第七章・俺ってナニモノ? -2
サギリがたき火の火を見て膝を抱えながら、ぽそぽそと言う。
ん~~? 「ありがと」が小さくて聞こえませんよー。
なんてことは言わずに、黙ってうなずいてやった。俺っていいやつー。
このサギリって女の子は、人に「ありがとう」を言うのに慣れてないタイプなんだね、たぶん。たまにそういうやつっているよな。小さいころから、なんでもひとりでやるしかないような境遇だったやつに、多いと思う。
うんうん、なんだか知らんが苦労したんだねえ~。お兄さんになんでも言ってごらん~。
「あの山の中のバケモノ、あんなに近くにくるまで、なんで気が付かなかったんだろ。結界も張ってたのに、いつのまにか効いてなかったし」
「あれじゃねえか。山ん中って音がずーっと繰り返してて、なんかぼーっとする感じがするじゃん? それで感覚が鈍ったんじゃねーの?」
今聞こえている川の音も一種の催眠効果があるみたいな気がするけど、山の中は閉鎖的な分、効果が高いんじゃないだろか。
「あ、そうかー。ここの山の神たちに邪魔されたのかもなー。あたしたち、よそ者だから」
「山の神?」
それは、こわーい奥さんのこと、じゃないんですよね。きっと。
「うん……。神ってほどはっきりしたもんじゃないなー。山の中っていろんなものが濃いから。木とか草とか土とか石とか小さい動物とか、いろんなもののそれぞれの気みたいなもんが、ごちゃーっと集まっちゃっててさ。全体で、今山に入ってきたやつらってなんか気にいらねーとか思っちゃうっていうか、感じちゃったりして、そうすると、あたしたちの力を弱めるような、なにか働きをしたりするんだよね。その木とか草とかの気が集まって強くなって、姿が見えるようになると、神様ってことになるんだと思うけど。あ、まあ、見えるのはあたしたちみたいなカムナギとかだけだけどね。そうなるとちゃんと話もできるから、助けてもらったりもできるんだけど、形になれないような気の集まりだと、どうしようもないんだよね。バケモノの親戚みたいなもんだったりもするし。あたしもこんな深い山に入ったのって初めてだし、自分がよそ者だってことも忘れてたから……。こんなに、ここの山の気が強いと思わなかったんだ。危ない目に遭わせて、ごめんね。スサノオ」
また、「ごめんね」が小さい声になった。うんうん、聞こえてますよー。よしよし。
なんだか、サギリの頭をぐりぐり撫でたくなったけど、やめておいた。怒りそうな気がするし。
それよりも、よそ者って……。
「あのさ、お前とジヌミは旅してるって言ってたけど、どっからきたんだよ? 遠く?」
「そんな遠くないよ。この山は、北から南に長い大きい山の一部なんだけどさ。その大きい山の向こう。東側。アシワラノヤチってとこ。あたしはアシワラノヤチノサトっていうアシワラノヤチの中で一番大きいサトから来たんだけど、ジヌミはそのアシワラノヤチの海沿いにあるミナカタノミナトっていう港町にいたんだ。あたしはサトを出て、まずミナカタノミナトでおばさんのアキヅに会おうと思って行ったら、そこにジヌミがいてさ。従兄弟なんだけど、会うのはそんとき初めてで、いろいろ話したら、ジヌミも父ちゃんさがしに行きたいから一緒に行くってことになって、その港から船に乗ったんだよ。西に行くなら、高い山越えるよりも、船で岬まわった方が早いし楽だからって。でも、海の上でいろいろあって、もうすぐ着くってころに船が沈んじゃってさ」
あらま、遭難? そうなんだー。
「ふーん。ジヌミは父ちゃんさがしてんのはわかったけど、おまえは? サギリはなんで旅に出たんだよ」
十四歳ってったら、まだ親元でほけほけしてる年齢でしょうが。まあ、こっちの世界の事情はわかんないけどね。サギリの見た目なんか、いかにもまだ子供だし。冒険の旅に出るったって、まだ早いんでないの? あーでも、魔女の独り立ちも十四歳だったか。しかし、なんであの主題歌はルージュの伝言だったんだろう……?
「あたしは、母ちゃんのヒルメをさがしに……」
は?
