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貞操の危機が存外身近に迫っていることを俺は知らない


ピンポーン


「ごほっ、ごほっ」


 どうやら風邪をひいてしまったようで、計ってみたら熱があったので学校は休むことになった。


「はい、お水だよ」


「ありがとう、深月」


 妹が近くの机にそっとコップを置いてくれた。

 移すといけないので俺はマスクをしている。

 そのままうとうとしていると、妹が布団にもぞもぞ入ってきた。


「座薬入れてあげるねー」


 妹の指がパンツと腰の間に侵入してきた。


「いや、いいから!気持ちだけ受け取っとくよ!」


 そのままパンツごとずり下げてくるので、慌ててその手を掴んで止める。

 妹はそのまま指を絡ませてきた。


「お兄ちゃん、汗の匂いする」


「ごめんな、ずっと布団にいると汗かいちゃって」


 汗臭いだろうし、布団から出てほしい。


「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ、すぅぅぅぅ」


「ほら、布団から出なさい。風邪移っちゃうから」


「むぅぅ」


 布団から追い出すと、妹は頬を膨らませる。可愛いなぁ。


「汗拭いてあげよっかー?」


「ありがと、お願いするよ」


「うん!」


 妹は、てててと俺の部屋から出ていく。


 ピンポーン


 わざわざ学校休んでまで看病してくれて、よく出来た妹だ。

 それに比べ時雨なんて、俺のことなんて知らずにルンルンと学校に行ったらしい、妹によると。


 ピンポーン


 今朝からずっとインターホンが鳴っているが、妹によると宗教の勧誘だから気にしない方がいいらしい。迷惑な話だ。


「維月ー!おかゆ作ってきたから開けてー!」


 今朝から外がちょっと騒がしいけど、妹によると宗教の勧誘の人がその教えを外で叫んでいるらしい。迷惑な話だ。


「タオル取ってきたよ」


 妹がタオルと新しいシャツを持って、てててと戻ってきた。


 妹は俺の服をゆっくりと脱がし、妙にぺたぺたと俺の体を触りながら上体を起こさせる。


「じゃあ拭くねー」


 そして、タオルでゆっくりと背中を拭き始めた。

 力加減が絶妙で、とても気持ちがいい。


「わひゃっ」


 時折、妹の指先らしきすべすべした感触が肌をなぞるように触れてきてくすぐったい。


「はぁ、はぁ」


 後ろから聞こえる妹の息が荒くなってきた。

 背中に妙に熱い息がかかる。


「大丈夫?疲れちゃった?」


 振り返ると、妹の目が血走っていた。


「オニイ、チャン……ハァハァ」


「ごめんな、疲れてるなら無理しなくても」


「オニイチャン……ハダ、カ………ヨワッテル…オニイ…チャン」


 妹が血走った目を見開き、 ブルブルと震えている。


「ニゲ、テ……モウ……オサエ、ラレナ……ガガガグルルルルゥゥ」


「トイレなら我慢しないで行ってきな」


「ガルルル……トイ、レ……?トイレ!……トイレ、イッテクル!」


 妹は俺の汗の染み込んだシャツとタオルを持ってドタバタと走っていった。

 トイレのついでに洗濯機に入れとくつもりなのだろう。


 ピンポーン


 しんどいので、横になる。

 しばらくうとうとしていると、妹がやけにふやけた顔で帰ってきた。

 その肌が妙につやつやしている。

 その手には、さっきと同じシャツとタオル。

 洗濯機に入れるのを忘れてたようだ。それじゃあ持っていった意味ないな。

 まったく、おっちょこちょいな妹だ。


 眠くなってきた。

 寝よう。


 ピンポーン



 師匠の厳しい修行に耐え抜いた俺は、師匠と共に見事、魔王石灰岩を倒した。

 そして、囚われていた姫川さんを救いだし、二人は恋に落ちた。

 俺と姫川さんはデートを重ね、夜景の見えるロマンチックな場所で、ゆっくりと唇を重ねた。

 そしてついに、俺と妹は結婚した。

