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狂犬の苦悩にキツネは笑いけり  作者: 夏炉冬扇
第1話 完全無欠の狂犬娘?
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怒れる少女

「オイィィ! もっと速く走れないのか!」



 朝っぱらからヒステリックに怒鳴りつける女の子の声が、道行く人々の注目を誘う。


 ここは藤野町ふじのちょうという山々に囲まれた、人口一万人程度の小さな町……。 高いビルなど、ほとんど無い、まだまだ沢山の自然が残る風光明媚な田舎町といった雰囲気だ。


 そんな土地であるから、これまで住民を震撼させるといったような大きな事件もほとんど発生していない。精々、喧嘩があっただの、空き巣に入られただの、その程度のものである。


 だから時間ものんびり流れているような、実に穏やかな街である。


 そのような街の商店街を金切り声をあげて疾走している女の子がいれば、当然のように注目を浴びる。



「よりによって入学式の日に寝坊なんて……ある意味、いい根性してるな!」



 声の主はかなり小柄な女の子。三色団子の飾りが付いたゴムで束ねられたサイドテールの髪がよく似合う、目鼻立ちも整った可愛らしい少女だ。赤いスカーフの、ごく平凡なセーラー服姿だが、かなり身体が小さい上に童顔でもあるため、制服を着ていなかったら小学生にも間違われそうである。


 もちろん、小学生でないのは言うまでも無く、彼女は今年から高校一年になったばかり。名前を筑波つくばミコトと言う。十年ほど前に、母親に「お化けと友達になりたい」などと、無邪気に言っていた、あの少女である。しかし……。



「全く……いつまでおまえのお守りをさせられなきゃいけないんだ! ホント、勘弁しろ!」



 あの頃の無邪気で甘えん坊のような雰囲気はどこへやら……。外見の割に、かなり気が強そうである。


 ミコトの少し後をダボダボの学ラン姿の少年が、彼女を追いかけるように走っている。起きてすぐに家を飛び出す羽目になったため、猫っ毛の頭は所々、寝癖でツンと跳ね上がっている。 彼は筑波リュウト。ミコトの言葉にあるように、今年から中学に入学したミコトの弟である。彼の方は姉のミコトと異なり、気弱そうでのんびりとした印象を受ける。


 そんな少年であるから、当然のように姉には逆らう事が出来ず、先程から「ごめんなさい」の繰り返しだ。


 ミコトの通う牧野学園まきのがくえんは中高一貫校で中等部と高等部の校舎は同じ敷地内に併設されている。リュウトはこの春から晴れて姉と同じ、この牧野学園の中等部に入学となった訳だが……。



「おまえの寝坊癖は昔からだけど、さすがに入学式の日に寝坊は無いわぁ! うん、あり得ない! 言語道断! 空前絶後の大ボケだ!」



 言いたい放題だ。


 しかしまあ、彼女の言い分もわかる。ミコトが先に登校していたのだが、今日入学であるはずの弟がいつまで経っても学校に現れないというのである。もしやと思い、慌てて自宅に戻ってみると、リュウトは自室のベッドで、さも幸せそうに寝ているではないか。


 ミコトはそんな弟の横面に一蹴り入れて無理矢理起こし、現在に至るというわけである。



「大体、ママもママだ。どうして自分が家を出るときにリュウトを起こしてくれなかったんだか……」



 リュウトに言うでもなく、ブツブツと愚痴をこぼす。


 二人の母、静江はミコトよりも少し後に家を出ている。実のところ、静江はミコトたちが通う牧野学園の国語教員であるのだが、立場からしても今日が入学式であり、時間なども詳しく知っているはずである。


 にも拘わらず、リュウトが寝ている事も知りながら、そのまま家を出て来た。リュウトがまだ登校していないとミコトに伝えたのも、この母である。


 本来なら面と向かって母に文句を言ってやりたいミコトではあるが、その辺りはどうしても出来ない事情がある。


 ミコトは母である静江に頭が上がらない。尊敬と同時に鬼のように厳しい母を畏怖していると言っていい。母に何か言われる度に、ミコトは直立不動。ただ従うだけの完全服従。


 そしてまた、リュウトはミコトに完全服従という見事なまでの縦社会が筑波家には成立している。


 だから、近所では「筑波さんの軍隊一家」などと揶揄されているらしい。が、静江自身はそのような言われ方をしている事を知りつつも、全く気にも留めていない。


 そんな訳で、ミコトは母に文句を言えない分、弟に強く当たる。弟のリュウトは誰にも逆らえないからか、結局、ますます気弱で内気な少年になってしまったのだ。


 


 


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