えーと。サギリは母ちゃんをさがしに。んでもって途中からパーティに加わったジヌミは父ちゃんをさがしに。で、さらに新しいメンバーの俺は親父をさがしに、と。
みーんな、父ちゃん母ちゃん訪ねて三千里ですか?
自分さがしの旅じゃなくて、親さがしの旅? どうなってんの? この話。
「あたしの母ちゃんのヒルメはさ、あたしが四歳のときに死んだって、ずっとそう聞かされてたんだけどさ。この間、父ちゃんのネサクが死んで、その葬式のときにね、ネサクの幽霊が『ヒルメは生きているぞ』って言ってくれちゃってさー。なんかその頃サトの中でもいろいろヘンなことが続いたりして、ヒルメがもし生きてるなら、なんか知ってるのかも、とかみんな言い出しちゃって。そうしたら、さがしにいくのはやっぱ娘のあたししかいないじゃん? あたし、今までサトから出たことなかったから、ほんとはやだったんだけど、妹や弟のこともあって、やっぱ行かなくちゃダメかーって」
えーと、え───と。どっから突っ込んだらいーんでしょうかー……。
「幽霊って……。お父さんの幽霊が出たの?」
あー、なんか一番どうでもいいところから突っ込んじゃったような気がするけど。
「え? 死んだら幽霊になるじゃん。スサノオのとこは違うの? 死んだ人は幽霊になって自分の祖先の霊たちと一緒になるでしょ。死んですぐだとまだ人の形でみんなに見えるから、いろんなことを言ったりもできるし。まあだんだん他の昔の霊たちと渾然一体になっちゃって、誰が誰だかわかんなくなるからね。そしたら全部で祖先の霊ってことでひとまとめにされるけど。でも、それぞれの気の強さみたいなもんが関係すんのかも。あたしのおばあちゃんのカヤノなんか、死んで三年たった今でも生きてたときの姿で出てくるよ。双子の妹と弟の面倒見に」
「幽霊も生きてる人とおんなじってこと? それってややこしくねえ? バケモノとかと違って普通の人にも見えちゃうってことだろ?」
「うんー。そだねー。幽霊は誰でも見えるよ。祖先の霊と一体化しちゃったら普通の人には見えなくなるけど。ややこしくなんかないよ。なんとなく、あ、幽霊だなーってわかるし。ああ、まだ死んで間もなくて、その人の気持ちみたいなもんが残ってると、普通の人にも見えて、そうじゃなくていろんなそこらにある自然の気とかと溶け合っちゃったりしちゃうと、あたしらみたいなのにしか見えなくなるのかもね。死んでしばらくすると、シナツヒコとかワカサヒコとかと同じモノになるってことなのかも」
「ふーん。死んだら神様になるってことかー。そういう考え方だったら、俺らの世界にもあるかも。でも、幽霊はあんまいないなー。ってか、幽霊が出たってったら大騒ぎでさー。だいたいこの世に恨みを残して死んじゃった人とかだったりするから、なんか恨んでんのかって、お祓いとかしたり……」
「幽霊は人なんだから、祓ってもどうしようもないじゃん。恨んでるったって、幽霊なんだから、もうなんもできないし。幽霊と山の気みたいな霊とかと、ごっちゃになってんじゃないの?」
はあ、そうかも。
「でもねー。サトの掟で、幽霊になっちゃった人の言うことを信じるなってのがあってさ。まあ、だから幽霊はなんもできないってことになるんだろうけどさ。ネサクは幽霊になってから、ヒルメが死んでなくて生きてるなんて教えてくれちゃったもんだからさー。それを信じてさがしにいくのはどうなのかって、もー、サトの長老たちは大騒ぎだよ。おかげであたしは掟破りのハチブってことで、とりあえずサトを出てこないといけなくてさー。ヒルメをさがしてこれなかったら、そのままハチブでサトの中には入れてもらえないんだよ。困っちゃうよね」
困っちゃうよねって。そんな他人事みたいに言ってますけどね。それ、大変じゃないですか? ハチブってのは、いわゆるひとつの村八分ってことですよね? その、サトに入れてもらえなかったらどーなるんすか? 自分の家に帰れないってことなんじゃないすか?
「どーすんだよ。見つかんなかったら」
「んー、見つからないって気はしないんだよね。なんとかなるかなーって」
ポジティブシンキング。見習いたいもんですな。少しわけてください。




