第七章・俺ってナニモノ? -1
サギリの頭を胸に抱きかかえたまま、仰向けになる。
バケモノは、もう追ってこないようだ。
心臓がばっくばくだ。身体のあちこちが、すげー痛い。まあ、普通に息はできるみてーだから、まだ生きてはいるみたいだ。
空が夕焼けに染まっている。この西日が射していたから、林の出口があんなにまぶしかったのかー。なんも見えねえはずだよなあ。
「ちょ、スサノオ、もう、離して。ちょ、苦しいから」
俺の脇の下あたりで、サギリがジタバタしている。
う──ん、腕がこわばっちゃってさ、なかなかうまく動かないんだよ。
「うぐ───」
呻きながらやっとサギリを解放してやって、改めて大の字になる。
「やえがきっ」
パア──ン。
起きあがったサギリが、まず結界を張る。
そーね。今襲われたら、もうダメ。いっかんの終わり。だって俺、動けねえもん。
「大丈夫?」
そばに膝をついて、サギリが俺の顔をのぞきこんできた。
いや、あんま大丈夫じゃないみたいですー。
サギリがなにやらぶつぶつ口の中で言って、俺の顔に手をかざす。なんだか温かい波動が来て、すりむいてヒリヒリズキズキしてたほっぺたが治った感じがした。
なになに? これなに?
今度は、ベロンチョと皮がむけて、血が流れてる腕に手をかざす。右も、左も。
おお、血が止まったよ。すげー。なになに? ホイミ? ケアル?
「あとは? 痛いとこある?」
「あ、足。右の足首」
「骨折れてる?」
「わかんねえけど、くじいただけじゃないかなー」
希望的観測ですけど。でも動かさないでいれば痛くないから、骨じゃないと思う。たぶん。
また、ぶつぶつ言って難しい顔をして、俺の足に手をかざす。足首が温かくなる。じんわ──。
「どう?」
ちょっと持ちあげて、足首をまわしてみる。少し違和感はあるけど、痛みはない。これなら歩けそうだ。
「すげーなー。なにこれ? 回復の魔法?」
「結界張るトナエゴトの応用だよ。骨が折れてたりしたらそれは治せないけど。血を止めたり痛みを少なくしたりくらいはできるよ。知らないの? あんなすごい浄化のハライゴトができるのに」
あ、あれはまぐれですー。
「ありがとな。楽になった。すげーな、おまえ」
身体の痛いのがなくなったんで、よいしょっと起きあがってみる。
そこは、小さな河原だった。いわゆる渓流っての? ところどころに小さな滝のような落ち込みがあって、白く泡立ちながら狭い幅の川が流れている。これがその、サギリがさがしてたナントカって川か?
この崖を落っこちたおかげで、川沿いに出られたってこと? 不幸中の幸い? バケモノの大群からも逃げられたんだから、一石二鳥?
首をねじって、俺らが落っこちてきた斜面を見あげてみた。結構高い。かなり急斜面。てっぺんには、こちら側に大振りな枝を伸ばした大木がびっしりと並んでいて、俺らが飛び出したところだけが、ぽっかりと黒く口をあけている。
あんなところから、改めておりてこいって言われたって、いやだよなあ。別の道、さがしちゃうかもだなあ。
正面を見ると、山の端に夕日が沈むところだった。
日が沈んじゃったら、やべーんじゃねーの? 山の夜は怖いよ?
川沿いの河原は細くて、大岩がごろごろしているけど、なんとか川をたどって上流にいけそうだった。
「その、ジヌミがいるっていう目的地って、まだ?」
「う──ん、たぶんあの山のどこかだと思うんだけど、この川の上流ってことしか聞いてないんだよね」
川の上流に見えるひときわ高い山を指して、サギリがさすがに心細げに言う。夕日の逆光になって、その山はこちらからはもう真っ黒に見えた。不気味~。
「どうすんだよ。もう日が暮れるだろ。真っ暗になるよ?」
「うん……。歩けるだけ歩いて、暗くなったらそこで朝を待つしかないね」
あっさり言うなよー。この野生児がー。怖くないのかよ。山の中で野宿。
「その……、動物とか、いない?」
「? いるよ。山だもん」
「いやその、オオカミとか、人を襲うようなやつってことだけど」
「いるかもしれないけど、大丈夫だよ。火を焚くし」
はあ……。じゃあお任せしますー。
年上だとか、男だとか言っても、俺はこっちにきてから、まだ数時間だ。いわば初心者。ここは、こっちの世界十四年の、ベテランの言うこと聞くしかないよな。
「んじゃ、行くよ」
今度はサギリが先に立って歩き始めた。おや~? 俺がもう逃げるとか、言わないんですか?
