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第五章・扉の向こう -2

 俺は最初、でかい鏡が扉の中にぴったりおさまっているのかと思った。

 扉の向こうには狭い岩穴が続いていて、その先にぽっかりと開いた出口からは数本の木の幹と鬱蒼と茂った下草が見えた。チラチラと木漏れ日が地面に当たっている。

 しかし、鏡なら映っているはずの俺の顔も、後ろのミトちゃんやツキミの姿も、そこにはない。

 念のため振り返って、ミトちゃんとツキミが、俺のまだすぐ後ろにいることを確認する。

 ……てことは、向こう側も洞窟になっていて、そこに見えてるそれが、あっちの世界ってことですか。


 なんか。安直じゃないすかね?

 普通、あっちの世界とこっちの世界の通路ってったら、ビュ──ッとかゴ──ッとかいって、なんかに巻き込まれて吸い込まれてとか、少しは道程とか仕掛けとかってもんが、あるんじゃないですかね?

 それが、すぐそこ。こっちの世界から見えてるし。

 う───ん。誰か、俺のことを騙そうとしてませんか──?

 他の人のご意見も聞いてみようと俺が口を開くより先に、後ろでミトちゃんの声がした。

「真っ暗だわ~。中になにかあるのかしらねえ~」

 へ?

「……そやな。真っ暗や」

 一拍遅れて、ツキミも同じことを言う。

 見えない……んですか? みなさま。あの洞窟の出口が、あの緑の木陰が。

「ちょっと、お父さん~。懐中電灯、貸してくださる~?」

 ミトちゃんは、穴の外に立っているお父さんから灯りを受け取り、手を伸ばして扉の中を照らしてみている。ああん、俺の脇腹に、ミトちゃんのフクフクの腕が~。

「なにも、見えませんわね~」

「……せやな」

 ……ああ。わかりました。あくまでも俺にひとりで行け、と。そういうことでございますね。

 ま、ちょーっと様子を見て、すぐに戻ってくればいいんだし。

「ちょっと、俺、中調べてみるから……」

「え? あ、行くんか?」

「大丈夫かしら~? 落とし穴、なんてことはないかしら~?」

 う──ん。落とし穴はここからは見えないなあ。俺には。普通に、土の地面がありますよ。すぐそこに。こっから手を伸ばしても、さわれます。ぺたぺたと。

「じゃあ、これ持って行かれるといいわ~」

 ミトちゃんがでかい懐中電灯を渡そうとすると、穴の外からお父さんが、

「狭いとこに持っていくんなら、こっちの方がいいんじゃないか?」

 と言って、細身の懐中電灯を渡してくれた。ジーンズの尻ポケットにも入る小さいやつだ。災害用持ち出し袋とかによく入ってるような、小さいけど光量が結構あって明るい最新型。すげー、お父さん。

 でも、これ、必要ないみたいですけどー。あっちはすごく明るいですよ。昼間みたいだしー。

 断ろうと思ったけど、他の人たちには真っ暗に見えている扉の中に入ろうとしているわけなのだから、ここは受け取らないとヘンに思われるか、とかぐるぐる考えて「あ、はあ、すいません」とかなんとか、もごもご言って受け取った。


 中腰で扉をくぐろうとして頭をぶつけ、結局四つんばいになった。かっこわる。

 別に扉をくぐっても、このまえ無理矢理連れてかれたときみたいに空間が歪むとか、ゲロゲロとか、そんな感じは全然なく、今までいたのとまったく同じような岩穴の中に、俺は中腰で立っていた。

 振り向くと、扉の向こうでは、ミトちゃんとツキミが不安そうな顔をしてこっちを見ている。ミトちゃんの口がぱくぱく動いて、ツキミがうなずいているけど、声は聞こえない。たぶん、向こうからこっちはもう見えてないんだろうな。ミトちゃんの視線は焦点を結んでないし、ツキミとはなんだか目が合っちゃったけど、その表情は動かなかった。

 不思議なのは、観音扉を向こう側に向けて開いたはずなのに、こっち側にも同じように開いた扉があることだ。ま、鏡のあっちとこっちってことなのかね?

