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第八章・トリカミノサト -2

 朝めしの後、たき火の始末をすると、またうんしょうんしょと川通しの道を歩く。岩はますます大きくなってくるし、ところによっては川に入らないと通れない場所もあったけど、川自体がもう小さくなってるから、深くてもせいぜいふくらはぎのあたりまでを濡らすだけですんだ。


 道々、俺はスサノオノミコトの神話をサギリにしてやった。その話と同じことが今ここで起こっているようだということと、二千年の時間をおいて俺の世界とこっちの世界が同じように進んでいるようだということも。たまにワカサヒコの解説つき。

「じゃあさじゃあさ。スサノオの世界の二千年前には、あたしとかジヌミがいたかもしんないよね。そんでもって、こっちの二千年後には、スサノオが生まれてるのかもしんないね。もしかして、あたし、スサノオのご先祖様だったりしてー。あれ? でもそうすると、ジヌミがスサノオの息子ってことはどういうことになるんだろね。わかんないよねー」

 それとこれとは、また別の問題のようですよ……って、俺がジヌミの父親説は、まだ解決してなかったんですかっ!?

「ジヌミは俺の息子じゃねえってば」

「まあ、会えばわかることでしょ」

 そりゃそうですけどね。ここまでともに危険をかいくぐってきた仲なんだから、もうちょっと俺のことを信じてくれてもいいんじゃないですかね。


「ところで、そのジヌミってのは、トリカミノサトになんか用があんの?」

「んーん。ジヌミは別に用はないんじゃないかなー。あたしの剣をそこで作ったらって言ったのはジヌミだけど。船が沈みそうになったときに、離れ離れになったらトリカミで会おう~!って言ってて。で、ざぶーんって波がきて、あたしは気がついたら、浜辺にいたからさー」

 よくそれで助かりましたね。その強運、俺に少しわけてください。

「でも、そしたらこっちの方が早いってこともあるんじゃね?」

「それはないと思う。あたし、自分がどこに流されたのか最初よくわかんなくってさ。海辺のムラに二日くらいいたし。そっからちょっと山に入ったとこのムラで話聞いたら、ジヌミらしきやつが山に入ってったよって。それが、えーと、もう三日前のことだから、なんもなかったら、とっくにトリカミに着いてると思うよ」

 そっか。んじゃ、山を登るのに一日かかったとして、残りの二日間、ジヌミくんはどうしてるんでしょうね? その鍛冶集団のとこにいるんでしょうかね? よそ者とは交流しないやつらだったら、泊めてくれたりとかしてくれないんじゃないでしょうかね?

「ジヌミはどこいっても大丈夫だよ。むちゃくちゃたくましいから」

 おまえもな。

 

 頭上に大岩がオーバーハングしてトンネルのようになったところを抜けると、急に視界が開けた。まだ頂上じゃないようだけど、山の中腹のちょっとした台地になった場所だ。

 あたりは高い木のない草原になっていて、黄色や白の花がいっぱい咲いている。

 草原の左側はさえぎるものがなく、遠くに紫色にかすむ山脈とその下に広がる平野、そしてその向こうには青く光る、たぶん海が見えた。

 今まで俺らがさかのぼってきた川は、広々とした草原のほぼ真ん中を流れ、ゆるくカーブして、右側のさらに高い山のふもとへ消えている。

 そして、その草原のはじ、山を背にするようにして、いくつかの建物が身を寄せ合うようにかたまって建っているのが小さく見えた。

 あそこに、この箸の持ち主がいるのか? 今朝拾った箸は、尻ポケットに懐中電灯と一緒に突っ込んである。

 スサノオノミコトの神話のとおりなら、あそこにいるのは、アシナヅチとテナヅチの夫婦にその娘クシナダヒメだ。

 てことは、そのアシナヅチたちが、鍛冶集団?

 なんか、根拠はないんだけど、それは違うような気がする。なんでって、説明はできないけど、クシナダヒメちゃんが鍛冶集団の姫って、どうもしっくりこない。それって俺の世界での感覚? こっちの世界では鍛冶屋のクシナダちゃんもありってこと?

 ま、行ってみりゃわかるか。

 見晴らしのいい草原をそれまでとは違うピクニック気分で歩いて、集落に近づく。

 ああ、平らな道ってありがたいネ。楽ちんだネ。

 川沿いには見たことのあるような、食べられそうな草もたくさん生えているし、手を伸ばせば届きそうなところをウサギらしき小動物が駆けまわっているのも見えた。

 こんなところだったら、いくら人里離れた山奥でも住んでる人々がいるのもわかる。てか、俺も住みたい。俗世間を離れて、ここなら悟りが開けるかもしれない。俺には無理ですかそうですか。別荘でもいいです。週末には山で瞑想。定年後の理想の生活……。

 

 楽しい妄想をしながら近付いていくと、集落は大きな一軒の屋敷と、そのまわりの小さめの数軒の家で構成されていることがわかった。こんな山奥にあるにしては、きちんと製材された柱に厚みのある土壁の、しっかりした作りの家ばかりだった。屋根も板葺きに石を乗せた簡素なものだったけど、軒は深くて高くて立派だ。

 ただし、人が住んでいる気配があるのは、そのひときわ大きな一軒の屋敷だけ。他の小さめの家はまわりが草におおわれていて人の出入りも難しそうになってる。土壁も汚れてところどころ崩れて、そこからも草が生えたりしていた。崩れた穴から見える家の中も、真っ暗だった。

