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第四章・彼女のお宅訪問 -2

 だいたいさー、行方不明八年なんだから、裁判所に届けたら死亡扱いになるんだよ。それもどうしたもんかなーとかさ。長男にしてたったひとりの息子としては、考えちゃうわけじゃん。悪い?

 ま、あのおふくろは、「帰ってくるわよ~」ってなもんだけどさ。


 おふくろといえば、今回の俺の旅行のことをもう言いつくろうのも説明すんのも面倒なんで、

「なんか、あっちの世界に行ける入り口があるってゆーんで、ちょっと行ってくるね。親父のこともわかるかもしんないしー」

 って、朝めし食いながらふつーに言っちゃったんだけどさ。したら、その返事が、

「あらホント? 行ってらっしゃい。気を付けてね」

 だもんよ。お友たちのアックンちに遊びに行くってんじゃねえっての。

 謎だ。

 わかってんのかね。ホントに。なにを?

 どっからどこまで?

 謎だ。

「あっちの世界って知ってんの?」とか「親父があっちに行ってるって知ってたの?」とか「お母さんは行ったことあんの?」とかとか、聞きたいことは山ほどあったけど、俺自身がよくわかんないことなもんだから、どう聞いたらいいのか、逆に質問されたらどう説明したらいいのか、ぐるんぐるんしてるうちにぐったり疲れちゃってどうでもよくなって、黙って出てきちゃったよ。

 帰ったらちゃんとお話しようと思いマス。待っててね、オカアサン。

 あー、でもあのおふくろのことだ。俺がこのまま帰れなくなって、十年後くらいに家に帰ったとしても「あら、お帰りなさーい。遅かったのねえ」とか言うんだろうなあ………。


 ………え?

 なんか、今、すっごく怖い考えになったような気がするんですけど──。

 コノママカエッテコレナクナッテ……。

 ちょっと、これは……、さすがに考えるのはやめとこう。うん、そうしよう。

 

 東京駅から新幹線で約二時間。ローカル線に乗り換えて、一時間。

 駅を挟んで片側が田んぼ、反対側が街、みたいな小さな地方都市の駅におり立つ。

 その駅前のちっこいロータリーに、マイクロバスが止まっていた。ピンクのペンキがちょい剥げかけ。近くの旅館の送迎バスかと思ったら、路線バスだというんで驚いたよ。

 そのバスで、田んぼの中をトコトコとまた一時間以上。

 山のふもとのちんまりとした集落に着いたのは、昼もずいぶんとまわった時間だった。

 結構朝早い新幹線に乗ったんですけどね。日本も広いね。

 集落の中のメインストリート(おそらく)をさらに走り、山を背にしたどんづまりに、その神社、つまりミトちゃんの家はあった。

 鳥居の真ん前でバスが止まる。後払いシステムなんで、いくらなのか料金表を見たけど、ここはなんてバス停なんすか? 外を見てもバス停らしきものはないしー。

「この、一番最後の料金でいいのよ~」

 ミトちゃんが教えてくれた。

「タカちゃん~、ありがとうね~」

「なんのなんの~。他にお客さん、いなかったからねえ~」

 あ、そうなんだ。本来の路線バスのルートはこの前のバス停のところまでだったのだけど、乗客が俺たちだけだったもんで、知り合いの運転手さんが、ちょい先のミトちゃんの家の前まで乗りつけてくれたと、こういうことですね。

 素晴らしきかな、田舎の人間関係。

 でも、いいのか? バスの時間とか。時刻表とかないのか?

 ……いいんだろうな。ここでは。

 そんなのんびりな気持ちになる、日本昔話的風景がまわりに広がっている。茅葺き屋根の家まであるよ、おい。


 そして、目の前には結構立派な、でっかい石造りの鳥居。

 鳥居をくぐると、すぐに石段が続いている。あちこち崩れていたり、でこぼこだったりして、かなりの年代ものっぽい。石段の両脇に並ぶ杉の大木が陽をさえぎっていて薄暗く、ひんやりと涼しい。背中の汗が引いていく。

 山のふもとにある神社と聞いてたけど、ここはすでに山の中のようですよ。深山幽谷って感じ?

