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第三章・俺の女神ちゃん -3

 上の空で担当教授に嫌味言われながらの四限目をやり過ごし、俺は学食にダッシュした。

 ミトちゃ~~~ん!

 ふたりは、学食の入り口近くのテーブルにいた。

 ミトちゃんは小さなお弁当を広げている。そんなんで足りるんすか?

 ツキミはカレーうどんをすすっている。

 うん、いい選択だね。

 この学食はカレーもうどんもまずいけど、なぜかカレーうどんになると、まあまあ食える味になるという不思議メニュー。俺もカレーうどんにしようかと思ったけど、ツキミと同じものを食べたくない一心で、焼き肉丼にした。味は微妙。

 男の子は質より量で勝負じゃ!

「おいしい?」

「ビミョー」

「すごいお腹いっぱいになりそうね〜」

「ミトちゃんはそんな小さいお弁当で、足りるの?」

「うふふ、あとでおやつ食べるから〜」

 なんぞという他愛ない会話をしながらの食事も終わり、いよいよお話タイムだ。

 なんだろう。わくわく。


「あのね。高木さん、夏休みってなにかご予定、おありかしら?」

 また、ご予定ですかー。

 学校は来週から試験期間に突入だ。そんでもって、その後は試験が終わったところから夏休みだ。

 ご予定、ないすよ。ミトちゃんより重要なご予定なんて、俺にはさっぱりすっかりありません!

「さっぱりすっかりありません!」

「胸ぇ張って言うことかいな。ええ若いモンが」

 ええ若いモンて、ツキミさん、あなたも若いモンでしょうが。

「あのね。夏休みになったら、うちの実家の父に、会いにきてはいただけないかしら?」

 ………は?

 あのーそれはあの、いわゆるお父上に御挨拶ってやつですか?

 いや、全然俺は構わないんですが、なんというか段階すっ飛ばしすぎてませんか? 俺としてはもうちょっと、こう~お互いの理解を深めてからっつうか。他のところも深めてからっつうか。うひひひ……。あ、でもでもミトちゃんはお嬢様だから、まずご家族の了解が必要ってこと? けけけけ結婚を前提にお付き合いをーとか? 将を射んと欲せばまず馬をーとかとか? いやいやいや俺は構わないんですよ。構わないんですけどね。あ、いやーなんと言っていいんですかね。ミトちゃんがすでにそこまで俺のことを考えてくれていたのはヒッジョウ~~に嬉しいんですけどね。いやいやいやいやいやいやいや……。


「ミトー、その言い方、完全に誤解を生んどるで。見てみい、こいつの顔」

 え? 誤解? 誤解なんか生んでませんよ。生むのはこれからミトちゃんが俺の子を……なーんて、ぐふふふふ。

「あらやだ。あらやだ。わたしったら、お話の順序が違ったわ」

 え? ああそうそう順序から言ったらやっぱり最初の御挨拶は、けけけけ結婚を前提にお付き合いさせさせさせせせ……。

「えーと、どこからお話ししたらいいのかしら。あのね。高木さんのお父さまって、高木龍吉さんて方なんですよね?」

 いやもう、うちの親父のことなんてほっといてください。どーせ八年間も行方不明なんですから。俺たちのことに口出しなんかさせませんよ。ああでもでも、父親が行方不明の家なんかに、うちの娘をやるわけにはいかーん! とかそんなこと言われちゃったらどうしよう。ここはもう、親父は死んだことにでもした方が外聞はいいのかそうか。そうするか。死んでくれ親父。息子の幸せのために。

「おい」

 甥? ああそうか。母方の叔父さんにでも父親役を頼むって手もあるか。でもそんな姑息な手ぇ使っても、けけ結婚ともなればすぐばれるしなあ。それに、叔父さんていっても、ほとんど会ったことないしなー。こんな頼み事、聞いてくれるかなあ……。

「おい」

 だからその手は使えないってば。

「ええ加減にせえよ。スサノオ!」

 え?

「スサノオ!!」

「その名前で、呼ぶなーっ!!」

 耳元でがなられたトラウマの元に、つい過剰反応してしまった。

 ミトちゃんばかりか、がなった当人のツキミまでびっくりの顔になっている。まわりのテーブルの連中もそれぞれの会話をやめて、こっちに学生注目だ。

 あ、その。なんでもないんですよー。お騒がせしてすいませんねー。どーぞご歓談をお続けくださーい。へこへこ。

 困り笑いの笑顔を振りまいて、浮かせた腰を椅子に落とす。

「高木か」「なに怒ってんの」「スサノオって名前なの?」「へぇ~~」

 ああ、悪目立ちしてしまった。消えてしまいたい。

「スサノオって呼ばれんの、そんなにいやなんか?」

 ツキミのびっくり顔は、すでにニヤニヤ顔に変わっている。くそ。

 そう、家族以外で俺のことを名前で呼ぶやつのひとりがこいつ。しかも悪意ありあり。おまえは、いじめっ子か!