 家の中を一軒一軒のぞき込んで、誰もいないことを確かめながら歩く。

 集落は真ん中の広場を取り囲むようにして家が建ち並んでいる形だったけど、その広場もなんだかさびれてる感じがした。だって誰もいないんだもん。ホントなら、こう~、子供が走りまわったりおばさんたちが立ち話とかしてたりするんじゃないですかね? こういう場所ってのはさ。


 なんとなくしょんぼりした気持ちで、広場のどんづまりに建つお屋敷の門の前に立った。このお屋敷のまわりだけは、草が刈られてきれいに整地され、門の中には手入れされた植え込みが見えた。建物も、古くて簡素なものだったけど、どこも壊れたりしているところはなくて、丁寧に住まわれている家っていう感じがした。

 えーと、こんな立派な門なんかあるお屋敷をご訪問したことはありませんよ。どうしたらいいんでしょうか。門の左右どっちの柱を見ても呼び鈴はついてないし。勝手に門を入っちゃ、やっぱりダメなんでしょうね。

 で、声をかけるとしたら、やっぱ「たのもう~」ですかね。なんかヘン。でも他になんて言えばいいのさ。

「おーい、ジヌミー! いたら返事しろー!」

 俺がお屋敷訪問の礼儀について悩んでいる間に、野生児が先に大声をあげてしまいました。くそ。

「ジヌミーー!」

「ちょっと待てよ、サギリ!」

「なんでだよ。黙ってたらわかんないじゃん」

「じゃなくて、ここはジヌミの家じゃねえだろ。したら、まず、この家のご主人に挨拶しなきゃダメだろうがよっ!」

 あら、俺って常識人。なんか大人な気がしてきた。

「あ、そかそか。ごめーん。じゃあ、ほら、誰か来たからスサノオ、挨拶してよ」

 あーもう、お屋敷訪問第一歩からぐだぐだ。

 見ると、正面の玄関らしき出入り口からひとりの人が出てくるところだった。

 前合わせの着物を着て、腰のところに細い帯が巻いてある。恰幅のいい人は和服が似合うね。和服っていっても、俺の世界のとはちょっと違う形みたいだけど。

 変形和服の人は、六十代くらいの男の人のようだった。

 うちの親父と同じくらいかな? あ俺、親父が四十四歳のときの子供だから、親父はじじいなんだよね。理想の相手(つまり、おふくろ)と、なかなか出会えなかったから、結婚が遅くなったんだってさ。ふーん。

 親父はもはやちょいハゲだけど、今現れたおじさんは髪の毛ふさふさ。いわゆるロマンスグレーっての? 銀色にも見えるその髪はきれいに梳かされて、頭の後ろで結ってあるようだ。着物も帯もきちんとしていて身ぎれいな感じがする。山の猟師さんて雰囲気じゃないよな。う──ん、村の庄屋さんて感じ? 村の庄屋さんに会ったことはないけど。

 その庄屋さんは、憂鬱そうな顔をして俺の前まで来ると、丁寧に頭をさげた。

 あ、いやそんな、俺らなんかに頭さげないでください。なんか、突然押しかけちゃって……。


「申し訳ございませんが、まだお約束の日限ではございませんので、当方の準備が整っておりませぬ。お約束どおり、明日の夕刻に参られますよう、お願い申し上げます」

 ? 約束? 準備?

 誰かと人違いしてますね、これは。もしかして、人違いされたままの方がよかったりするか? その約束の日ってのに来れば、すんなり入れてもらえるってこと? 全然関係ない、突然のご訪問だってわかったら門前払いとか、くらわせられちゃうかもしんないし。このおじさん、なんだか気難しそうな顔してるからなー。でも明日の夕刻? そんな丸一日も待ってるわけにいかないしな。

 ……〇・〇一秒くらいの間迷ったけど、結局正直キャラでいくことにする。嘘つくのは苦手なんですよ。

「あの~、どなたかと人違いされているようですが……。私たちはここにうかがうのは、今日が初めてです。あの~。私たちは、えーとまあ、旅の者です。突然で申し訳ないんですが、こちらにジヌミという者が先に到着してないでしょうかー。ここで落ち合うという約束をしていたんですが……」

 よっしゃ。なんとかうまく言えたか? 俺にしては上出来だよな。

「え……?」

「二日くらい前に、到着しているかと思うんですけど」

「えっと、あの、そのような方は、おりません……」

 嘘だ。おじさん、目が泳いでますよー。

 なんで? なんで? ジヌミになんかした? それとも、ジヌミが、なんかした? ここは、ヘンに刺激するとよくないのか? ああやっぱり人違いのままにしとくべきだったか。しかしー。

「えっとそのー、じゃあ、二日くらい前にこのへんを通ったものとかには、気付かれませんでしたか? 十四歳の男の子なんですけど。……サギリ、ジヌミって、見た目はどんなやつなんだよっ」

 後半は、横のサギリにこそこそ言う。ちょっとかっこ悪い。

「細っこいやつだよ。背はあたしと同じくらい」

 この世界の子供はそんなもんですか? 食糧事情のせいかね。でもこのおじさんは結構いいガタイしてますけどね。山ん中の方がいいもん食えるとか?


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