 こっちから手だけを向こうに突き出したらどうなるんだろうと、ふと思って、やってみた。

「あ、びっくりした~」

 急にミトちゃんの声が、聞こえる。

 向こう側にあるのは俺の手首から先だけなのだけど、それに繋がる俺の顔も向こうからは見えるようになったらしい。俺の目を見て、ミトちゃんがちょっと笑った。

「なんやの? 忘れ物?」

「あ、いや、なんでもない」

 今、ツキミの口調にちょっとした違和感を感じたのだけど、なんなのかはわからなかった。じゃあね、と手を振って引っ込める。

 う──ん。穴の外に出てみないわけにはいかんでしょうなあ。心細いよう~。

 出口から首だけ出して外を見てみる。姿勢は中腰。そろそろ腰がつらくなってきましたよ。一気に外に出て、思いっきり伸びをしたいです。

 穴の外には、ほぼ同じ山の中の風景があった。まわりを木に囲まれたちょっとした平らな場所があり、その向こうには下りの道が続いているようだ。

 よし、外に出よう! と決心して、その前に何の気なしに穴の奥を振り返ってみて、ぎょっとした。

 扉が、閉まっている……。

 あわてて戻って、扉を開ける。

 扉の向こうには、さっきと同じミトちゃんとツキミの顔が見えた。また手を突き出してみる。

「あ、びっくりした~」

「なんやの? 忘れ物?」

 またふたりして同じことを言う。まあ、何度も消えたり現れたりしてたら、こう言うしかないか……。

「あ、あのさ。ちょーっと奥が深いみたいだから、俺、この先も調べてみるから」

 穴から出て山道をおり、なにがあるか見てくるだけでも三十分くらいはかかるだろう。ほんの小さなお堂の中を調べるだけだと思って、そこで待ってるふたりやお父さんに心配をかけたらいけないと、俺はひと言断っておくことにした。

「だから、う──ん。一時間くらいかかるかもしんない」

「そんなに?」

 ミトちゃんが目を丸くする。あ、もう、そんなに心配してくれなくとも~~。

「うん、いや、なにがあるかわからないからさ……」

「あぶなくないんですの~?」

「うん、それは大丈夫そう」

 わからないと言いながら、大丈夫そう、とはこれいかに! 説明のしようがないんで、ヘンテコな言い方になっちゃうんだよ。ごめんよミトちゃん。

 さらに、一時間たっても戻らなかったら……と言いかけて、やめた。余計な心配させるだけだし。そんときはそんときだ。えーい。

「こっちはちゃんと待ってるから、はよ行きや」

 なんか、冷たいよツキミ。まあ、いつものことだけどさー。

 んじゃ、行ってきます。

 

 ひんやりした穴の中に比べると、外は蒸し暑かった。むっとする草いきれが身体にまとわりつく、そんな感じ。湿気が多いのかもしれない。

 穴の前には若い木が二本生えていて、外に出て振り返ってみると、丁度、岩穴の目隠しのようになっていた。

 誰かが穴を隠すためにわざわざそこに植えたみたいだ。

 う──ん……。そうなのか? もしかして親父の仕業? そうかもな。

 見あげると、そこにもやはり湧き水に濡れた岩壁がそびえていて、頂上は見えない。

 でも、暗い感じはしない。葉っぱの間から陽が射しているせいもあるけど、なんというか、全体に明るい。

 ふ──ん……。あっちの世界っても、山の中に関しては特に変わったとこはないみたいですなー。草の葉が蛇の頭になってるとか、木が逆さまに生えてるとか、地面がピンク色とか、そんなことはなく、ごく普通の山の中だ。

 さて。この山をおりてみるか否か……。一本しかない下りの道を上からのぞき込んで迷っていると、そいつは唐突にやってきた。

 うなじの毛が逆立って、頭のてっぺんに向けてゾゾゾゾと鳥肌が立つ。

 う、わ──。忘れてたよっっ! ミトちゃんから離れたんだから、結界張らないといけなかったのに────!

 振り向くと、岩壁の上の方からお馴染み巨大まっくろくろすけが、ぐお──っとおりてくるところだった。

 もう、行き先がどうなってるかなんて確かめる余裕もなく、下り坂を駆けおりる。山の中の踏み跡って感じの細い道は、気をつけてないと道じゃないところに踏み込んでしまいそうだ。でもでも、そんなの気にしてらんないし────!

 ぐごげごぎぎぎぎーっと、後ろからはバケモノ特有のうなり声が聞こえてくる。世界が違っても、バケモノの声は共通なのね。

 見た目も、殺気も、そして、俺が襲われ体質なのも。うえ──ん。

 転がるようにして坂道を駆けおりていくと、すぐに右への曲がり角になった。この道をおりると、こっちの世界のミトちゃんちが、あるのか?

 しかし、曲がった道は石段ではなくて、それまでよりは、ちょっとは広く道らしくなったものの、ごろ石と土の山道のままだった。

 全速力で駆けおりるにはグラグラの石段じゃない方がよかったのかも、とか思いながらまだまだ走る。坂道で加速がついて、俺の足は、本来の能力以上の早さでもって回転していた。


 転ぶ、転ぶ、うわ───!! 転ぶ────!


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