「そないにいやがったら、せっかく強い名前つけてくれはったオトウハン、悲しむで」

 いや、悲しみません、あの人は。むしろおもしろがってましたから。

「スサノオ」

「だから呼ぶなっつうの!」

 俺は本気でツキミの顔をにらんでやった。本気出したら怖いんですよ、俺でも。

「おお、こわ」

 本気の俺のにらみもツキミはひょいと肩をすくめてやりすごしちまう。ちっ。やりにくいなあ。

「名前呼ばれたなかったら、くだらん妄想にひたってないで、ミトの話ぃ真面目に聴けちゅうこっちゃ」

「はい」

 腹は立つけど、素直にお返事する俺。無用な騒ぎは起こしたくないしね。

「私のお話のしかたが悪くって、ごめんなさいね~」

 いえいえ、ミトちゃんは悪くありません。

「あのね。高木龍吉さんて民俗学かしら? 日本文学だったかしら? まあどっちもなの? すごいわ~。で、その学者さんて、高木さんのお父さまなんでしょ?」

「はい」

 素直にお返事はしたけど、でもそのことはあんまり学校内では明らかにしたくないんですのよ、実は。

 ガキの頃はね、俺だって親父のことをえらい学者さんだと思ってたですよ。だってですね。いろんな人が「先生」「先生」ってうちに来るし、書斎の本棚には親父の名前が背に入った、立派な装丁の分厚い本がずらーり並んでるんだよ。子供だったら大概そう思い込むんじゃないかと俺は推察いたしますが、どうなんでしょうね。俺だけですかね、そんなアホなガキは。

 「先生、先生」って古典芸のもみ手を披露しつつ、うちに来てたのはトンデモオカルト雑誌の編集さんで、父の名前の入った本は、ほとんどが自費出版で出した、いわば誰にも認めてもらってない研究書とも呼べない駄本だってことは、今ではわかってますよ。よーくわかってますとも!

 去年、日本文学研究会っつう学内の集まりで、うっかり親父の名前を出したときは、先生方、先輩方の口元がいっせいに「へっ」っていう右十度の角度に曲がりましたからね。それは見事におそろいで。

 その時はまだ親父がトンデモ学者として有名だったなんてことは、知らなかったんで、純真無垢な俺は、「自分の親父ですが、なにか?」って、ちょーっと誇らしげな気持ちもにじませながら言っちゃったわけよ。

 あー。もー。

 今度はみんなの眉毛が、ばらばらなヘンテコ角度になったのね。困ったなーって。

「高木龍吉ね。そのー、彼はよく調べているとは思うけれども、どうもそのー、結論が牽強付会というかー、あー独りよがりというかーあーあー、ま、そのー、参考にする分にはいいんだけどもーそのー……」

 奥歯に物の挟まりまくった言い方をする教授の横で、先輩方が必死で笑いを噛み殺してるのがわかった。そんでもって、親父がトンデモ学者だということもわかった。よーくわかった。

 屈辱でしたよ。息子としては、さ。

 痛ーい思い出。ちくしょ。

 それ以来、俺は校内で、高木龍吉の名前を出したことはない。幸い、高木なんてそんなに珍しい名字じゃないしね。

 なので、なんでミトちゃんがそのことを知ってるのか。それが疑問。

 誰かチクりやがったかっ!?


「こないだね。父と電話で話してて、高木さんのこともお話ししたのね。おもしろい先輩がいるのよ~って」

 そうですか。おもしろい先輩ですか。光栄ですー。

「それで、高木スサノオさんて名前なのって、珍しいでしょってお話ししたら、父が、それじゃあその人のお父さまは、高木龍吉さんという学者さんじゃないのかって言い出して」

「へ?」

 なんで?

「なんでも、八年くらい前に、高木龍吉さんは、うちにある祠の調査をしにいらしたのですって」

「ミトんちは神社さんなんや」

 あ、そうなんだ。親父、そんなフィールドワークなんかやってたのか。

「それで、今の本殿とは別に、裏山の洞窟の中に古い祠が祀ってあるのだけど、そこをお調べになったあと、父に『やっと見つけた、もうひとつの入り口だ』っておっしゃって、もう一度その裏山に行ったきり、うちの神社の方には戻られなかったのですって」

 入り口? 見つけた?

「それだ」

「あっちの世界への入り口ですよ、きっと」

 いつの間にかシナツヒコとワカサヒコが、すぐそばに現れていた。ちょこんと、空いた椅子に座っている。大学の学食におじゃる丸が二人。

 他の人には見えないとはいえ、かなーりヘンだ。思わずあたりを見まわしちゃう俺。

 ん?

 ツキミが、シナツヒコとワカサヒコを見て、いる? 目の焦点も、合ってるみたいだ。

 こいつらのことが、見えて、る?

 たまたまそっちの方に顔が向いてるだけか? それにしては、そのなんだかおもしろいものを見つけた子供みてーな表情は……。

「なんや?」

 俺の怪訝そうな視線に気付いて、ツキミが首をかしげる。

 えーと……このおじゃる丸たちが見えてますかー? なんて聞けないしな。う──ん。

「ヘンなやっちゃなー」

 もう見ていない……。

 こいつの性格からして、このヘンテコ美少年コンビを見てなにも言わないってこたないだろうからなー。気のせいか。

「それでね」

 ミトちゃんの話は続いている。

「いなくなられる前に、その龍吉さんはうちの父に『何年後かわからないけど、スサノオという名前の自分の息子が訪ねてくると思うので、そのときはこれを渡してやってくだされ』って、なにか箱のようなものを預けていかれたのですって」


 な、に──────い!?

 お、や、じ──────────!!

 行方不明は確信犯かよっ!

「それで、父は高木さんに会いたいって……」

 ふごごごごごごごごごごごごごご…………。

 もう怒った。怒りました。

 龍吉! 親父! そっちだかあっちだかどっちだか知らねえが、首ぃ洗って待ってやがれっ!

「行きます! 行く! 行かせてください!! お父さんに会わせて!」

 今度こそ俺は立ちあがって、ミトちゃんの手を握り締めた。

 その後、「学食でプロポーズしてたやつ」として、俺が文学部の人気者になったのは言うまでもない。

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