岩を乗り越えたり、小さな流れを飛び越えたり、斜めに倒れかかっている木の下をくぐったりして、よいしょよいしょと歩く。藪を漕ぐのとどっちが楽かって言われたら、どっちもどっちだけど、でも進んだだけ景色が変わるから、山の中を歩くよりも気は楽だ。
ときどき後ろを振り向いて、どれくらい登ってきたのか、確かめることもできる。川の両側に垂れさがっている木の枝の合間から、さっき俺らがいた小さな河原が見えた。
結構進んでんじゃん。
しばらく、歩いたり飛びおりたりよじ登ったりして川をさかのぼり、夕暮れが迫ってついに足元がよく見えなくなったころ、やっとサギリが立ち止まった。
とっくに太陽は、山の向こうに沈んでいる。
「完全に真っ暗になっちゃうと、たき火の準備もできなくなるからね」
サギリは川の上に張り出している大岩の上に登って、俺を手招きしている。よじ登ってみると、上は平らな岩だなになっていて、ふたりだったら余裕で横になれそうだ。
「ここなら、なんかが近づいてきてもすぐ襲われることはないし、川の水が増えても大丈夫でしょ」
キャンプの達人ですか。
「その辺で、たき火にする木、拾ってきてくんない?」
はいはい。お安いご用で。
なんか、サギリのでかい態度もあんまし気にならなくなってきた。さっき、怪我を治してもらったからかね。なんというか、サギリもへらず口を叩かなくなったような気がする。
河原におりて薪拾いをする。まわりに木は腐るほどあるし、特に雨の後ということもないようで、乾いたいい感じの薪が、すぐに腕いっぱいに集まった。
「こんなもんで、いい?」
「うんー、もうちょっと太いのない? あと炉を作るから、これくらいの石を何個か拾ってきて」
とかなんとか言いながら、やっと岩の上でたき火の準備を始めたころには、やっぱりあたりは相当暗くなってしまっていた。
サギリは背中にしょっていた布製のリュックのような袋の中を、ごそごそかきまわしている。
「う──ん、よく見えなくて、見つからないー」
火を点ける道具をさがしているらしい。こう暗くっちゃなあ。まわりを見渡せば、目が慣れてるせいもあって、まだそれなりに景色は見えるんだけど、手許となるともう難しい。
「あー、もうちょっと明るいうちに止まればよかった」
ま、でも少しでも先に進んでおきたいってのは、人情ですからね。
拾ってきた薪をたき火用に岩だなの真ん中に積みあげて、ひと休みっと腰をおろした俺の尻に、コツンと当たるものがあった。
お。そうだー! これがあったじゃん。ミトちゃんのお父さん、ありがとう~!
ジーンズの尻ポケットから、小型の懐中電灯を取り出して、スイッチをひねる。これは、グリップての? 持つ部分をカチッとまわすと点くようになってるタイプだ。
ピカ───ッ。
薄闇に慣れた目にはビックリするような光量で、灯りが点いた。
「うわ、うわ、うわ────。なんだよなんだよなんだよ。それ────!!」
驚いたサギリが岩の上から転がり落ちそうになって、俺はあわてて腕をつかむ。
「俺のいた世界から持ってきた灯りだよ。今まで持ってたこと、忘れてた」
「そんなん持ってたんなら、もっと先に行けたじゃん」
俺も、ちょっとそんなん思ったんですけどね。でも、これって単二電池が二個くらいしか入ってない大きさだし、この光量からして、点けっぱにしたら、たぶん一時間くらいしかもたないんじゃないんですかね? どのくらい電池が残っているのかもわからないし。途中で、それこそ真っ暗になるのは避けたいしなあ。
「う──ん。これはさー、この光の元のエネルギーってか力がさ、この細長い部分に入ってんだけど、これは光が点いてるとどんどん減っちゃうわけね。たぶんそんなに長いこと点けてられないと思うから、やっぱたき火した方がいいと思うよ。ほら、今手許を明るくする間くらいなら大丈夫だから」
「へえ──。そうなんだー。油の灯りみたいなもんかー」
そうそう。この世界にも灯油ってのはあるのか。
懐中電灯で手許を照らしてやっていると、サギリは荷物の中から取り出した火打ち石となにやら細々した道具でもって、すぐに火を熾した。すげー。サバイバルー。
たき火が安定して燃えるようになったんで、俺は懐中電灯をまた尻ポケットに突っ込む。今度は忘れないようにしようっと。
サギリはまた荷物をごそごそやって、俺に黒い物と白っぽい丸い物を手渡してきた。
「干し肉と木の実の焼いたやつ。こうやって少し火にあぶって食べると、まあまあおいしいよ」
サギリは帯にさげていた小振りな鉈のような刃物で木の枝の先を少し割ると、それに丸いのを挟んで火にかざした。へえー。
干し肉はかたかったけど、かみしめていると味が出てきておいしかった。ビーフジャーキーって感じ? 牛じゃないっぽいけど。木の実の焼いたのってのは、ビミョ~。なんかの実を砕いて焼き固めたクッキーみたいなもんなんだけど、甘いかしょっぱいかどっちかにしてくれーっていう、インパクトのない味。でも、贅沢は言いません。空腹は最高の調味料でございますよ。
もっと食べたかったけど、「あとは明日の朝の分」と言って、サギリは袋の口を閉じてしまった。うえーん。でも、まあしょうがない。食料は大切にしなきゃね。
今度こっちに来るときは、チョコレートとキャラメルとカロリーメイトを持ってこよう。……あー、また来ることがあるとしての話だけどね。
「さっきさ、あのさ、山の中で助けてくれて、あのさ、ありがと、ね……」




