それぞれの戦い
(…………んん………ここは………?)
確か、オセットとかいう奴に魔法で胸を貫かれたはずなんだが………
辺りを見渡しても何も見えない。いや、周りが真っ暗なだけか。
ただそこに浮遊している感覚。地に足がついていないだけで、こんなに不安になるものなんだな………
"…………………"
(何か聞こえる………何て言ってんだ?)
"………こめ………………てを"
その瞬間、目の前の暗闇がまるで津波の様に俺へと襲い掛かってくる。
自分が自分で無くなってしまう感覚。
(やばい!呑み込まれ––––––––)
抵抗するが、その場から動く事が出来ない。そのまま俺の意識は暗闇の中に沈んでいった。
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「––––––ッチ!!しつこいわね!」
「グルガァァァアァァ!!!」
ユウトが倒れてから、かれこれ10分といったところか。先程からずっとオセットとティアらしき獣の戦闘は続いていた。
獣のスピードとパワーはオセットを軽く上回り、オセットは自分の身を守るので精一杯の様だ。
さらに、獣の攻撃が当たった箇所が凍りついているのが気になる。オセットが攻撃を受け流す度に、触れた箇所が凍りついている。
今や戦況は圧倒的にティアが有利。なのに、なんでだろう。この戦いを見ても不安と恐怖しか感じない。
「ティア………」
時間が経つにつれて、ティアの身体の皮膚が裂け出血し始めている。目からも血の涙がこぼれ、口の端から血が垂れている。
「ティア、もう辞めるのじゃ!!それ以上戦ったらお主の方が壊れてしまう!そんな事をしてもユウトは………」
自分が抱えているユウトの身体を見る。全身ボロボロで、血を吐き出したからか、口には血の跡が付いている。彼の傷の中で最も酷いと思われる胸に空いた穴は––––––
「え………」
今まで現実を受け入れられず見る事を拒んでいたユウトの胸の穴から黒い泥の様なものが溢れている。
その泥は、まるで傷を塞ごうとする様に集まり始めた。
「なんじゃ………これは………?」
"ふぅん、案外しぶといな"
「だ、誰じゃ!!」
妾の周りには今は誰も居ないはず。なのに頭の中に直接語りかける様に、その声は言う。
"まぁ、彼の後継者ならこの位はやってもらわないとね"
「誰じゃと聞いておる!!」
"ちっ、うるさいな………君も一応『賢者』なんだろ?だったらもっと落ち着いてくれよ。じゃないと僕の面子に関わる"
は?賢者?
"それより良いの?そいつ、まだ死んでないけど、助けなくて良いのかい?"
「死んでない?それは本当か!?」
"うん?嘘だけど?"
「………今は貴様の冗談に付き合ってる暇は無いのじゃがな………!!」
"おいおい、誰に向かって口を聞いてるんだ………貴様、死にたいのか?"
「!!」
唐突に濃密な殺気を感じる。姿は見えないはずなのに、確かに妾の背後に立っている感覚があった。まるで今すぐにでも妾を殺せると言わんばかりの存在感。
"まぁ良い。僕も鬼じゃない。今のは水に流してやろう。今日は僕も気分が良いんでね"
かと思ったら先程までの殺気が一瞬にして消失した。謎の声の正体を不審に思いながらも、藁にもすがる思いで声に耳を傾ける。
"さっきも言った通り、そいつは死んでいない。いや、正確には一度死んでいるんだが"
「どういう事じゃ?」
"生き返ったんだよ。さっきまで止まってたそいつの脈はその泥が溢れ出てきた瞬間に動き出したんだ"
「な………」
死んだはずの人間が生き返る?そんなはずはない。だが、今目の前で起きている現象が、それが現実であると証明している。
"魔法には、死者を蘇らせる物は無い。逆に言えば、生きてさえいれば魔法でどうとでもできるという事さ"
「ユウトは人族なのじゃぞ?人族にそんな生命力があるなど聞いた事ない!」
"今はそいつの正体なんてどうでも良いだろ?それより、お前がそいつを助けろ"
「そんな事、出来るならとっくにやっておるのじゃ!」
"出来る出来ないの問題じゃない。やるかやらないかだ。そしてこれは王の命令だ。つまり、君はやる以外に選択肢が無いんだよ"
「じゃが、一体どうやって………」
"君が『賢者』である限り、不可能は無いんだ。信じろ、我らに与えられた力を。それだけでいい。使い方はスキルが教えてくれる"
「力を……信じる………」
ユウトを、傷だらけの彼を救いたい。
ティアを、身を呈して戦う彼女を護りたい。
「黄金に輝く木の下、全ての民は歓喜し涙する––––––」
まだわからない事だらけだけど、それでも––––––
「夢、希望、癒しの象徴、我らの願いを聞け––––––」
それでも妾に、彼等の役に立てる力があるのなら––––––
「全ての民に平穏を––––––」
今だけでいい、その力を仲間の為に使わせて欲しいのじゃ!!
「理想郷の癒し」
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「理想郷の癒し」
詠唱を唱え終えた瞬間、エルフ族の少女を中心にしてドーム状に半径20mもの大きな膜が形成された。
「で、出来たのじゃ…………」
まさかあの助言だけで、オリジナルの魔法を完成させるとは思ってもいなかった。
回復魔法である【ヒーリング】で十分だっただけに驚きが隠せない。
少女が創り出した薄緑色のドーム状の空間の効果は、おそらく術者が味方と判断した者を空間に入っている間支援するというものだろう。
現に少女が抱えている少年と魔族軍幹部と戦っている獣人の少女の傷は瞬時に癒え、獣人の少女の身体能力を更に強化している。
これほどの規模の支援+回復魔法を使える者はまず居ないだろう。
さらに驚くべきはその範囲だ。
半径20mもの大きさの円内にいる者全てを一度に支援+回復出来てしまうというのは実に恐ろしいものだ。
一般的な支援系統と回復系統の魔法は、対象を一人に限定する必要がある。
それを対象を範囲にする事で一人一人にかかる効果は下がるが複数に効力を与える様にしたのが、それらの系統の上位魔法となる。
上位魔法の及ぶ範囲は一般的に半径1〜2mとされている。
それをこの魔法は10倍も範囲を拡大し、尚且つ完全に近い回復と大幅な身体能力強化を一度に行っている。最早神の所業だ。
しかし、その絶大な効果を引き起こすと同時に膨大な魔力を消費するのが弱点らしい。
その証拠に、術を唱え終えた少女は崩れ落ち、地面に膝をついてしまっている。
(しかし、彼女にはあの光景が見えたんだな………)
(………全く、僕は君が羨ましいよ………)
魔力さえあれば誰でも覚えられる通常魔法とは違い、固有スキル由来のオリジナル魔法は、スキル所有者にしか扱う事は出来ない。
しかも、その効果は十人十色。所有者によって全くの別物に変化する。
この魔法は、大勢の人を癒し、守りたいと願う心優しい彼女だからこそ生み出せた魔法なのだろう。
"さてと、とりあえず山を1つ超えたか。だが気を緩めるにはまだ早いよ?もう少し頑張ってもらわないと"
僕は彼女に向かって呟いた。
"精々死なない程度に頑張ってくれよ?こんな所で死なれたらこっちが困るんだ"




