第四章・彼女のお宅訪問 -4
「俺……僕にもよくわかんないですケド」
目の前に置かれた小さな包みを、俺は手に取るべきかどうか迷っていた。いや、手に取るのはいいんだけど、ここで開けていいものかどうか……。
だってなー、あの親父のことだ。開けてみたらびっくり箱~、とかいうことがないとも限らないし。それをこの人たちの前で開けて、間抜けなことになるのもなー。やだなー。
「なー、はよ、開けてみいよ」
端が少し黄ばんだ包み紙を見て迷っていると、ツキミがじれたように声をかけてきた。顔をあげると、好奇心満々の四対の目が、そこにあった。
う──ん、ここで開けないわけにはいかないだろうなあ。びっくり箱だったらやだけどなあ。
「開けな、なに入ってるかわからんやんか」
うっさいなー。わかったよ。開けりゃいいんでしょ開けりゃあよっ。ヘンなの出てきても笑うなよっ。……って言っても笑うんだろうなあ。せつないなあ。
まず付箋を剥がし、そっと持ちあげて、底の部分についていたセロテープを剥がす。八年経って粘着力がなくなったセロテープは、爪の先で触っただけでポロリと落ちた。黄色に変色している。
持った感じでは、中身は缶か? 思ったより軽くて、持ちあげた時は、ちょっと力加減がわからなくて落としそうになった。空じゃねえのか? いやな予感にドキドキする。
ぐるぐると包んである紙を、中のものを逆さにしないように注意しながらはずしていく。なにが入っているかわからないからね。逆さにしたらドロ~ンとか、かんべんしてほしいし。そんなものが入ってる感じはしないけどな。念のため。
包み紙は、やっぱり大学ノートの一ページ分だった。水色の罫の入ったやつ。裏も表も、なにも書かれてはいない。
そして中から出てきたのは、ピンク色の缶だった。……蝶つがいで片方に開くようになっている蓋には、キティちゃんとダニエルくんが手をつないでいる絵がプリントされている。
は~~~……キティちゃんかよっ!
「キティちゃんや」
「キティちゃんね、キティちゃんね」
「キティちゃんだわ~」
「キティちゃんですな」
重要なのはそこですかっ!? みなさんっ!
まあでも、突っ込みどころだよなあ。こんな思わせぶりに包まれた箱がキティちゃんとは、誰も思わないもん。普通こういうときは、蓋に謎の文字が彫られた木箱とか、布貼りの箱とかだよな。親父、ナイスセンス!
べつに鍵がかかっているわけでも仕掛けがあるわけでもなさそうな蓋を、揺らさないように本体をしっかり押さえつつ開ける。
パカンッと軽ーい金属的な音がして、難なく蓋は開いた。
チャラララ~~~ン! 勇者スサノオは魔法の巻物を手に入れた!
じゃなくてー。
中に入っていたのは、石のペンダントらしきものだった。
いわゆる勾玉の形、丸にしっぽがついたみたいなあの形の、丸の部分に穴が開いていて、ひもが通してある。石の大きさは縦つーか長い方が二・五センチくらい。
茶色の革らしきひもをつまんで持ちあげてみると、やはりペンダントくらいの長さだ。
石の色は黒。表面につやはなく、黒の碁石みたいな感じ。
石をてのひらに乗せてみる。とくにあったかいとか冷たいとかはなく、ごく普通の石の感触と重さだ。
石も革ひもも、古いとか汚れているとかもなく、なんだか、そのへんの土産物屋で売ってるものみたいだ。
「なんだろう、これ?」
「勾玉、やな」
「勾玉ですわね~」
いったいこれを、俺にどうせいと言うのでしょうか。親父様~。
手に取ればピカーンッとなにもかも謎が解ける~、みたいなアイテムをひそかに期待してたんですけどね。なにも感じませんね。
やっぱ甘かったですか。
「なんか他に入ってへんの?」
ツキミが缶の中をのぞき込んでいる。
なにも入ってないように見えたのだけど、缶の底にぴったりはまるように、折り畳んだ紙が敷いてあった。包み紙と同じ、ノートの紙らしい。
