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狂犬の苦悩にキツネは笑いけり  作者: 夏炉冬扇
第2話 白狐の与えた課題
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誰にも見えてない?

 登校は昨日の下校時と同じルート。いつもより時間がかかるが、通常ルートの途中にある橋が使えないのでは仕方ない。

 今朝、平造の話していた藤野稲荷の目の前を通る。恐らく、この白い尻尾と何らかの因果関係があるはずだが……。

 ミコトは稲荷社の境内がある高台をジーッと見上げながら目の前を通り抜ける。昨日の事故などまるで無かったかのように、今朝はシーンと静まり返っていた。

 その先にある、ミコトが苦手とするトンネルをやや緊張した面持ちで通り抜け、細い河川に架かる唐草橋を渡った辺りで、ミコトとリュウトの後ろから自転車に乗って来た瑞木とバッタリ出会った。


「ミコトちゃん、おはよ~」


 いつもと変わらない、聞いているこっちの力が抜けるような、のんびりした口調だ。


「おはよ、瑞木」


 やはり瑞木もミコトの尻尾には気付いていないようだ。見えているのなら、こんなに目立つ尻尾は後ろから来た瑞木なら、すぐに気がつくはずである。

 それはさておき……瑞木と出会っても、顔を向けただけで無反応だったリュウト……。さすがにミコトは姉としてポカリと不肖の弟にげんこつを見舞った。


「おい! おまえも挨拶くらいしろ!」

「あ……お、おはようございます……」


 こっちはこっちで相変わらず蚊の鳴くような声だ。瑞木に聞こえていたかすら怪しい。


「リュウト君……だっけ? ウチはミコトちゃんの友達の箕面瑞木だよ~。よろしくね~」


 リュウトの挨拶が聞こえていたか否かはともかく、人当たりの良い瑞木はお日様のような温かい笑顔で彼に接してくれた。本当に良い子だと、ミコトは思う。それにひきかえリュウトは……。


「あ、は、はい……」


 柄にも無くドギマギしてしまっている。


(我が弟ながら情けない……)


 ミコトは落胆と蔑みの入り混じったような目で彼を見ると、やれやれと言わんばかりに肩を窄めた。

 瑞木は同じ藤野町内に住んではいるが、ミコトの家からさらに徒歩で三十分くらい先の地区であるため、自転車通学が許可されていた。

 住居兼店舗である彼女のお好み焼屋にはミコトも何度か行ったことがある。しかし、母親は世界中を飛び回るような忙しい仕事であるため、ほとんど父親と二人暮らし同然であった。ミコトも瑞木の母親には一度しか会った事がない。

 まあ、そんな訳で瑞木は毎朝、自分で父親の分まで朝食を作って出てくる。思いのほか忙しい娘であるから、なおのこと自転車での通学が必要だったのだ。


「今朝もまた、遠回りしないといけないね~」

「そ、そうだね……」


 ついつい尻尾の事を意識してしまい、些か受け答えが不自然になってしまう。

 瑞木は少し困ったような顔をしつつも、相変わらず、いつもののほほんとした口調。工事中の橋の事に話題が行っているし、反応を見るかぎり、やはりミコトの尻尾は全く見えていないようである。


「ミコト姉ちゃん、どうかしたの?」

「ん?」

「なんだか、今朝はずっと様子がおかしいみたいだけど……。具合でも悪いの?」


 いつもボーッとしているリュウトであっても、さすがに朝から挙動不審である姉を奇異に感じたようである。


「な、なんでもない。まだ頭のエンジンがかかってないだけだ」

「ふ~ん……」


 単純なリュウトはそのひと言に何の疑いも持つことは無く、そのまま鵜呑みにしてしまったようである。疑り深い性格ではないため、その辺りの扱いは実に楽なものだ。


(それにしても……リュウトが心配してくるなんて珍しいな。出来るだけ自然に振る舞うようにしないと危ないな)


 鈍感なリュウトに自分の異変が気付かれているようでは、ほかの者たちには、もっと容易く感付かれてしまうはず。尻尾が見えていない以上、出来るだけこのことは秘密にしておきたい。もしも、このことで変人扱いされるような事があれば、完全無欠を称している己の権威は地に落ちてしまうだろう。それだけは何としてでも避けなければならない。

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