 俺と妹の結婚を、師匠や姫川さんは大いに祝福してくれた。

 (ジョン)からの祝福ももらい、子宝にも恵まれ――


「お兄ちゃんは妹が好きお兄ちゃんは妹と結婚するお兄ちゃんは妹を世界一愛してるお兄ちゃんはいもう――」


「ん、んん」


「あ、お兄ちゃん起きた?」


「おはよう」


 なんか凄い夢を見てた気がするが、思い出せない。


「ひめかわさんって誰ー?」


「姫川さん?なんで深月が知ってるんだ?」


「お兄ちゃんが寝言で言ってたから」


 妹がにっこり笑う。


 ジャキッ


 寝てる間に持ってきたのか、机の上にまな板が置いてあり、その上に置かれたりんごを妹が包丁で両断した。鋭い切れ味だ。


「りんごか、ありが」


「そんなことより、ひめかわさんって誰」


「姫川さんは俺のクラスメイトで、美しい茶髪で、泣き黒子が色っぽさを醸し出していて、そしてまるで芸術品のような美しい顔の女の子で」


「へー」


 ジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキッ


 俺が食べやすくしてくれているのだろう、りんごを凄い勢いで刻みながら、妹がにっこり笑う。

 妹にもちゃんと姫川さんの素晴らしさが伝わっているようだ。

 俺は少し得意気に続ける。


「スタイルも完璧で、性格はまるで女神のように優しくて、俺達にも分け隔てなく話しかけてくれるんだ」


「へー」


 トントントントントントントントントントントントンッ


 刻みすぎてもはや液体のようになってるりんごを、それでもまだ足りないのか、満面の笑みのまま、俺が食べやすいように刻んでくれている。

 包丁がまな板に叩きつけられる音が響き、まな板からりんごジュースと化した液体が机に落ちているが、気にしている様子はない。


「深月ー、りんごジュース落ちてるよー」


 トントントントントントントントントントントントンッ


 瞳孔の開いた目を真ん丸に開いて、満面の笑みのままりんごを刻み続けている妹には声が届いていないようだ。

 よほどりんごを刻むことに集中しているようだ。


「この前姫川さんがリコーダー」


 ダンッ!ダンッ!


 包丁を振り上げてまな板に叩きつけ始めた。

 姫川さんの美談も届かないとは、凄い集中力だ。


「今度遊園地連れてってあげるから、こぼれてるのなんとかしてくれー」


「うん、分かった」


 お、やっと届いた。

 妹はティッシュやタオルで溢れた分を拭き取っていく。


「はい、お兄ちゃん。あーん」


 拭き終わり、妹がまな板と包丁を持ってきた。

 マスクを取り口を開けると、妹はまな板の角を俺の口にあて、包丁で器用に俺の口にりんごジュースと化したものを運んでくる。


「おいしい?」


「うん、お、おいしいよ」


「えへへ、おいしい?」


「う、うん」


 シュン、シュン


 包丁がまな板を滑る音が響く。


 瞳孔の開いた真ん丸な目でにこにこと覗きこんでくるが、滑る包丁が気になってあまりそっちの方を見れない。


「なんでこっち見てくれないの?」


 シュンシュンシュンシュン


 包丁の滑る音が早くなる。

 もうまな板にりんごの液状化したものは残ってないのだが、気づいていないのだろうか。

 ただまな板で包丁を研いでる感じになってるぞ。


「もうりんご残ってないぞ」


「あ、ほんとだ」


 妹は包丁を研ぐのをやめてくれた。


「まったく、おっちょこちょいだなー」


 頭をぽんぽんすると、妹はにへらっと笑い、包丁とまな板を持ったまま抱きついてきた。

 首にも手を回されたので、耳の横すれすれに後ろから包丁が出てきて、光沢のあるその刃に写った妹と目が合うと、にこっと無邪気に笑ってきた。


 まったく、うちの妹は可愛いなぁ。


 ピンポーン







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