金髪美少女な転校生がくることを俺は知らない
「じゃあ俺このクラスだから」
「うん」
朝。俺は時雨と別れ、憂鬱な気分で教室に入る。
先程から時雨が、「お前に姫川さんは無理だ」みたいなことをめっちゃ言ってくるので、心が折れかけていた。
ちょっとは恋する少年の気持ちも考えて欲しい。
田中の席に男子達が集まっている。
「げ、元気だせ、な?」
「その勇気だけでも称賛に値するさ」
「まったく、無謀なことを……」
田中が男子達に慰められていた。
その顔には、靴の跡がくっきりとついている。
だが、田中の表情は余裕と自信に満ちていた。
「ふっ、氷条様は俺を蹴飛ばしてくださった」
田中は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「そ、そうか……大変だったな……」
「お前はよく頑張った……」
「相手はあの『ブリザードクイーン』だもんな……」
男子達は同情の眼差しで田中を慰める。
「君らは氷条様に蹴飛ばしてもらってないんだよな……可哀想に……」
田中も男子達に同情の眼差しをする。
俺はそっと目を逸らした。
会話が噛み合ってない……。
俺の席田中の後ろなんだけど、近寄りたくない……。
あれ、こんなとこに席あったっけ。
「座れー、今日は転校生がいるぞー」
あ、先生が入ってきた。いいタイミング。
みんなが席に戻っていくのを確認して俺も席についた。
……え、転校生って言った?
ガラガラ
扉が開き、その人物が入ってきた。
男子達が声を失う。
天使が降臨した。
あまりの可憐さに、教室は騒然としている。
さらっさらの輝くような金髪に、サファイアのような蒼い瞳。豊満な胸に、スカートから覗く白く細長い脚。
およそ現実離れした天使のような容姿だ。
ハーフかクォーターかな。
「ほら、みんなに自己紹介を」
先生に促され、その人物は艶やかな桃色の唇を開いた。
「はじめまして!私は……転校生です!」
「それはみんな分かってる。ほら、名前とか好きなこととか」
「名前はアリスです!」
「苗字も」
「苗字は神宮です!」
「………」
「………」
「……好きなこと」
「好きなことは食べることです!お腹がすきました!」
俺は理解した。
この子、アホだ。
「よくできたな、神宮の席はあそこだな」
先生は疲れた顔で空いた席を指差す。
その周囲の男子達は勝ち誇った顔になった。
神宮 アリスがそこに座ると、隣の男子が普段とはかけ離れたとても爽やかな話し方で話しかける。
「やあ、よろしくね、分からないことがあったら僕に聞くといい」
「はい!分からないです!」
「うん、なにが分からないんだい?」
「分からないです!」
俺は頭を抱えた。
★☆★☆
昼休み。
それまで神宮 アリスが先生に何度か当てられて授業内容を答えさせられていたが、驚くことに全部完璧に答えていた。意外なことに勉強はできるらしい。
今は彼女の周りに人だかりが出来ていて姿が見えない。えらい人気だ。
教室は騒がしいので廊下に出た。
なにやら短髪で爽やかそうな男子と二人の女子が楽しそうに話している。
かーっぺ!
リア充死ね!
怨念のこもった目でその男子を密かに見ていると、彼らは違う男女のグループに入っていった。
男女みんなで楽しそうに盛り上がっている。
はっ!死んでしまえ!
俺だって……俺だって女子に話しかけてやる!見てろよあの爽やか野郎!
周りを見ると、近くの窓辺に昨日見かけた制服を着崩したギャルっぽい子がいた。
ギャルに話しかけるのは俺みたいな日陰の存在にはハードルが高すぎるので、もっと地味めな子を探す。
いた。
眼鏡をかけた地味な子がいたので話しかけようとその子のことをじっと見ていると、彼女も俺に気付いてこっちをじっと見てきた。
少しの間見つめあい、意を決して話しかけようとしたとき、彼女の肩を誰かが叩いた。
それは俺が話しかけるのを諦めたギャルっぽい子だった。
そのまま眼鏡の子はそのギャルっぽい子にどこかに連れてかれた。
……はぁ、駄目だ。所詮俺なんてあの爽やか野郎とは住む世界が違うのだ。
再び男女のリア充グループの中の爽やか野郎を見ると、彼は切ない目でどこかを見ていた。そんな彼を、リア充グループの人達が励ましているような感じだ。
その爽やか野郎の視線の先を見てみると、ツインテールの少女がいた。
うん?どこかで見たなあのツインテール。
あ、目が合った。
彼女は目を見開いてから逸らした。そして胸に手を当て少し猫背になり、呼吸が激しくなっている。病気かな?心配になる。
「それでなんて言われたんだよ」
「ごめんなさい無理ですさようなら」
「完膚なきまでの拒絶だなっ、ははは」
「ははは、うけるー」
「うるせぇ笑うなっ」
いつの間にかリア充グループが近付いてきていた。
俺は嵐が過ぎ去るのを待つように、ひっそりと隅の方で彼らが過ぎ去るのを待つ。
まるで狼に怯える子鹿だ。
所詮俺なんてただの日陰の存在だ、彼らとは住む世界が違う。
「うわ、なにあの子イケメン、やば」
「ちっ、俺らとは住む世界が違うんだろうな」
「俺そんな未来ちゃんに嫌われることしちゃったのかな……」
「しちゃったんじゃね?そんだけ嫌がられてんなら」
「うけるー」
「うけないから!」
ふう、なんとか隅の方でびくびく息を潜めてやり過ごした。
災難だった、まさかリア充共に出くわしてしまうとは……。
教室戻ったら姫川さんでも見て癒されよう。
★☆★☆
帰りは機嫌の悪い時雨と遭遇した。
災難だ。
「転校生が来たらしいね」
「うん」
「可愛かったんだってねー。嬉しいですかー?」
「可愛かったのは認めるけど、俺は姫川さん一筋だし」
「そう。その転校生にしろ姫川とかいう女にしろ、あんたなんかに無理無理。……もっと身近な」
「う、うるさいし!」
「ふんっ、あんたに彼女なんて一生出来ないよ」
「ひでぇ!」
この憎たらしい女こそ、俺の幼馴染みの水城 時雨。
こいつは中学までは眼鏡で地味な奴だったが、高校になってコンタクトにし、お下げ頭から肩までいかない短髪にし、地味なモブキャラから清楚な美少女に変身した逸材だ。
結構人気があるという噂だが、彼氏とかいるのだろうか。
「時雨って彼氏いるの?」
「………は?」
………あ、キレられた。
こいつのキレるポイントがいまいち分からないんだよな。幼馴染みなのに。
「いたらなに?悪い?」
「いや、いたら嫌だなって」
「え?」
時雨がリア充なんかになったら……。
幼馴染みがリア充なんて、おぞましい……。
「ふーん、そう」
時雨の頬がぐにゃぐにゃして、よく分からない表情。
「彼氏なんていないよ」
「よかった……」
ふう、よかった。
敵にならずにすんだようだ。
「そういえばシャンプー変えた?匂いがいつもとちょっと違う」
「………きもいよばーか」
そう言う時雨は俯いてて顔が見えないが、ちらりと見えた耳は朱に染まっていた。