目の前の女子が咥えているリコーダーが誰のものか俺は知らない
「――ち、違うのこれは――ぎりぎり触れて―――」
「嘘――キス――よね?――死ね」
「――つもいつも――邪魔ばかり――」
「――こえてるこのクソ女―――死ね」
「ん、んん」
なんか騒がしいので目を覚ますと、時雨がベッドの横に座っていて、妹がドアの近くでニコニコしていた。
「あ、起きたの維月?ちょっと早いけど学校行こうか」
「んー、あー、いまなんじ……」
「早すぎない、時雨ちゃん?お兄ちゃんはもうちょっと家でゆっくりすればいいよ。時雨ちゃんだけ早く行けばいいじゃん」
「ねむい……でもまたねたらおきれない……」
「じゃあ起きよう、はい!」
時雨が俺の布団を剥ぎ取る。
「さむい」
「はい、起きる起きる。そして早く学校行こ」
「がっこう……」
「お兄ちゃん連れ出すなら私も付いてくけど?」
「深月ちゃん中学逆方向だよね?」
「3人の方が楽しいじゃん、ね?」
「深月ちゃんが隠し持ってる維月のあられもない盗撮写し」
「卑怯な……」
「ふわぁ~。おきるかぁ~」
時雨と妹が朝から笑顔で話している。
相変わらず仲いいなぁ。
★☆★☆
早く起きたせいか、いつもより早く登校することになった。
「ふぅ、やっと邪魔者を蒔けた……」
「ふわぁ~。まだ眠い……」
こんな早く登校するのは初めてかもしれない。
「そ、そういえば、なんか雨降りそうだね」
「ああ、そうだな」
天気予報だと、午後から雨だっけ。
雲がどんよりして、今にも降りそうだ。
「おっと、まー大変。傘忘れちゃったー。これは大変」
「へー。どんまい」
朝早く人のいない道に、俺達の足音が響く。
「んむぅっ!」
「いって!」
え、なんで蹴られた俺!
「だ、だから、その、あ、あいあい……あいあいあいあいあ」
「大丈夫か時雨……」
「だ、だから!維月の傘を、その………気付け馬鹿!」
「いって!」
適当に話していると、学校についた。
いつもと違って閑散としている。
「ヒュロロロ、ピー」
教室に入ろうとすると、なんか間抜けな音が聞こえてきた。
ドアを開けると、女子が一人いた。
身長は低く、前髪で目が隠れている、地味な子だ。
確か、真田さんだっけ。
真田さんは、リコーダーを咥えたまま、こちらを向いて固まっている。
「リコーダーの練習か。偉いね」
他の人に迷惑だから、誰もいない朝に練習してるのか。
「……は、はい」
真田さんは、首をあらぬ方向へ向けつつ、見た目からは予想できない可愛いアニメ声で返事をした。
「それで、その……どいてもらえると、助かるんだけど」
「あわあわ、すいませんっ」
真田さんは慌てて俺の席から立ち上がり、さささと後ろに下がる。
「その……なんで俺の席に?」
「えとえと……そう!後ろの席になりたくて、ちょうどこの席とかいいなーと。桜緋君の席だったんですね、あー知らなかったー」
「そうなんだ。次の席替えでなれるといいね。俺に構わず続けていいよ」
「お、桜緋君の前で、ですか。……それはなんというか、すごくいけないことといいますか……」
「恥ずかしいか。俺いないほうがいい?」
「い、いえ!滅相もございません!……で、では」
真田さんは、息を荒くしながら、リコーダーへ顔を近づけていく。
なんだか妙に蕩けて上気した顔で、真田さんがリコーダーを咥える。
すると、真田さんの体が一瞬、ぶるりと震えた。
真田さんの髪の隙間から見えた目がやばい感じに潤んでる。
やっぱ恥ずかしいか。
「ピー、ヒュロロロロピー」
なんか音も安定しないし、俺いないほうがいいかな。
ガラララッ
突然ドアが開き、ふわりと艶やかな明るい茶髪を靡かせ、姫川さんが入ってきた。
きゃー!目が合っちゃったー!
