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危険な二つ名 その6


 ギルド長の部屋を出て、一階に戻ると、しんと静まり返っていた。全員逃げ帰ったというのは本当のようだ。エセルもいなかった。カウンターにいた職員さんに聞くと先に帰ってしまったそうだ。何か用事があってギルドに来ていたみたいだし、そっちが終わったんだろうか。


 そういえば、名前だけでどこの誰とも聞いてなかった。また会えるかなあ。『失せ物探し(サーチ)』を使えば居場所は探せると思うけれど、用もないのにつけ回してチカン扱いされたくない。


 僕はギルドを出た。宿に戻り、おかみさんに落ちた財布の落とし主が来たか尋ねた。誰も来なかったそうだ。


 翌朝、日が昇ると同時に僕は宿を出てギルドに来た。


 やはり昨日と同じように冒険者らしき人影はなかった。カウンターの奥で三人の職員さんが、忙しそうに動き回っていた。どの冒険者ギルドも朝は冒険者であふれかえっているものだけれど、依頼書を貼っている掲示板の前には誰もいない。折り重なるようにして貼られた依頼書が、窓のすきまから流れてきた風に吹かれて、木の葉のように揺らめいている。


 やはり冒険者たちが逃げたというのは事実のようだ。僕としては弱虫の卑怯者の極悪人たちがいなくなって、せいせいしたからいいけどね。


「何しているの?」

 にゅっ、と脇から覗き込むように白い顔が近づいてきた。


 振り返ると、髪を後ろで束ねたエセルが腕組みして立っていた。黒いシャツに袖のない紺色の上着、灰色のズボンという格好は昨日と同じだけれど、今日はその上に革の手袋と、黒いブーツ、背中には小ぶりのリュックを背負っている。 


「掲示板の前で怒ったり笑ったりしているから、気が変になったかと思った」

「君こそ、その格好はどうしたの?」


「もちろん、今日の討伐に参加するためかな」

 当たり前でしょう? と言わんばかりの口調で腰に付けた袋から取り出したのは、冒険者ギルドの組合証だった。一つ星だ。


「君も冒険者だったの?」

「一体何だと思ってたのかな」


 エセルは演技っぽく眉をつり上げてみせる。

「でも、こいつは危険な仕事だって話じゃないか。でも、その……君は強そうには見えない」


 体の動きはきれいだし、鹿みたいにしなやかだけれど、腕っ節はあまりなさそうだ。手のひらも剣を握る人のそれではない。


「あ、もしかして魔法使いとか?」

 だったら十分戦力になるだろう。


「はーずれ」

 エセルは胸の前で指でバッテンを作ってみせる。

「魔法の才能なんてあったら冒険者なんてやってなーいかな」

「じゃあ、どうやって?」


「戦いだけが冒険者の才能じゃないの」

 エセルは自信ありげにふふん、と微笑むと指を鳴らす。


「まあ、見てなさい。こう見えても冒険者のはしくれだからね。でっかいクモなんてみんなでかかれば楽勝かな」

 大丈夫かなあ。


 僕一人なら何とでもなるけれど、誰かを守りながらとなると難しさはぐっと上がる。

「ところで、ほかの連中はどこかな」


 エセルは落ち着かない目つきでギルドの中を見回す。

「もしかして、私たちだけってことはないよね」


「もちろんですよ」

 ポーラさんの声だ。


 返事のあった方角を振り返ると、鎧のこすれる音とともに武装した男女が四人、階段を下りてくるところだった。


 三人の男性のうち二人は金属製の鎧を付けており、その下にはチェインメイルも着込んでいる。腰には長剣を提げていて、肩から覗いているのは丸い盾のようだ。まさに完全装備という感じだ。


 もう一人は黒い布製のローブで頭から足首まですっぽり包んでいる。胸の辺りには赤い糸で鳥のような紋様が縫われている。腰紐に差しているのは金属製の杖だ。先端には赤くて丸い宝石のような石が付いている。魔法使いのようだ。


 そして女性は白いシャツとズボン。その上から茶色い革鎧に身を包み、金属製の手甲にすね当て、肩には自身の身長より長い槍を担いでいた。


「お待たせしました。リオさん、エセルさん」

 ポーラさんはにっこりと微笑んだ。


「えーと、その格好は」

「ああ、リオさんはご存じありませんでしたね。私、こう見えてもウチの『番犬』なんですよ」

「なんですか、それ?」


 えっへん、と自信満々に語ったのに、僕が無知なものだからポーラさんは困った顔で隣の人を見た。


「『番犬』っていうのは、冒険者ギルドの隠語……専門用語で、戦闘用のギルド職員のことかな」

 代わりにエセルが説明してくれた。


 冒険者ギルドでは、依頼を引き受けてくれる冒険者が足りない場合や、魔物の暴走などの緊急時に対応するため、冒険者に代わって戦える職員を何人かそろえているのだという。引退した冒険者が就く場合も多いらしい。


「中にはギルド職員の言うことなんて聞かない奴もいるからね。反抗的な冒険者をぶちのめしたり、追放するために荒事専門の腕利きを飼っているんだよ、そっちの方は『猟犬』って言ってね。一度狙ったら地の果てまで追いつめると……」


