第四章・彼女のお宅訪問 -3
通されたのは、いかにも地方の大きな家のお座敷って感じの和室だった。床の間があって、天然木でできてるらしい大きな座卓があって、あとはあんまり物がない。
ふかふかの座布団が、ちょっと落ち着かないです。
「お昼まだでしょ、まだでしょ。おそうめんだけど、おそうめんだけど、好きかしら、好きかしら」
「あ、いや、あ、いや、好きです、好きです」
うつっちゃったよ。
そんな俺を、うふふと笑って、ミトちゃんはふわっと立ちあがった。
「お母さん、お姉さまはお部屋?」
「そうよ」
「じゃ、ちょっと行ってくるわね~」
え? お姉さま? ミトちゃんが行くなら俺も御挨拶に……。
「大丈夫やから、座っとき」
ミトちゃんの後を追おうと腰を浮かせた俺を、ツキミが引っ張って座布団に引き戻した。
だってだって、大丈夫じゃないよ。俺の安心の白い光ちゃんが~……。
ミトちゃんの後ろ姿を見送る俺の目の端に、ツキミの右手が、なにかを空中に描くようにスイッと動くのが見えた。
?? 虫でもいましたか?
「ミトのお姉ちゃんのイチコちゃんな、いわゆる引きこもりちゅうやつなんや。他人と会うのがしんどいんやて。ほっといてあげてや」
ああ、他人様のご家庭にはそれぞれ事情ってもんがありますからね。了解~。
それよりもさっきの右手の動きって……。
「さあさあさあさあ、食べて、食べて~」
ミトちゃんのお母さんが、大きなお盆にそうめんと、色とりどりの薬味や漬物を盛ったお皿を乗せてやってきた。ツキミが立って、配膳を手伝う。ふーん、なんか女の子っぽいじゃん~。
とか感心して、ぼーっと見てたら、
「あんたも手伝わな、食わせへんで」
と、三人分の小皿と箸を手渡された。
ごもっともです。はい。
ミトちゃんとツキミと俺の席の前に、小皿と箸を並べてまわる。
お父さんはさっき、俺らをこの部屋に案内して「まあまあ、まあまあ、座って、座って」と言って出ていったきり、まだ戻らない。
「あの、お父さんは……」
お母さんに聞いてみる。特に今聞かなくともいいようなことだけど、こう~、初対面の俺としては、黙ってるのが非常につらいんですよ。そういうもんでしょ?
「お父さんと私は先に食べちゃったのよ~。いいから、いいから、食べて、食べて~」
お母さんにすすめられて箸を持ったところに、ミトちゃんが戻ってきた。
「ごめんなさいね~」
いえいえ、なんの。
「お先にいただいてまふ」
そうめんを口に入れつつ言う。お行儀悪し。
戻ってきた白い光のそばで食べる冷たいそうめんは、おいしいですよ。
……ん? でも、今ミトちゃんがそばを離れてる間も、なんの気配も身のまわりに感じなかったのは、なぜ?
結界張るのも忘れたのに。短い時間だったけど、こういうときこそ、どわーっとなんかが湧いてきたりするもんなんですけどね。気配も感じないなんて、そんなこと今までなかったような……。
この家自体が結界になってるとか? う──ん、そんな風には感じないけど。
神社だから? あんま関係ないんだけどね、他では神社だろうが寺だろうが。
ここはミトちゃんちだから?
う──ん。う────ん……。
「高木さん~、どうなさったの~? そうめん、お口に合わないかしら~?」
考え込んじゃって、箸が止まっちゃってたらしい。ミトちゃんとお母さんが、心配そうに俺をうかがっている。
「あ、いえ、あ、いえいえ、そんなことないです~。あのちょっと考え事を……」
あわててそうめんを口に詰め込む。うぐぐ。
「そうよねえ。お父さまのこと考えたら、ご心配よねえ」
お母さんが両手を胸の前で組み合わせて言う。あ、そっちに行きましたか。まあそういうことにしといてください。とりあえず、うぐうぐとうなずいてみる。
「あの八年前のときから、行方不明のままだったんですってねー。全然、存じあげなくってー。ごめんなさいね」
あいや、そんな、謝られても。うぐぐぐ。首を振りたかったけど、そうめんが口からはみ出したままだからやめておいた。
「八年前にうちにいらしたときにね、もう一度祠に行ってくるって言って出ていらしたあと、うちにはお戻りになられなくってね。その、ちょっとその、変わった方っていうのかしら? あ、あらあら、ごめんなさいね、ごめんなさいね。でもでも、学者さんにはよくあるんじゃないかと思うんですけどね、研究一筋で、あまり他のことは頓着しない方っていらっしゃるでしょ? すごいなって思いますのよ。そういう、打ち込めることがおありになるってね」
あ、そんなに気を遣っていただかなくともいいです。うちの親父がヘンなだけです。
「なもんでね、祠に行かれたっきり、うちの方には戻られなかったのだけど、まあ、その、なにかお考えがあって、そのままお帰りになったんだろうって、そんな風に思ってしまいましてね。もうもうホントに、この間ミトから高木さんのお話を聞くまで、ずーっとそう思い込んでたんですよ~。正直言って、申し訳ないことだったんだけど、私なんかもう忘れかけてましたし~。お父さんなんか、八年前のときは、挨拶もなしに帰るなんてって、怒ってたりね~」
「おいこら、おまえ! なに余計なこと言ってんだ!」
シターンッと障子を開けて、お父さんが入ってきた。
「あらあらあら、ごめんなさい、ごめんなさい。でも本当のことじゃありませんか~」
どかっと、俺の正面に腰をおろしたお父さんの手には、小さな四角い包みが乗っていた。
その包みを目の前の座卓に置くと、お父さんは手を膝に当てて、深々~と頭をさげた。
「いやまったくうちのやつの言うとおりで、このとおり、申し訳なかった! 戻ってこないのを勝手に帰ったなんて、思い込んじまったもんだから。あのときにちゃんとさがしたり届けを出していれば、スサノオくんやご家族にもご連絡ができただろうに。本当に、このとおり、申し訳なかった──!」
あ、そんな。ごっくん。あわてて俺も、箸を置いて手を膝にー。
「すいませんすいません。こっちこそ、父のせいでこんな、ごごご心配おかけしまして、ホントに申し訳なかったですー。あのあのあの、たぶん、あ、絶対うちの親父が悪いんで、その、お気になさら、さららず……」
あいた。噛んじゃったよ。
でもホント、絶対あのくそ親父が悪い。ったくよー。八年後に息子が頭さげることになるって、知ってましたかってんだよ。
……知ってたかもな、案外。
ミトちゃんのお母さんに「まあまあまあまあ」となだめられて、残ったそうめんを平らげ、座卓の上が片づいたところで、お父さんは、持ってきた小さな包みを俺の方に押してよこした。
てのひらにすっぽりと入るくらいの大きさの直方体のものが、たぶんノートのページを破り取ったらしい紙に包まれている。
上に黄色い付箋が貼ってあって、それには「息子のスサノオくんに渡す。高木龍吉先生より」と書かれてあった。ミトちゃんのお父さんが忘れないようにと、書いておいたものだろう。
「私も実を言うと、ずっと忘れておったんですけどね。ミトから、高木スサノオさんという先輩がいる、という話を聞いて、あっと思い出しましてね。いやいやいや、思い出せてよかったですわー。高木さんは、あ、お父さんの方ですが、このことをわかっとったんでしょうかなあ?」
たぶん、はったりです。……でもなあ、謎なやつだからなあ、あの人は。




