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狂犬の苦悩にキツネは笑いけり  作者: 夏炉冬扇
第3話 発破をかけるぞ!
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八雲が気がかり

 この日も学校はいつもと変わらない、ごく平凡な授業……。

 地理の授業中で、ミコトは相変わらず黙々とノートを執っている。そして教科書には、重要と思われる項目に何色かの蛍光ペンを使い分けてアンダーラインを引いていく。

 瑞木も普段はぽや~っとしているが、成績の方は決して悪くなく、授業も真面目に教師の話を聞きながら、ミコト同様にノートを執る。が、彼女の場合、ほかの学生のノートとは若干様子が異なり、授業中にやった事を書いているはずなのに、それに似つかわしくないような丸文字。ところどころに、よくわからないキャラクターの絵まで入っている。

 京華は彼女らしいというか、なんというか……。とりあえず興味の無い授業は寝ている始末。


「え~、先週やったところではあるが、羽黒。ハワイ島にあるキラウエア火山などに見られる形状を何と言ったか覚えてるか?」


 地理学の教師が、よりにもよって学業劣悪とも言える鉄平を指して尋ねる。

 鉄平は「はいっ!」と威勢良く立ち上がるが、やはりというか、当然というか……。


「え~と……ヒントをください!」


 と、ほとんど考えもせずにヒントを求める。

 この学業劣悪の男がどんな答えを出すか……。実は同じクラスの生徒たちは、内心ワクワクしている。今回はどんな珍解答が飛び出すか。それが退屈な授業での唯一の楽しみであった。


「ったく……毎回ヒントか? 最初の二文字は『アス』だな」

「アス? アス……。アスねぇ……」


 しばらく顎に手を当てて考え、やがて、


「わかった! アスピリンだ!」


 その自信がどこから来るのか……堂々と間違えた。同時に教室内が爆笑の渦に包まれる。


「はぁ……。どうしてそこで解熱剤の名前が出てくるんだ? 正解はアスピーテ。いわゆる楯状火山の事だ。まったく……ちゃんと復習して来いって言ったろ」

「先生……それをオレに求めるのは、ゴリラに日本語を喋れって言ってるのと同じ事ですぜ」


 珍解答で笑われたことなど、まるで気にしていない。


「上手い事言ったつもりか? だったら次回から、おまえの事をゴリラと呼んでやったって構わんのだぞ」

「え? いや……それはちょっと……マジ、勘弁ッス」


 そんなやり取りで、またしても教室内が笑いの渦に包まれる。こればかりは、さすがのミコトも苦笑いを浮かべていた。

 しかし、そんな中で八雲ただ一人だけは、無表情のまま、ぼんやりと窓の外を見つめている。どうやらノートもたまに執っている程度で、ほとんど授業に集中していないようだった。


「最近、ずっとだなぁ……」


 そんな八雲の様子をチラチラと見ながら、ミコトはボソッと呟いた。


「何が、ずっとなのじゃ?」


 クズが問いかけて来るが、さすがに授業中の教室で返事をするわけにもいかない。ミコトは黙ったまま、ノートの端に〈八雲のやつ、最近、ずっとぼんやりしてる〉と薄い字で書いた。


「本来は違うのか?」


 そう聞かれ、今書いた言葉を一旦消すと、新たに〈あたしほどじゃないけど、あいつも勉強はできるやつなんだ〉と書いた。『あたしほどじゃない』という部分をちゃっかり書いているあたり、なんともミコトらしい。


「ふむ……訳ありのようじゃのう……」


 さらにミコトは続けて書く。


〈訳ならわかってる。けど、長くなるから、それは後で話す〉


 クズもそれで納得したようだった。

 今までなら授業中にぼんやり窓の外を見つめているようなことの無かった八雲……。集中できていないから、最近は勉強のできも、あまり良いとは言えない。

 彼をそんな風にしているのは、母親を失ったという喪失感からだ。母親の死を頭ではわかっていても、心のどこかで受け入れる事ができていない。その事は本人から直接聞いたわけでは無いが、言われなくてもミコトにはわかっている。 

 八雲を元気づけてやろうと、おもしろい話や、彼の興味を引きそうな話題を振ったりなどして、ミコトなりに気遣ってはいるが、一時的に弱々しい笑みは浮かべても、ほとんど焼け石に水であるようだった。


 

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