3.交通事故における自転車事故の割合は約2割です
現在僕は自転車に乗って学校に向かっている。
僕の高校は自転車で約30分の距離にある公立高校だ。
最近やっと慣れてきた通学路をペダルを軽快に回しながら走る。
晴天の中心地よい風が吹き、まさに小春日和だ。小春日和という言葉が春に使われるものでないのは知っているが僕の語彙力で表すとそれが一番しっくりくる言い方だ。
普段なら鼻歌でも歌いたくなるぐらい気分がよくなる天気だ。
この頭に響いてくる声がなければ。
『街中には危険がいっぱい!」
確かに天子、君の言う通りなんだがその口調が気に入らない。なんでそんなに嬉しそうなんだ。
『いえ、別に通学中の時間帯で車が多いから事故に気をつけないといけないなーと思っただけデスヨ。別に角から車が飛び出してきて軽く怪我してくれないかなーと思ったわけじゃないデスヨ』
なんだか口調が怪しいが、残念だったな。僕は自転車に乗っている時は最新の注意を払っている。
道路を走るときは左側通行、歩道は徐行で一時停止を守るのはもちろんのこと交差点での左右確認は欠かせない。夜は前照灯、尾灯ともに点灯でイヤホンなんてもっての外だ。こんな僕が事故にあうなんてありえないだろう。
『なんか事故の再現VTRとかで最初に出てきそうなセリフね……。そういう人ほど事故するのよ』
不吉なことを言うんじゃない。
ともあれいつもの通学路は住宅街の中を抜けていく道だ。
この時間帯だと車通りもそこまでないし、気を付けるべきは時々飛び出してくる小学生ぐらい……
「て、うおぉぉ!」
自転車が悲鳴のような甲高いブレーキ音を立てて止まる。
言ってるそばから小学生が飛び出してきたのだ。
「危ないだろ!」
ついつい小学生にどなってしまう。
「ごめんなさーい」
しかし黒いランドセルを背負った少年は悪びれる素振りもなくそのまま走り去っていく。
まったく、普段から気を付けてる僕だからこそ今の事故を回避できたものの、もしこの先の横断歩道でこんなことをしたら大変だぞ。
学生の通学路はできるだけ大通りを避けて設定されているはずだが、それでも数か所は車通りの多い箇所がある。この先の信号がある交差点なんかもその一つなんだが基本的にそういうところには子供見守り隊みたいな大人が立っているはずだ。
『でも今の時間帯はちょっと早いからまだ保護者がいないですね』
大丈夫だって。ほら、言ってる間に件の交差点だが少年はきっちりと信号を守っている。
そんな少年の後ろで自分も信号待ちをするために自転車を停止させる。
するとこちらに気づいたのか少年が振り返った。そして一瞬彼は困惑の表情を見せると
「あ、ちょっとまだ赤だぞ」
先ほどの件で怒られると思ったのか咄嗟に道路側へ飛び出した。
交差する信号はまだ青。信号を守っている自動車は速度を緩めるはずもない。
『今よ。今こそあなたに与えられた不死の力を使うのよ。ほら道路に飛び出した小学生を助けて自分は車に撥ねられるのよ!』
いや、でも……
『でももクソもないわ。まさか目の前で小学生が事故に遭うのを黙って見過ごす気なの』
と言っている間にも小学生は
「やーい、間抜けやろー。こっちに来てみろー!」
無事に赤信号の横断歩道を渡り終えて僕を挑発していた。
都合よく速度を上げた自動車が突っ込んでくることもなく生意気な小学生は無傷である。無事でよかった。でも信号は守ろうな。
ほらそんな都合よく使い時なんてないんだって。
『ちっ、残念……』
「おい、小声で何つぶやいてんだ」
僕たちの方向の信号が電子音を鳴らしながら青に変わったことを知らせる。生意気小学生はすでに走り去っていた。自転車で追いかけることもできるが放っておこう。若さゆえの過ちというものだ。
『さあ、今のはあなたの活躍が見れなくて残念だったけどまだまだ通学路には危険潜んでいるわ』
だからそんな都合よく事故はしないって。
むしろそこまで事故に遭わせようとされたらいつも以上に気をつけるんだけど。
確かにこの後は長い下り坂だけど
『ブレーキをいっぱいに握りしめってゆっくり下っていくのね』
おっと、ちょっと今のは別の意味で危なかったかぞ。セリフには気を付けような。
だが言われた通りにブレーキをかけて速度を落としながら長い下りを降りていく。
先ほどのように路地からの飛び出しも気を付けているので万が一のことがあっても適切に対処できるだろう。
『でもここでブレーキワイヤーが切れる』
まさかそんなわけないだろ。自転車といってもブレーキワイヤーは結構な太さがあるし少々のことでは切れるはず……
ブツンっ
という音とともに握っていたブレーキレバーが突然軽くなる。嘘だろ。
ブレーキが利かない自転車というものに乗ったことがあるだろうか。
そんな体験はめったにないと思うがすごくパニくる。足ブレーキしろとか思うかもしれないが突然抵抗がなくなった自転車に対して適切に対処などできる人はほとんどいないだろう。
制御の聞かない車体は僕を乗せながら等加速度的にスピードを上げる。
ちなみにこの坂を下りきったところはまたしても交差点だ。
安全保障のないジェットコースターと化した我が愛車は問答無用で坂の終わりまで速度を緩めることなく突っ込む。
だめだ、これは死ぬ。若干涙目になりながらせめてハンドル操作ミスだけはないようにしっかりとグリップを握り締める。
『そこだー。いけー!』
だまれバカ天使。これで死んだら天国でぶん殴る。いや、死なないらしいんだけども。
と、そこで
「あ、後ろのブレーキまだ残ってたわ」
基本下りの時は聞きやすい右ブレーキしか使ってないというのと、パニックに陥ってたため気づかなかったが、左のブレーキはまだ生きていた。
急いで後輪を力いっぱい止める。
握りすぎてブロックしたが大丈夫。伊達に昔自転車ドリフトの練習をしていない。
車体を倒して進行方向横向きに捻って道路を削るように滑る。
そのまま車体は綺麗に半円を描きながら交差点1メートル手前で停車した。
ナイスコントロール自分。今のはちょっとカッコよかったんじゃない?
『せっかくの機会を逃したのは不満ですが今の自転車技術に免じて許しましょう』
なんでそんな偉そうなの?
というか交差点には僕以外に人も車も動物さえいない。今の止まれてなかったとしても事故につながることはなかったということじゃないか。
そうそう事故なんて起きることはないのだ。
『さーて、もう危険なところはないでしょう。安心して学校へ向かいましょう』
なんかそのセリフはそのセリフでフラグっぽくて嫌だな。