とは言わず、マザコンの俺は、ほんのちょっと嫌味を言うだけにとどめた。

「こんな時間に、八年間も行方不明の人は帰ってこねえよ」

「あら、前に二年間お留守の後に帰ってらしたときはこんな時間だったわよ。ただいまーって。普通に。その前にいらっしゃらなかったときも帰ってらしたのは明け方だったわねえ。その玄関から朝日がパアア──って射して、お父さまが入ってらしたの。素敵だったわー。そのときも普通にただいまーって。それよりもね、さっきスサノオが玄関にかがんでる後ろ姿ったら、本当にお父さまにそっくりだったのよ。だんだん似てくるのねええ」

 嫌味通じず。

 行方不明が趣味の夫を持つと、常人とはこうも違った感覚を備えるものなのか……。

 いや、この妻にしてあの夫あり、だ。

 この人がこんなんだから、親父は八年も平気で行方不明なんかやってられるんだ。きっとそうだ。まあわかってたことだけどさ。多感な年頃の青年のココロは傷つきやすいんですよ、ホント。


 がっくりと肩を落として立ち上がり、それでもこれは忘れずに、玄関扉に向かってかしわ手をひとつ打つ。ピイイ──ンと白い波動が生まれ、俺が外から入ってきたことによって、ゆるんだ空気が張り詰める。ま、この家の中にバケモノが入ってきたことは、ついぞないんだけどね。

 この家は、強力な結界で守られている。でもま、念のためってことで。

「えらいわねえ。スサノオったら、なんだかんだ言ってお父さまのお言いつけをちゃあんと守ってるじゃない? 外から帰ったら『うがい、手洗い』じゃなくて、うちは『かしわ手、うがい、手洗い』だったものねえ」

 うふふと首をかしげて笑う。いや、言いつけっていうか、これやらないと、自分の身が危ないですから。

 ちなみに、この母親にはバケモノを見る力はない。

 まったくもって、ない。

 親父がまだ家にいた頃は、俺と親父がバケモノ退治について語り合うのをニコニコと聞いて、「まあ~怖いわ~。わたし、そんなの見えなくってほんとうによかったわ~」と言っていたものだ。

 いや、この人の場合見えないというよりも、身のまわりに、バケモノが近寄らないのよ。

 人間誰でも、ある程度は心の中に黒いものを持っているもので、それがそこらに漂っている邪悪な気配を吸い寄せる。人間の心ってのは不安定なもんだから、ちょびっとの黒い気持ちが引き寄せた邪悪な気配でもって、その黒い気持ちが増幅されて、するってえと、またまたそれが邪悪なモノを引き寄せる……と、そんな相乗効果で、さっき俺が戦ったみたいな巨大まっくろくろすけができあがっちゃうってわけだ。

 巨大っつても、さっきのは今まで俺が見たことのあるやつでは中くらい。これまで俺が見たバケモノで最大のは親父が倒した。さっきのやつの三倍くらいはあった、と思う。俺は親父のそばでしょんべんちびって泣いてました。八歳の頃。思い出したくない冬の思い出。

 普通は黒い気持ちと同じくらいか、それ以上の清い気持ちでもって、それほどのバケモノを産み出すまでにはなんなくて、みんなまわりに邪悪な気配と清い気配をおんなじくらい漂わせて、バランスを保ってんだけどさ。

 この母親の場合、それがまったく、全然、ちーともない! 俺が見る限り、この人の半径五メートル以内は、ものの見事に真っ白け。だから、おふくろが家の中にいる限り、この家の結界は万全だ。

 おふくろだって、邪悪なことをまったく考えない訳じゃないだろうし、他の人に比べて心が清いなんてこともないと思う。ただ、まわりに黒い気配が寄らないから、そいつらとの相乗効果で、どんどん気持ちが黒くなるってことはなさそうだ。

 帰ってこない親父のことを恨んで「もう~今度帰ってきたら家に入れてあげませんことよっ」てな気持ちになってるときもあるみたいだけど(夜中に叫んでいるのを聞いたことがある…)、でもその恨みの気持ちを増幅させる外側からの力が働かないもんだから、それも一時だけのこと。一晩寝ればおさまってたりする。

 晩飯食べながら「本当にお父さまったら、どうなさるおつもりなのかしらっ」と怒ってたかと思うと、翌朝には「お父さまが帰ってらしたら、まず大好きなオムライスを作ってさし上げるのよー」なんてニコニコ言ってたり。

 ちょーっと普通人と思考経路が違ってて、ときどき疲れるけど。

 え? 俺? 俺は普通人ですともっ!

 黒い気配が寄ってきがちって特徴はありますけどねっ! 人間、誰しもそうだって言ってんだろ!

 戦ってやっつけるまでする人は、そうそういないケドサ。

 ええ、ええ、いたって普通ですともっっ!

 まあ……俺のことはともかく、おふくろのこれは、まったくもって体質としか言いようがない。親父もそう言ってたような気がする。嬉しそうに。

 こんな体質の人を見つけて結婚までできた自分はとても運がいい、とかなんとか……。

 この真っ白体質の人は、俺は自分の母親の他に、あとひとりしか知らない。


「あ、スサノオー。明日の朝ご飯、どうするの~?」

 いろんなことが頭に渦巻いちゃって、なんだかがっくり疲れて、自分の部屋への階段をだるーく登りつつあった俺に、真っ白母が声をかける。

「あー、寝坊するから、朝めしはパスー」

 今のところ、ふたりきりの家族なんだからもっと優しくしなきゃなーと思いつつも、背中を見せたままで、ぼそぼそと答える。

 すまん、おふくろ。フクザツな青年のココロをわかってくれい。

「んもー、スサノオったら態度悪いわ~」

 大人はわかってくれない……。

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