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危険な二つ名 その5

 連れてこられたのは、ギルド本部の二階にある小さな部屋だった。どうやらここがギルド長の部屋らしい。棚にはお金の詰まった袋が並んでいる。まるで物語に出てくる金貸しの部屋だ。本物はこういうものじゃないって、ついこの前学んだばかりだからね。部屋の奥には向かい合うように彫り物細工の入った机が置いてある。


「まずいことをやってくれたね」

 僕とポーラさんが一部始終説明すると、イザベラさんは豪華な机から腕を離し、疲れたようにイスにもたれかかった。


「友達を守ったまでです」

 ケンカなんて嫌いだし、人を傷つけるのも好きじゃない。でもスノウをいじめようなんて奴は絶対に許せない。


「大体理由がわかりませんよ。スノウが白い猫だからいじめようだなんてふざけてます」

「白猫ってのはね、冒険者にとってはひどく縁起が悪いのさ」


 イザベラさんは僕の腕の中のスノウを意味ありげに見つめる。


「昔から言い伝えがあってね。白猫を見ただけでそのパーティーは仕事を失敗したり、メンバーが大怪我をする。死人が出ることもある。無能と混乱と不吉の象徴なのさ」

「それ、本当なんですか?」


「迷信だよ」僕が疑わしい目を向けると、イザベラさんはさらりと言ってのける。だろうと思ったよ。僕はスノウといるだけで幸せだ。イヤなことがあってもスノウと遊ぶだけで温かい気持ちになれる。それに何度も僕のピンチを救ってくれた。今も僕の腕の中で気持ちよさそうに目を閉じている。その姿を見ているだけでも、僕は喜びがあふれてくる。そんなスノウが不吉だなんて迷信以外の何物でもない。


「けどね、冒険者なんてのは明日も知れない商売だ。それだけに験を担ぎたがる奴もいるのさ。特にここいらはね。『赤い外套(レッド・コート)』が赤で染めていたのも、昔の腕利きにならってのことさ。要は験担ぎさ」


「バカバカしい」

 たかが験担ぎでスノウを殺されてたまるもんか。


 そういえばソールズベリーのロッコも白猫だとか、白猫じゃないとか言っていたな。あれはこのことだったのか。


「その通りだよ」イザベラさんはうなずいた。


「だから今回のことでアンタを責めるつもりはない。言ってみれば、バカどもの自業自得さね。縁起担ぎのために手を出しちゃあいけない相手に手を出したんだからね」


 その代わりアンタに頼みがある、とイザベラさんは思わせぶりに口元を緩める。僕はイヤな予感がした。


「明日、うちのギルドで魔物討伐に出ることになっているんだ。そいつにあんたも参加して欲しい」

 そらきた。


「お断りします」僕はきっぱりと言った。

「あんな連中と一緒に戦うだなんてまっぴらです」


「言っておくが、こいつはギルド長からの直々の指名だ。こいつを断るってことの意味は知っているだろうね」


「さあ」

 僕はおおげさに肩をすくめてみせる。

「あいにくギルドに入りたてのひよっこなもので。あれですかね。物置小屋にでも閉じ込められるんですか? それとも夕飯抜き?」


「あたしはまじめな話をしているんだけどね」

「僕だって大まじめですよ」

 スノウをいじめるような奴らと協力なんてできっこない。


「こいつはこの町の命運がかかっているんだ。ニンジンを盗んでいくゴブリンを退治してくれってのとは訳が違うんだよ」


「むしろそっちの方がやる気が出そうです。何でしたら今からでも受けましょうか。喜んでやりますよ」

 少なくとも、ビルだの悪魔の足だのと手を組まずに済む。


「まあ、お聞き」

 幾分、怒った声でイザベラさんは話し始めた。


 オトゥールは材木の町だ。近くの森ではカシやラデムのような家の建築に使うような木材から、パロフニスのような高級な調度品に使われる希少な木も生えている。特に、最近見つかったミリカの木は好事家や貴族向けに高額で取引されているという。森にはゴブリンや三ツ目オオカミ、あとはホワイトクロウラーといった弱い魔物しか現れないので、材木の伐採も順調に進んでいた。


「ところが、ここ最近、森に十王グモが出たんだよ」


 十王グモというのは、十本の足と目を持つ大きなクモのことだ。体長は約三フート(約四・八メートル)から五フート(約八メートル)くらい。お尻から白い糸を出して巣を作る。巣はねばねばしていて、捕まったらオーガやトロルでも逃げられないという。もちろん、人も食べる。


