第八章・トリカミノサト -3
「てかさー。おじさん、ジヌミのこと、なんか知ってんでしょ? 知ってるーって顔に書いてあるよっ。隠し事しないで教えてよ。あたしたち、この山、昨日から丸一日かけて登ってきたんだよ。もう~なんかいろいろあって、崖から落っこちたりして大変だったんだけどさ、ジヌミとここで会おうって約束してたからがんばってここまで来たんだよ。ジヌミが待ってるだろなーってさー。ジヌミがこの山に入ったってことは、山のふもとの集落で聞いて知ってんだからね。そんな迷うほど大きい山じゃないみたいだし、このトリカミってとこで落ち合おうって言ったのはジヌミなんだから、たぶん迷わないと思うし、もしなんかあったら、ここに住んでるおじさんたちにもわかるんじゃないの? なんで隠してんの? おかしくない? もしかしてジヌミになんかした? せっかくジヌミの父ちゃんも見つかって連れてきたってのに、ジヌミになんかあったらただじゃおかないよっ! ねえってば! 黙ってないでなんとか言いなよ。ジヌミ、ここにいるんでしょ? なんで嘘なんかつくんだよっ!!」
あ──…… 父ちゃんは連れてきてません。じゃなくて────!
この、「おまえ、口から先に生まれてきたんだろ少女」がああああっ!
これから俺が、じわじわさぐりながら交渉しようとしてたのが、台無しじゃんかー!
あああああ、おじさん顔こわばっちゃってるしー。
あのあのあのあの、これはですね。あのですね……。うわーん、言い訳が思い浮かばないっ! なぜなら、サギリのまくし立てたことはそのまんま、俺も思ってたことだからっ! でもでも、そんなん言ってもしょうがねえしなーって、大人の俺は考えてたんだよっ!
う、わ────! なんか武装集団まで出てきちゃったじゃねえかよ──!!
「サトオサ、どうされました? 約束の日は明日のはずですが、またオロチのやつらが無理難題を言ってきましたかっ!?」
剣、のようなものを持った男の人が五人、屋敷の裏手からわらわらと駆けつけてきた。
いやその、我々は決してアヤシイものではございませんっ! と言いたいけど、なんだかこの人たち、いきなり臨戦態勢だもんなあ。戦争でもしてんのか? この山の中で。オロチのやつらって誰!?
しかし、それにしてもこの武装集団、たぶん全員、サトオサと呼んでるこの最初のおじさんよりも年上だろ。見た目完全に「おじいちゃ~ん」て人もいるし。
手に手にでかい剣らしきものを持って勇ましいけど、なんだかちょっとヨロヨロしてますよ。
しかも、その剣らしきものだけど、どれもこれも、こっちの離れたところから見てもわかるくらいに錆だらけのボロボロだ。それ、剣としては役に立たないでしょ。まあ、でかくて重そうだから、ぶったたかれたら相当痛いと思うんで、棍棒としての役割には充分だと思いますけどね。
「いや、あのあの、人違いで……」
この期に及んで、おだやかなお話し合いに軌道修正はできるのだろうか。
「なに───? やろうっての? おじさん。そんなヨボヨボのじいさんたちなんか、何人来たって怖かないねっ。嘘ついた上に、今度は力尽くなんて、やばいことやってますーって言ってるようなもんじゃんよっ! くっそー、腹立つー。……なあ、あの一番ヨボヨボのじいさんの剣奪って武器にしろ。振りまわすくらいはできるだろ?」
ああ、最悪。
「ちょっと黙ってろ、サギリ。あのですね。別に俺たちは力尽くでどうにかしようってんじゃなくて、ジヌミと会わせてほしいだけなんですけど、どうしてこういうことになっちゃうんですか? あなたたちとオロチとかいう人たちとでなにか争いごとがあるのかもしれないけど、俺ら無関係ですから。ってか、今初めてここに来たんだから、全然そんなこと知りませんからっ!」
「ジヌミなんていう人は、ここにはいないったらいないんだっ! 無関係というなら、どうかこのまま帰ってくれ!」
「いいかげんにしろよっ! このくそじじい──っ!」
サギリが鉈を両手で振りかぶって、サトオサに突進する。そのサギリとサトオサの間に、意外に素早い身のこなしで、武装じいさんがひとり、錆剣を割り込ませてきた。
うわ──! ちょっと待て。こういう場合、俺はどっちを止めたらいいんだよっ!? やっぱサギリを助けなくちゃとは思うけど、サギリの振りまわしてるピカピカの鉈がおじいさんたちに当たったら、向こうの方が大けがか、下手すりゃ死んじまう。
とりあえず俺はサギリを後ろから羽交い締めにして、その手からなんとか鉈をもぎ取った。
「なにすんだよっ!」
それはこっちのセリフじゃ!
サギリの突進を止めてやったっていうのに、剣を構えたじいさんは、そのままこっちに斬りかかってくる。剣の重さに身体の方が振りまわされてる。ご老体にはその重い武器は無理っつうことですよ。とっさに鉈で剣を受け止めた。お、やればできるじゃん、俺。
ガキンッ! と音がして、錆錆の剣はボロッと刃が折れる。勢い余って、じいさんがすっ転んだ。
「うわ、やられたぞっ!」
じいさんが転がったのを、俺がなんかやったと思ったらしい。他のじいさんたちも、一気に押し寄せてきた。完全に頭に血がのぼってる。
やめて───!
みんな団子になってくるもんだから、剣を持ってるっていうのに振りまわすことができなくて、結局もちゃもちゃと腕や身体で押し合うことになった。だいたい剣はみんなボロボロだから、刃の部分を手で受け止めても痛くないし。でも、俺は手に持ったサギリの鉈を振りまわすわけにいかないから、思うように動けない。
「ちょっ、うわ、やめて。やめてください──っ!」
誰かの手が俺のシャツの胸ポケットにかかって、ビリッと布が裂かれる音がした。えーん、お気に入りのシャツなのにー。ミトちゃんちにご訪問だから、一番のお気にを着てったのにー。
ああ、なんかそんなことが遠い昔のことのようだよ。好きな女の子の家に行くのに、着てくものをあれこれ選ぶなんて、そんな平和な生活に、俺は戻れるんでしょうか……。
もちゃもちゃ。
どがどが。
いていていていて。
「おまえたち、やめろっ! やめろ! 引けっ! 引け───っ!!」
サトオサの大音声が響いて、やっとじいさんたちの大乱闘がおさまった。全員ぜいぜい肩で息をしている。ダメじゃん。
サギリももちゃもちゃの中でもまれて、ほっぺたとおでこに擦り傷を作っていた。そのくらいはいい薬じゃ! 少しは反省しろっ! ……しないだろうなあ。はあ。
俺のシャツはボタンが二個ほど行方不明になり、右肩のところの縫い目がほつれ、さっきビリッと音がしたポケットは、見るも無惨にベロンチョと胸から垂れさがっていた。
そこから落ちた山姥の錦が、足元にピラッと広がっている。誰かに踏まれて土まみれだったけど、でもその派手な模様は、あたりの風景の中で妙に目立っていた。
「あーあ、もう。なんでこんなことになるんだよ」
山姥の錦を拾いあげて、パンパンと土を払う。「大事にするがよいぞ」って言われたからね。無理やりポケットに突っ込まれたまま、持ってたことも忘れてたけどさ。
「それは、その錦は、あなたのものでしょうか?」