端っこを爪で引っかけて取り出す。見事にぴったりはまっていたので、破らないで取り出すのに、ちょっと苦労した。
広げてみると、そこには親父の字が書いてあった。角張った小さめの文字。これは見間違いようがない。忘れようったって忘れられない、親父の筆跡だ。不覚にもちょっと泣きそうになっちゃったよ。
だって、トナエゴトを書いてもらった紙を俺、ずっとパスケースに入れて持ち歩いてるもん。お守りだもん。今でもときどき開いて見てるもん。
「道反しの玉
これがあれば、もとの場所に帰って来られる。
ただし、一時も肌身離さず身に付けたままでいること」
缶の底から出てきた紙には、真ん中にそれだけが書いてあった。
「ちがえしのたま……?」
「これ、ちがえしのたま、って読むんですの?」
一応、上代文学が専門ですからこれくらい知ってますよー。みちがえしのたま、とも読むらしいけどね。
確か、ニギハヤヒノミコトだったかがアマテラスオオミカミから、天孫光臨の際に授けられた宝物のうちのひとつだったような……古事記じゃなくて日本書紀じゃなくてなんだっけ、違う本に載ってる話だったような……。あ、詳しく聞かないでください。後で調べておきますですー。
それよりも問題は、「これがあれば、もとの場所に帰って来られる」の方だよ。
これって、あっちの世界とこっちの世界を行ったり来たりするときのことを言ってるんだよな。今までの伏線からして。
でも、ちゃんとした入り口から行ったら、帰ってこれるんじゃなかったんですかっ!? ワカサヒコさん!
いつの間にか現れて、ちゃっかりミトちゃんのお父さんとお母さんの間から顔をのぞかせていた、シナツヒコとワカサヒコに向けて、俺は念を飛ばした。
(どーゆーことだよっ!?)
「わかんねえよ」
「ちゃんとした入り口から入れば、帰ってこられるはずですよ。それは確かです」
じゃ、これは必要ねえじゃんか。
シナツヒコもワカサヒコも、首をひねっている。こないだからおまえら、なんか調子悪いんじゃないですか? いつものえらそうな態度はどーしたよっ!
「とりあえず、これは高木さんにってお父さまが残した物ですから、高木さんが肌身離さず持っていたらいいんじゃないのかしら~」
急にミトちゃんが言ったんで、俺はワカサヒコたちとの会話に加わってきたのかとぎょっとした。
「無事に帰ってこられる、旅のお守りってことなんじゃないかしらね~」
「そうね、そうね。お守りだわ、お守りだわ」
ミトちゃんは俺らの心の会話が聞こえたわけじゃなく、俺が急に黙っちゃったもんだから、気を遣ってくれちゃっただけのようだった。ごめんよ~。
いやこれは、と説明しようにも説明のしようがないので、「そうですねえ」とかなんとか言って、俺はおとなしくその勾玉を首からさげ、シャツの中に入れた。外側にぶらぶらしてるのって、なんだか落ち着かないし、「肌身離さず」ってんだから、この方がいいんじゃないですかね?
石はすぐに俺の体温と同じになり、重いもんでもないので、首からさげていてもそんなに気にならない。
缶に入っていた紙は、また小さく折り畳んで、パスケースに入れた。
「お守りはいいですが、これじゃあ、お父上の行方の手掛かりにはなりませんなあ……」
お父さんがすまなそうに言う。
お父さんがすまながることは全然ないんですよっ! こんなね、暗号みたいなことしておもしろがってるうちの親父が悪いんですっ! 絶対おもしろがってますって、これ。
それに、他の人が見たらわけわからんでしょうが、手掛かりありまくりですからー。
要するに、これを身に付けて入り口に来いと、そうゆうことでやしょ? オトウサン?
俺は、ため息をひとつついて立ちあがった。
「すいません。その、親父が最後に行った祠って、どこにあるんですか? 行ってみたいんですけどー」