「先月、その退治依頼を受けてね、そのために冒険者を広く募っていたところなのさ。ちょうど今で」

 三十二人です、と僕の横にいたポーラさんが補足する。

 ギルドにあんなに集まっていたのはそのためか。


「その冒険者どもをたった一人で叩きのめした奴がいるじゃないか。こいつを誘わない手はないだろう」

「はあ」


「十王グモは一度に何十何百という卵を産む。こいつが全部生まれでもしたら、ますます退治は難しくなる。森一つ滅ぼされたことだってあるんだ。木こりの失業なんて生やさしい問題じゃあない。オトゥールの運命がかかっている。これ以上は野放しにできないね」 

「わかります」


「そこでアンタに頼みだ。十王グモ討伐に参加して欲しい。もちろん、報酬は存分に払うよ」


 十王グモを放っておけば大変なことになる。だから倒すのは僕としてもやぶさかではない。でも、やっぱりスノウをいじめる奴らなんかと組むのはゴメンだ。さっきのビルのような卑劣な奴もいる。僕が戦っている間にスノウにひどいことをしようとするかもしれない。


 僕が悩んでいると、ノックの音がした。振り返ると、さっきのダフネさんとかいうギルドの職員さんが困った様子で入ってきた。


「今取り込み中だよ、老眼って歳でもないだろう。あたしじゃあるまいし」

「実は、そのことでお耳に入れたいことが」


 ないしょ話なら外に出た方がいいかと思ったけれど、イザベラさんに、ここにいろと言われたので僕は一歩下がってダフネさんに場所をゆずる。


「その、冒険者たちの治療が終わりまして、その、ですね」

 そこで、ダフネさんは僕をちらりと見てから、叱られるのを覚悟したかのようにつばを飲み込んでから言った。


「みんな……いなくなりました」

 その場にいた全員の声が重なった。


「どういうことだい?」

 イザベラさんの問いかけに、ダフネさんか身を縮こまらせる。まるでカミナリを怖がる子供だ。


「その、ですね。みんな白猫の呪いだとか、これは大失敗の前触れだ、と言って次々と外へ。どうやらそのまま町を出て行ってしまったようです」


「ふざけるな!」

 僕は床をどんと踏みつける。


 悪いのは全部スノウをいじめようとしたあいつらじゃないか。それが返り討ちにあったら全部スノウのせいにするなんて、つくづくふざけた奴らだ。


 イザベラさんもさすがに予想外だったらしく、苦々しい顔でこめかみをおさえている。

「で、何人残っているんだい? もしかして『赤い外套(レッド・コート)』だけかい?」

「それが」


 ダフネさんはまたしばらく黙りこくってから言った。

「先程、訓練場にいた二十一人全員、いなくなりました」

 また僕たちのびっくりした声が重なった。


「しかも、白猫のウワサを聞いて、参加しなかった冒険者たちも次々とギルドを出て行きまして……現時点で残っている冒険者は……ゼロです」


「君は悪くないからね、スノウ」

 僕が撫でてあげるとスノウはうれしそうに鳴いた。


「これ、中止するしかないのでは?」

「そういうわけにはいかないんだよ」


 僕の提案にイザベラさんがどんと、机を叩いた。ぷるぷると机の上が小刻みに震える。


「すでに人数集めのために、限度ぎりぎりまで待ったんだ。これ以上待てば卵がかえって十王グモがあふれ出しちまうよ。ようやく明日って時に」


 イザベラさんはそこでちらりと僕を見た。

「これはますますアンタに引き受けてもらわないとね」


「わかりました」

 どうやら問題は僕の予想以上に差し迫っているらしい。あんな奴らの尻ぬぐいはゴメンだけれど、いなくなったのならちょうどいい。僕も心置きなく参加できる。


「そうかい、引き受けてくれるかい」

 イザベラさんはようやく顔をほころばせる。


「なら、集合は明日の朝の鐘が鳴った時、ここの一階だ。こっちでもなるべく人数は集めておくよ」

「僕一人でも十分ですよ」


 『贈り物(トリビュート)』があるからね。

「バカお言いでないよ」

 イザベラさんはたしなめるように言った。


 正直、僕一人の方が動きやすいんだけど。

「でも冒険者パーティといえばチームワークが大事じゃないですか。そこに僕が飛び込んだとしても合わせられるかどうか」


「合わせな」

 答えは身もふたもなかった。


「冒険者やっていたら初対面の連中とも息を合わせなきゃいけない場合もあるんだ。臨機応変にやれてこそ一流の冒険者ってもんだ」

「はあ」


 ムチャだとは思ったけれど、言っていることもわかる。細かいチームワークを気にしている余裕はないのだろう。せいぜいジャマしないようにおとなしくしていよう。


「頼むよ、アンタには期待しているからね」


 ギルド長のしわだらけの顔がゆがんだ。笑っているつもりなのだろうけれど、僕には、悪だくみをしている山賊の女親分にしか見えなかった。


お読みいただきありがとうございました。


……なんかおかしいと思ったら更新日を間違えてました。


次回は10月20日午前0時更新の予定です。

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