泣き黒子が色っぽくて素敵っ。
姫川さんが、ぱあっと花が咲くように微笑む。
「桜緋君、おはようございますっ」
「おはようございますっ、姫川さん」
挨拶を終え、姫川さんの視線が俺から真田さんに移る。
笑顔が微動だにしない。
「ぴぃっ」
真田さんが震えた。
「ちょっと来てくれますか、真田さん?二人で話がしたいので」
「ひゃいっ」
姫川さんに二人で話がしたいと言われるなんて……くっ、羨ましい。なぜ俺じゃないんだっ。
超絶美少女にそんなこと言われて、真田さんは緊張からか、がくがくと歯を鳴らしている。
真田さんはリコーダーを持ったまま、姫川さんと一緒に教室を出ていった。
「おはよー」
「うぃーっす」
「おっはー」
「ちーっす」
ぽつぽつと人が来はじめた。
来た人達は、教室の各所で雑談を始める。
「おっはよー」
煌めくブロンドの髪を靡かせ、神宮 アリスも入ってきた。
各所で雑談していた女子達が、神宮 アリスと俺を隔てるように位置を変えてきて、再び雑談を始める。
「わっ」
神宮 アリスが、机に足を引っかけてたたらを踏む。
「フォーメーションB!」
女子達が立ち上がり、諸葛孔明もびっくりの一糸乱れぬ動きで、半分が前に出て準備体操のアキレス腱を伸ばすような体勢になって胸の前で腕をクロスさせ前方からの衝撃に備え、もう半分がその後ろで両腕を広げて手を繋ぎあい、端の人がなにか支えを持つことで、前後、上下とも二重の陣を完成させた。
「おっとっと、あわっ」
神宮 アリスは、転びそうになるのを、右足をだして踏ん張るが、踏ん張り曲げていた右足を伸ばしたことで凄まじい跳躍をし、「おっとっと」とか言いながら空中で一回転しながら女子達の陣を跳び越えるという超機動を見せる。
「動きが人類超越してんだろ!」
そして最終的に俺に激突した。
「いった!……くない……むしろ柔らかい?」
「あん!いやん!」
やめろ、変な声出すな!
「桜緋てめぇ」
「またかてめぇ」
「俺というものがありながら」
男子達が怖い。
俺悪くないのに……。
「くっ!……また、防げなかったっ!」
「私達は……無力っ」
女子達はなんか地に両手をつけて嘆いてる。
「もうっ、責任とってよねっ」
神宮 アリスは、顔を赤くしながら逃げてった。
その美貌は学園三大美少女にも引けをとらず、最近では神宮 アリスを加え、学園四大美少女なんて呼ばれているらしい。
あ、姫川さんと真田さんが帰ってきた。
「なにがあったのですか」
「また……防げませんでした」
「この役立たずが」
「申し訳ありませんNo.2っ」
姫川さんは女子達となにやら喋りはじめた。
相変わらず女神のような笑顔だ。
真田さんは、教室の後ろにある、皆のリコーダーの入っている箱の前で、後ろに皆のと同じく灰色の入れ物に入ったリコーダーを持って、周りをきょろきょろしている。
あ、今一瞬で箱に入れた。凄い速業だ。
そして素知らぬ顔で流れるようにその場を離れていく。
ちょうど近くに来たので話しかけてみる。
「遅かったね、なに話してたの?」
「……リコーダーが汚れてるので、洗って消毒するように言われました」
わざわざそんなことを指摘してくれるなんて、姫川さん、やはり素晴らしい女子力だ。
「あと、除菌すると言われました……私を」
ぶるぶる。
真田さんが両腕を抱えて震えた。
寒いのかな。
それにしても、リコーダーが汚れていたくらいでそこまで綺麗にしてあげようとは、なんというサービス精神。
やはり姫川さんは、大和撫子の鑑だ。
「あとは、……ぴぃっ」
あ、姫川さんがこっち見て微笑んでくれた!きゃー!
いや失礼、今は真田さんと話してるんだった。
「あとは?」
「な、なんのことですか?私はなにも見てないですし聞いてませんよ」
えー、それは残念。
もっと姫川さんエピソード聞きたかったのに。
★☆★☆
予報通り、午後からは雨が降っていた。
帰りに下駄箱の近くで時雨を待っていると、なにやら見覚えのある銀髪が……。
げ、なんでこいつがここにっ……。
最悪だ、同じ高校だったのか。
「桜緋くんっ」
は、走ってきた!
「同じ学校だったっ、これはもう………運命」
良かった、今回は抱きつかれなかった。俺の前で立ち止まった。
「じ、実は今日、傘を忘れてしまって………良かったら、桜緋くんの傘に……ごにょごにょ」
ふむふむ、傘寄越せやこらぁ、さもなくば………ということか。
ふっ、俺がそんな恐喝に屈するはずが
「も、もちろん、喜んで」
「ほ、本当っ、嬉しいっ」
やっぱ怖いし無理だよね!
「あ、維月」
「あ、時雨」
そういえば時雨も傘忘れてるんだったな。
「む、だれこの人」
「ねえ、どうして維月が学園四大美少女の雪花さんと親しげに話してるの?どういうこと?」
どこが親しげだ、目大丈夫か。というか、学園四大美少女のあと一人ってこいつだったのか!……まあ確かに顔は可愛いが。
よし、ちょうど時雨も来たし、逃げるか。
俺は逃げるように時雨に傘を渡す。
「え?」
「二人ともその傘で仲良くね!濡れるのは俺だけで充分さっ」
最後にビジネススマイルを浮かべ、俺は雨の中へ駆け出した。
時雨に奴を押し付けてしまった。すまない!
★☆★☆
「なんてジェントルマン……はふぅ」
「維月……あとでたっぷり説明してもらうわよ」




