第六章・俺の息子?? -2
「ここ」
唐突にサギリが立ち止まったんで、俺はたたらを踏んでサギリに抱きつくような格好になった。
「なにすんだよっ」
「あ、ごめんなさい」
思わず素直に謝っちゃう俺。ま、チビとはいえレディの身体に触れてしまったわけですし。
「ふん」
ふんてなに? ふん、てっ!
ほんっと、こいつって腹が立つ。ツキミ以上に腹が立つ。てか、得体が知れない分、ツキミよりも始末に困る。
「こっから登るから」
サギリが指した先には、たまたまそこに木が生えていませんでしたってくらいの、言われなければわからない細ーい道があった。てか、道か? これ。ただ通れるってだけのことなんじゃ……?
「おじさん、先行って」
「なあ、その、おじさんての、やめてくんないかなー」
控えめにお願いしてみる。だってやなんだもん。
「じゃ、なんて言えばいいんだよ」
「スサノオ、でいいよ」
トラウマの元の名前だけど、なんかここでは「高木」じゃヘンな気がするし、スサノオって名前で俺のことをいじめるやつらは、ここにはいないはずだからな。
あー、二千年くらい前の時代設定ってことは、古事記に載ってるようなあのスサノオの話って、こっちではどうなってるんだろう。昔話みたいに語られてるとか?
「なあなあ、スサノオって名前で、他に有名なやつっている?」
ちょっと聞いてみる。
「なんだよ。あんたがスサノオだろ? あんた有名なの?」
冷たい。冷たいよサギリちゃん。いっくら俺が憎いおじさんだと思ってるからってさー。もうちょっと優しくしてほしい。
「あんた以外知らないよ。スサノオなんて名前のやつ」
「昔話とか伝説とかにも、いない?」
「聞いたことないなー」
あ、そう。んじゃ、かの有名なスサノオノミコトのお話は、ここではまだ(まだ?)できていないんだ。いじめられる心配なしっ。おげ。
サギリに尻を突かれて、藪に足を踏み入れる。スニーカーは、とっくに茶色だ。
もういーや。
「あ、ちょっと待って」
がく。なんですかー?
「結界張らなきゃ。山の中は、いろいろいるから」
そう言って、サギリは口の中でなんかぶつぶつ唱えると、
「やえがきっ!」
とひと言発して、かしわ手を打った。ピイイ──ンとあたりの空気が張りつめて、なんとなくどんよりしていた気配が追い払われる。俺の結界より強い。くそ。
あれ? でも「やえがき」って……。
「ほら、スサノオ、早くっ」
今度は、尻に膝蹴りを食らわしてきた。いてーよ。わかりましたよ。行きますよ。
「藪を漕ぐ」っていうのは、こういうことを言うのかと、よーくわかった。
腰の高さに茂っている、ワシャワシャのガサガサのチクチクの藪を、手を伸ばしてー、ぐいーっとかきわけてー、そのタイミングで身体を一歩前へー。また手を伸ばしてー、かきわけてー、一歩前ー……。
藪が水で、手がオール? 半袖の俺の腕は、あっという間に擦り傷だらけだ。山歩きの基本は長袖長ズボン、て習ったよな。小学校の林間学校のとき。んでもって、ジーンズはダメなんだよな。動きにくいから。
全然ダメじゃん。
しかも、藪で見えない足元は、岩あり、倒木あり、ぬかるみありで、全然平らじゃない。不用意に足を踏み出すと、すっころぶか足をくじくハメになりそうで、一歩一歩つま先でなにがあるか確かめながらじゃないと、歩けない。ふい───っ。
そんな調子なんで、漕いで漕いで漕いでるけど、なかなか前に進まない。ていうか、進んだ感じがしない。山の中って景色が変わらないから、どれくらい進んだのかわからないんだよっ。
「なー、これで道、合ってんの?」
後ろのサギリに聞いてみる。サギリにもこの山道は結構きついらしく、はあはあいう息づかいが、すぐ後ろから聞こえていた。
「たぶん」
「たぶんてなんだよー。間違ってたらどうすんだよ。遭難かよー」
「あたしだってわかんないんだよっ。たぶん合ってるよ。右側から川の音が聞こえてるから。あれが聞こえなくなったらやばいけど、まだ大丈夫。あの川に出られればいいんだけどさ。だから、わかれ道があったら右に行ってよ。わかった? スサノオ」
あいかわらず態度がでかい。中坊のくせに。
わかれ道って、この藪の中が道と呼べるものならなー。しかし、まわりはびっしりと太い幹の木が生えていて、枝道のようなものはなかったように思う。それにたしかに、右方向からは、古いレコードの雑音のような水音が途切れずに聞こえていた。
ザーザーザーザー、シャーシャーシャーシャー、ザザザザザ、ホケーホケー、ジジジジジ……。
なんか、こう、山の中の音ってずーっと聞いてると、気が遠くなる感じがするね。おんなじ音の繰り返しだからかな。催眠効果ってゆーか。
「ほらー、早く行ってよ。遅いよ」
「そんなら、おまえ先に行けよ」
むきっ。
「だって、見張ってないと、スサノオ、逃げちゃうじゃんよ。ジヌミのとこまで、ちゃんと連れていかないと」
「もう逃げねえよ。そのジヌミってのに会って、聞きたいこともあるし」
「やっぱ父ちゃんなんじゃん。聞きたいこととか言っちゃってー、素直になんなよ」
「ちげーよ!」
「まあまあ、最初に違ーうって言っちゃったから、引っ込みがつかなくなってんでしょ? そういうことってあるよねー。わかるわかる。でも、よーく考えたら、自分が間違ってたかもーとか思っちゃって、でも謝りたくなーいとかさー。スサノオはあたしのおじさんなわけだし、まあ、えらそうにしたいって気持ちもわかるよ。うんうん」
うんうん、じゃねーよ。わかるわかる、じゃねーよ。
ひとりで納得してんじゃ、ねーーっ!
「ほらー、早くー。ジヌミが待ってるよ」
また、尻を蹴られた。くそ。
はいはい。俺だって、いつまでもこんな景色の変わらんないとこにいるのはいやですよ。
また漕いで漕いで漕いで漕いで漕いで……。
進んでんだか止まってんだか、なんだかもう~~。
はあはあ。ぜえぜえ。
漕いで漕いで。
……………。
なんだか、陽が陰ってきたような気がする。
チラチラしてた木漏れ日がなくなったし、森の奥が、薄暗ーく見通しが悪くなった。
今って、何時頃なんだろうか。ミトちゃんちを出て裏山の祠に向かったのは、確か午後二時頃だったと思うけど。
ってゆーか。こっちの世界の時間てどうなってんのかね。一日は二十四時間? 向こうの時間とは連動してんの?
日が暮れてきてんなら、山の夕暮れは速いっていうから、やばいんじゃないの?
「なあ、サギリー」
と振り向いたときに、そいつらはやってきた。
サギリの後ろから、どわ───っと。ぐわ──っと。