 息があがって「まだ~あ?」と言いそうになったそのとき、石段が終わった。登ってきた狭い石段の先にこんな場所があるなんてちょっとびっくりの、広い境内が目の前に現れる。

 しかも明るい。深山幽谷の薄暗さに慣れた目がチカチカした。

 正面には大きなお社。入り口の鳥居と石段の古さから、どんな古い神社なのかと思ったら、意外と新しいきれいな建物だ。その右隣に普通の家がくっついて建っている。これも瓦屋根の日本家屋だけど、新しっぽい。あたりの境内も平らに整地されて石畳なんかが敷き詰められていたりして、なんというか現代風だ。

「きれいな神社だね……」

 他に言いようがないので、無難な感想を述べてみた。ほんと言うとちょびっと残念な気持ち。古い建築物って、俺、好きなんすよ。

「以前はね~、江戸時代に建てられたっていうボロボロのお社だったらしいですけど~、わたしが三つのときに火事になってしまって~、みんな焼けてしまったのですって~」

「それは、なんというか、大変だったねー」

「わたしは全然覚えてませんけれど~」

 そらそうだろうけどさ。すんません。今のは社交辞令ですー。

 お賽銭でもあげて参拝したりするべきなのかなーっと考えていると、右側の家から女性がひとり出てきた。

「あらミトちゃん、あらミトちゃん、早かったじゃない、早かったじゃない~。そちら、その高木さん? 高木さん? あらあらあらあら、いらっしゃい、いらっしゃい~」

 言葉を二回ずつ繰り返すのが、この地方の作法とか?

「まあまあ本当に、遠いところをきていただいてー、ありがとうございますー」

 あ、作法じゃなかった。よかった。「はじめまして、はじめまして。高木です、高木です~」って言わなきゃいけないのかと思って、心の中で練習してたよ。

「はははは、はじめまして。高木でしゅー」

 緊張して「しゅー」って噛んじゃったよ。

「ミトの母でございます~」

 言われなくともわかりますよっ。だって、もう、そっくりなんてもんじゃなく、そっくり! 顔も体型も声も! これで他人だって言われたら、世の中なにを信じたらいいのかってくらいそっくり。まあ、ミトちゃんよか年取ってるなってこたー見ればわかるけど、でもふっくらしてる人って年齢がわからないからね。双子ですーとか言われても納得しちゃうかも……。いやホント。お世辞でも大げさでもなく。遺伝子の仕事、偉大なり。

「まあまあ、ミトちゃん、ミトちゃん。入っていただいて、入っていただいて。あらあらあらあら、ツキちゃんも、ツキちゃんも。さあさあさあさあ、入って入って~」

 う──ん。親子だと、繰り返し話法で話すのか? あ、でもツキミにもか。女性同士は繰り返し? こういう古い土地には、よそ者にはあずかり知らぬ慣習が……。

「あれは、おばちゃんの興奮したときの口癖やから、気にせんでええで」

 横を歩きながら、ツキミが低い声で言った。なんでキミは、俺の考えてることがわかるんですか? いつもいつも。

「お父さーん。ミト、帰りましたよー」

 玄関を入ったところで、お母さまが奥に向かって叫ぶ。その語尾が消えないうちに、玄関横の障子がシターンッと開いて、お父さま(たぶん)が飛び出してきた。

「ああ、ああ、いらっしゃい、いらっしゃい。スサノオくんか、スサノオくんか。よくきた、よくきた」

 似たもの夫婦? 俺の隣でツキミが肩を震わせてニヤニヤしながら、小さくうんうんとうなづいている。

 見た目は似てないけどな。お父さんの方は、色黒でがっちり系。体育の先生って感じの人だ。ジャージ履いてるってせいもあるけど。

 でもなんでジャージ? 家が神社ってことは、お父さんは神主さんなんじゃないんですか? 神主さんていったら、袴だよね。

「まあまあ、お父さんたら、お父さんたら、まだそんなカッコして、まだそんなカッコして~」

「いいじゃないか。休みなんだし」

 ?? 休み? 神社が休み?

「父は小学校の教員をやってますの~。神主さんのお仕事は兼業なんですのよ~」

 ミトちゃん、キミも俺の心が読めるようになったんですかっ!?

「スサノオの反応が、わかりやすすぎるんや」

 そうですか。


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