「あの、本人たちの前でそういうこと言わないでいただけますか」

 ポーラさんがぼそりと注意する。


「『番犬』はあくまで今回のように、戦える冒険者が少ない時のとっておきなんです。私たちの出番がある、ということはそれだけ切羽詰まった状況だということをまずご理解ください」

 いざという時の切り札か。かっこいいな。


「今回は私たち、四人が十王グモ討伐に加わります」

 それからポーラさんたちは自己紹介してくれた。剣士のジョンとウィリス、魔法使いのディック、そして槍使いのポーラさんだ。


「つまり、ほかの連中は誰も集まらなかったわけだ」

 エセルの皮肉にポーラさんが苦い顔をする。


「町に残っていた方たちにも声を掛けてみたんですが、やはり縁起が悪いとの一点張りで。それに、昨日ぶん投げられたところも痛むとかで」


 恨みがましい目つきで僕をにらむ。僕はこくこくとうなずいた。

「まったく冒険者の風上にも置けませんね」

 験担ぎなんかで、大事な仕事を断るだなんてとんだ怠け者だ。ましてや今回はオトゥールの町の一大事なのだ。ポーラさんが怒るのもムリはない。

 僕もいっしょになって怒ってしまう。


 ポーラさんは何かをあきらめたようにため息をつくと窓の外を見た。

「予定では、あと一人来ることになっているんですが。遅いですね」


 待ち合わせは夜明け頃のはずだけれど、もう太陽は昇りきっている。

「逃げたのかな」


「そんなはずはないんですが」

 エセルのつぶやきにポーラさんが自信なさそうに扉の方に顔を向ける。

「もう少し待って来なければ、私たちだけで」


 そこでギルドの扉が開く音がした。反射的にそちらを振り向いた。僕は目をみはった。

 入ってきたのは、真っ赤な鎧を着けた男だった。


 年の頃は三十台の真ん中から後半というところだろう。赤い胸鎧に赤い手甲にすね当て、腰には細身の長剣を差している。日焼けした肌に盛り上がった筋肉は均整が取れていて、鍛え込まれているのがよくわかった。そして背中には赤いマントを付けている。


 昨日の『赤い外套(レッド・コート)』とのやりとりが頭の中をよぎった。またとっちめてやろうかと踏み出したところで、はたと気づいた。


 よく見れば、昨日の『赤い外套』の中にはいなかった人だ。鎧だって急所や手足を守った、やや軽装になっている。もしかして、人違いなのかな。


 赤い色は目立つから、ほかの冒険者がたまたま似たような格好をしているだけかもしれない。きちんと確かめないと。勘違いケガをさせてしまったら大変だ。謝って済む話じゃない。

「あの」


 深呼吸して心を静めてから、なるべく柔らかい雰囲気で話しかける。

「もしかして、『赤い外套(レッド・コート)』の人ですか」


「そうだが、それがどうした?」

 のんきな返事に僕は腹が立った。やっぱりか。


「ちょっと、ちょっと待ってください」

 僕と男の人との間にポーラさんが割って入った。ひどくあわてた様子で男の人の腕を掴むと、カウンターの奥にあるついたての向こう側まで連れて行った。どうやらないしょ話をしているようだけれど、小声なのでよく聞き取れない。


 しばらくして、ついたての向こうから出てきた男の人は、困ったような怒ったような複雑な表情を浮かべていた。


「まず、最初に言っておく」

 男の人は僕の前に立つと宣誓するように片手を前に上げる。


「俺はお前の猫に危害を加えるつもりはない。猫の毛が白かろうが、黒かろうが関係ない。というか、極めてどうでもいい」


 どうでもよくないよ。確かにスノウなら黒でもものすごくかわいいと思う。でも、もし黒なら『(スノウ)』なんて名前は付けなかった。


「お仲間はどうしたんですか?」

 この人に傷つけるつもりはなくても、ほかの連中は違う。


「それが、どうやら、置いてけぼりにされたらしい」

 男の人は肩をすくめる。


「俺は別件で、別の町に行っていたんだが、今日ここで合流する手はずになっていたんだ。ところが来てみれば、泊まっているはずの宿は昨日のうちに引き払ったと言われてな。急いでここに来てみれば、この有様だった、ということだ」


 仲間を見捨てて逃げたのか。なんてひどい奴らだ。

「信じてくれ。死んだ母上に誓ってもいい。俺はお前の猫を傷つけたりはしない」

「わかりました」


 スノウを傷つけない、というなら僕からケンカを売るつもりはない。何より死んだお母さんに誓ったというなら信用してもいいだろう。


「それで、あなたはどうされるんですか?」

「十王グモ退治だろ。もちろん参加するさ」


 男の人は恨めしそうに閑散としたギルドの中を見回した。

「この状況で今更、背中を向けてベッドの中でぬくぬくってのも気が引ける話じゃないか、そうだろ」

お読みいただきありがとうございました。


次回は10/24(火)午前0時頃に更新の予定です。

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